スイスの西の端、広大なレマン湖のほとりに広がるジュネーヴ市を訪れると、いつも心が弾む。体まで舞い上がっている気分になるのは、まるで、この町が雲の上に作られた別世界のようだからだ。スイスには心和む風景はとても多いが、ジュネーヴは特に“完璧な透明感”をまとった別天地のような気がしてならない。その透明感とは、湖や空、湖付近にある50か所の公園・庭園、そしてエレガントな新旧の建物が与える爽快な印象だろう。
見所が詰まった優雅な町
人口約20万人のジュネーヴは、日本からの旅行者にとっては目立たない場所かもしれない。しかし、他国の旅人からの人気は高い。172か国100 万人を超える旅行者が投票した「ヨーロッパのベストな旅行先2024年」において、500か所以上のうち第4位に選ばれたことからもわかる。
コンパクトなこの都市の見所は多い。湖で1年中、140メートルまで噴き上げて水しぶきを上げている「ジェッドー(大噴水)」は、ジュネーヴのシンボルになっている。その大迫力は遠くからでも様々なアングルで楽しめ、間近まで行けば濡れる体験ができる。湖に面した「イギリス公園」は抜群の景色が見渡せる憩いの場で、そこの巨大な「花時計」も見ておきたい。70年前に登場したこの時計は何度かデザインが変わり、今や約1万2000の花々で作られており、季節によって衣替えする。ちなみに、時計の秒針は世界一長いという。
旧市街には多くの寺院や美術館・博物館がある。元々はカトリック教会だった有名なプロテスタント派の「サン・ピエール大聖堂」も必見だ。キリスト教の宗教改革については聞いたことがあると思う。16世紀、フランス出身のカルヴァンは、この大聖堂を拠点にしてプロテスタントの一派をジュネーヴに広めた。157段の大聖堂の塔に登れば、眼下には美しいパノラマも待っている。大聖堂から少し歩いたバスチョン公園内には、100メートルに及ぶ石の壁のスタイルの「宗教改革記念碑」もある。
また、ジュネーヴは高級時計製造の発祥地だから、時計店を巡ってみてもいい。時計産業は宗教改革によって誕生した。カルヴァンが宝石の着用を禁止したため、周辺国からジュネーヴに移り住んだプロテスタント派の金細工師や宝石職人たちは時計製造で腕前を発揮したのだった。
さらに郊外には、世界最大規模の素粒子物理学の研究所として知られる「セルン(欧州原子核研究機構)」もある。ここの展示も大人気で「ジュネーヴへの旅の最大の目的はセルン」という人も少なくない。
国連や数多くのNGOも集まる
ジュネーヴは、国際組織40以上、国際NGO400以上、外国の代表部は約180と、数多くの国際機関が拠点を置いている場所としても知られる。この町の国際機関として真っ先に思い浮かぶのは「国連ジュネーヴ事務所(国連欧州本部 パレ・デ・ナシオン)」だろう。
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Une vue partielle de la salle XX, salle des Droits de l’Homme dont le plafond a ete cree par l’artiste espagnol Miquel Barcelo. ©UN Photo/Jean-Marc FERRE
ここも、有料ガイドツアーに参加したり、柵の外から外観だけでも見ようという観光客が絶えない。ツアーはぜひ申し込もう(現在、館内改修工事のため、ガイドツアーは5人までのプライベートツアーか15人以上のグループツアーが中心。個人で参加できるツアーは限定開催)。スペイン出身の巨匠アーティスト、ミケル・バルセロが天井画を手掛けた人権理事会大会議場も見ることができる。
国連ジュネーヴ事務所の敷地は、東京ドーム約10個分に当たるというアリアナ公園の大半を占めており、様々な植物や小動物に出会えるのもツアーのハイライトだ。日本の動物園から寄贈されたクジャクも歩いている。緑地は殺虫剤の使用を避けたり、芝刈り機の代わりに秋に羊を放牧して自然な方法で管理していることが評価され、国内の団体から自然保護区証明書を授与されている。
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Sheep graze on the lawn of the Palais des Nations, the UN’s headquarters in Geneva, Switzerland. ©UN Photo / Jean Marc Ferré
国連ジュネーヴ事務所の近くにある「平和の家(メゾン・ド・ラ・ペ)」も、環境との調和が図られた場所だ。ここは2013年に開校した国際開発研究大学院のキャンパス(国際平和と安全のための組織も入居)で観光スポットではないが、水仙の花びらの形を連想させる変わったビル群と聞き、行ってみた。ジュネーヴ観光局のスタッフによると、目下、このビル群は市内で“最もサステナブルな建築”だという。
6棟はすべて厚いガラスで覆われ、自然光が最大限に取り込まれる設計。高い断熱性と再生可能エネルギー使用により、全体のエネルギー消費量は少ない。屋内の建材は建築廃材を再利用している。背後にある、放置された雰囲気の自然はガラスやコンクリートの力強さとは対照的だが、眺めていると両者が溶け合っているように感じられた。
スイス初の100%オーガニックな植物園
国連ジュネーヴ事務所の隣にある「ジュネーヴ植物園(コンセルヴァトワール・エ・ジャルダン・ボタニーク・ド・ジュネーヴ)」も人気が高い。約200年前に作られて拡張したこの公園の広さは、28ヘクタールにも及ぶ。目もくらむほどの大きな木々があり、世界の5大陸から集めた植物が複数の温室、バラ園、高山植物のロックガーデン、日本庭園、薬用植物エリア等で育っている。一般公開はされていないが、膨大な植物標本を所蔵している標本所は世界的に注目を集めている。
ありとあらゆる植物は圧巻だ。そして、この植物園が100%オーガニックな点も訪れた人たちを驚かせる。2017年に、スイスの公共の公園として初めて有機認証を取得し、出入り口の門にその認証「ビオスイス」が表示されている。肥料や動物の餌は天然由来、植物の水やりは雨水やレマン湖の水、レストランやショップは石造りで屋根を緑化、温室を始めとした園内の建物の暖房には地元の森の木々が原料の木材チップや太陽光発電の電力を使う“100%再生可能エネルギー使用”という徹底ぶりだ。ハチの巣箱で集めた蜂蜜もオーガニック認定を受けている。
100%オーガニックな状態かどうかは毎年検査が行われる。60人余りのスタッフが、日々、庭の手入れに勤しんでいるそうだ。
湖の水を資源として活用
ジュネーヴの街中には自然が多く、数時間回っただけでも自然を大切にする姿勢がすでに根付いているなと改めて感心する。それは、世界の国々が懸命に取り組んでいる「サステナブルな生活」の重要ポイントだ。市の面積の約20%が緑地だというが、20%以上あるというのが実感だ。市は市民が参加する植樹も進め、草花のエリアや菜園を増やし、町と自然との両立を今以上に充実させようとしている。
飲料用の噴水が多いことにも、自然環境と人間との調和を感じる。ジュネーヴは飲料水の水源の大部分がレマン湖の水で、同様にその湖水を主な水源としている噴水が、市内になんと330以上もある。噴水の水質は厳密に管理されており、安心して飲める。水が流れるのは早朝から22時まで(夏季)で、散策する時間が長くなりやすい観光客には嬉しい。掃除も欠かさず行っているという通り清潔感があり、どこの噴水でも一口飲んでみたくなる。ペットボトルの水を買わずに済み、ごみ削減にもつながる。
また、見えないのでわかりにくいが、建物の冷暖房にレマン湖の水を使うプロジェクトが進んでおり、ホテルやショッピングセンターでの導入が広がっていることも環境配慮の表れだ。
この熱ネットワークプロジェクトは「ジェニラック」と呼ばれ、化石燃料に変わって、市中の道路下に張り巡らされたパイプを流れる湖水(100%再生可能エネルギー)を使う。CO2排出量や電力消費量を大幅に減らすことができる。水深45メートルからくみ上げた7℃の湖水は各建物内を循環した後(暖房用には、湖水を温めて使用)、湖の生態系に大きな影響を与えないよう温度調整をしてから湖に戻される。ジェニラックは国連ジュネーヴ事務所を含めた国連地区から始まり、10年以上の成果を挙げている。2026年には、中央の駅(コルナバン駅)と電車で7分離れたジュネーヴ国際空港でもジェニラックの利用が始まる予定だ。
エコロジカルな観光を促進
ジュネーヴ観光局は、先進的な環境対策を進めるこの町で、ツーリストたちにさらにエコロジカルな旅を味わってもらおうと以下のような取り組みをしている。
【見る・遊ぶ】の点では、観光局が提供する多彩な内容のウォーキングツアーは、CO2の排出量が低く、楽しく、おすすめ。今回、私は1日に2つのウォーキングツアーに参加してみた。観光局も提案しているEバイクタクシーでのツアーもエコなアクティビティだし、湖での遊泳やサイクリングも環境への負担が少なく、リフレッシュ感を存分に味わえていいかもしれない。
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© Magali Girardin / Ville de Genève
【泊まる】に関しては、観光局ウェブサイトのホテルの検索ページで“サステナビリティ”のフィルターを選択し、環境配慮型のホテル一覧を表示できて便利だ。
【食べる】では、ローカルな食のプロモーションも積極的に行っている。地元の農産物を使い「ジュネーヴの風土の大使」というラベルを得たレストラン、カフェ、ホテル、調理済みの製品を使わず、料理のすべてまたは大部分をオンサイト(自前のキッチン)で準備する「フェ・メゾン(自家製)」ラベルを取得したレストランの情報も、観光局から得られる。
ジュネーヴがヨーロッパのベストな旅行先の上位に選ばれるのは、都市部で自然を愛でる旅をしたい人たちが増えているということだろう。生態系の多様性を豊かにするようなメンテナンスや、広範囲に渡る再生エネルギーの促進といった「環境保護」のことを考えながらの旅は、人生の本当の豊かさとは何かを教えてくれるはず。毎年、チューリヒと共に、世界で最も住みやすい都市ランキングの上位に入るジュネーヴでの滞在は、学びに満ちた時間になるだろう。
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取材協力:
スイス政府観光局
ジュネーヴ観光局
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Photos other than those credited: by Satomi Iwasawa
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岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/