2024年11月10日から11日の2日間、ニューヨークのブルックリンでナチュラルワインの試飲会「Raw Wine(ロー・ワイン)」が開催された。世界各地から80以上のワイナリーが参加し、一般客や業界関係者で大賑わいとなったイベントに学ぶ、ナチュラルワインの楽しみ方とは。
世界各地で開催される「Raw Wine」
Raw Wineは有機栽培のブドウを原料とするナチュラルワインに特化した試飲イベント。ニューヨークでは2016年から開催されてきたワインフェアは、今年で7回目を迎える。フェア自体はロサンゼルス、モントリオール、トロント、ロンドン、ベルリン、コペンハーゲン、パリの欧米各地で定期的に実施され、今年5月には東京でも初開催された。
主宰のイザベル・レジュロンは、フランス初の女性マスター・オブ・ワイン(世界最難関のワイン資格保持者)、レジオン・ドヌール勲章(文化の功労者に与えられるフランスの最高勲章)受章者。日本語訳も出版されている『自然派ワイン入門』の著者でもある。ワイン業界に関する全般的な知識を持つプロだが、ワイン全体の生産量における比率は1%以下とされるナチュラルワインに着目し、その普及活動に従事している。
高価なプレミアが付いたヴィンテージワイン、ソムリエを始めとする資格、専門家による点数評価などが存在するワイン業界は、少し排他的なイメージもある。しかしレジェロンは、ナチュラルワインに関して言えば、格付けなどは気にせずに動物的な直感でワインを楽しむべきだと語る。さまざまなナチュラルワインを試飲することができるRaw Wineは、生産者が自分たちのこだわりを存分に伝える場であり、参加者がカジュアルに自分の好きなワインを探すことができる場所でもある。
有機栽培は大前提
ナチュラルワインはちょっとしたブームになっているが、ナチュラル(自然派)という言葉にはさまざまなニュアンスがあり、単一的な定義がない。一方で、ナチュラルワインの説明には、オーガニック(有機)、ローインターベンション(ワイン醸造における低介入)、バイオダイナミック(エコシステム全体の循環を考慮した有機農法)などといった特定の専門用語が存在する。
Raw Wineの説明は次の通り。「ナチュラルワインの普遍的な定義はないが、一般的には、バイオダイナミック農法、パーマカルチャー農法などの有機農法で栽培され、セラーで何も加えたり取り除いたりせずに造られた、あるいは変化させたワインを指す。添加物や加工助剤は一切使用せず、自然に起こる発酵プロセスへの『介入』は最小限に抑える。そのため清澄(*濁りを取って透明度を上げるプロセス)や、(過度な)ろ過も行わない」
ナチュラルワインは、有機栽培のブドウを原料とするワインであることが大前提であるにも関わらず、農業以外の生産工程に注目が集まりがちだと主宰のレジュロンは指摘する。過去、あるワインメーカーが自信を持って、自分たちの“ナチュラルワイン”を売り込んできたが、話を聞いてみると原料のブドウが有機栽培ではなかったという事例もあったそうだ。
全てのナチュラルワインは、有機ワイン、バイオダイナミックワインであると言えるが、逆は成立しないケースもある。有機栽培のブドウを原料としていても、生産工程で添加物が使われていたら、そのワインはナチュラルワインとは言えない。厳密に言うと添加物はゼロではなく、極力使わないというのが正しい。醸造をもたらすために必須となる酵母と、酸化を防ぐために使われる亜硫酸塩(sulfites)は、ナチュラルワインに含まれる代表的な添加物だ。
亜硫酸塩の使用の可否については、ナチュラルワイン業界でも意見が分かれるが、Raw Wine独自の品質憲章においては、原則として1リットルあたり50mg以下と定められている。これは赤ワイン150mg/L、白・ロゼワイン200mg/L以下というEU基準を大幅に下回る。Raw Wineのイベントでは、亜流塩酸を全く使用しないワイナリー(約20社)、35mg/L以下のワイナリー(約35社)、それ以外と明確にラベリングされている。こうした透明性の担保はRaw Wineのこだわりの一つである。
個性溢れるジョージアワイン
今回のニューヨークのRaw Wineフェアには、フランスからの出展が最も多く25社、続いてイタリアが18社、スペインが11社と続いた。ナチュラルワイン運動(産業化されたワイン作りから、昔ながらの有機栽培を軸としたワイン作りに回帰しようという動き)が、1970年代にフランスのボジョレーで開始したことを考えると、フランスのワイナリーが多いことにも納得がいく。
筆者が注目したのはオレンジワイン発祥の地としても知られるジョージア。少なくとも8000年前からワインの生産が行われており、世界で最も古いワイン生産国の一つである。ジョージアワインの特徴の一つが、クヴェヴリと呼ばれる土器を地中に埋めて醸造・熟成するというワイン作りのプロセス。また525種類もの土着のブドウ品種があることでも知られている。
今回Raw Wineに参加していたジョージアのワイナリーは9社。同国内最大のワイン地方であるカヘティ、イメレティ、カルトリなど、5つの地方から個性豊かなワインが展開された。例えば、カヘティ地方のマナヴィ・ワイン(Manavi Wines)は、今回がRaw Wine出展7回目。今年の東京の回にも参加している。来年は東京のほか上海のフェアにも出展する予定だ。白ワインの主要品種であるルカツィテリ(Rkatsiteli)、ムツヴァネ(Mtsvane)を使用したワインは、旨味があって味わい深い。他方、メスヘティ地方出身のナテナゼ・ワインセラー(Natenadze’s Wine Cellar)は、トルコとの戦争で一時ほぼ絶滅してしまった品種を探し、再生に挑んでいるワイナリー。ワインに使われているブドウの一部は、樹齢200-400年にもなる木から収穫されているそうだ。
地域の食を楽しむように味わうワイン
一つの国に特化したワインフェアと違って、Raw Wineはさまざまな国や地域の作り手が展開するワインを試飲できるのも魅力だ。ニューヨークのフェアでは、北米東海岸のワイナリーも参加。例えば、今回Raw Wineフェアに初参加した米国ニューハンプシャー州のノック・ヴィノ(Nok Vino)は、地域にある6つの農園で栽培したブドウを使ったワインを展開。カナダのモントリオールからは、都市型ワイナリーの先駆者であるリュー・コミュン(Lieux Communs)が参加した。
日本から唯一参加していたのがno.505広島ワイナリー。『おかあさん』や『青い軽トラ』など、印象的なネーミングのワインを展開。ボトルデザインも、ワインの名前が日本語で縦書きされているだけというシンプルなもので存在感がある。彼らのワインは、果実味と酸味が溢れるジュースっぽさが特徴で、Raw Wineフェアの中でもフレッシュさが特に際立っていた。
数百ものワインが一堂に会するニューヨークのRaw Wineでは、スピトゥーン(ワインテイスティングの際、酔って味覚が鈍るのを避けるために飲み込まずに吐き出すための容器)を使いながらでも、すべてのワインを試飲するのは、ほぼ不可能。だからこそ、偶然の出会いを楽しみながら、一つ一つをゆっくり味わうのがおすすめだ。ナチュラルワインには、ジュースのようにすっきりと飲みやすいものもあるが、旨みが感じられるスキンコンタクト(果汁と果皮を一緒に漬け込んだ白ワイン)のワインも多い。すぐに飲み込まずに口の中で味わうことで、さまざまなフレーバーが滲み出す。飲み物なのに、まるで料理を味わっているような感覚で楽しむことができるのだ。
地域の食材を楽しむような感覚で、さまざまな味わいのナチュラルワインと楽しめるのがRaw Wineの試飲会。来年の東京開催は5月10-11日。ワイン好きだけでなく、旅を通じて地域の食事を楽しみたいと思うような人にも、ぜひ足を運んでもらいたい。
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All Photos by Maki Nakata
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Maki Nakata
Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383