ドイツには、350以上の公認保養地やスパがある。長い伝統を誇る天然の塩水を用いたグラディアヴェルク(*)やクナイプ療法を提供し、病院や公園など地元特有の保養文化が充実している。北ドイツ・ニーダーザクセン州オスナブリュックからアクセスしやすい温泉保養地3か所を旅した。自然とのハーモニーが見事で、四季を問わず高い人気を誇る温泉保養地を紹介しよう。
(*)グラディアヴェルク……塩を含んだ温泉の塩水が木製フレームの上から壁をつたって滴り落ち、滴下中の蒸発により塩分濃度を高める装置。かつてはこの濃縮した塩水を用い食塩を生産していた。現在は、装置から発生する塩分を含んだ水蒸気が呼吸器系や神経性皮膚炎などの症状を和らげる効果のある屋外吸入施設として使われている。
緑豊かな温泉地、バート・エッセン(Bad Essen)でスローライフ体験
ドイツ北西部に位置するオスナブリュックから東へ20キロメートル、電車で約1時間かけて、最初の目的地バート・エッセンへ向かった。街全体が自然公園の中にある緑豊かな温泉地だ。地元の人々との調和の中で、リラックスした休日を過ごしてもらいたいと、1990年からイタリア発祥のチッター・スロー(CittaSlow)メンバーとなり、スローライフ体験を推奨している。地域文化と自然環境を大切にした街づくりを目指し、「慌てず、持続可能な伝統への回帰」を重点に置く活動だ。
塩の生産で長い伝統を持つこの街は、何世紀にもわたり独自の塩を産出してきた。水深800メートルから湧き出る地中の塩水は、食塩、そして保養で過ごす客へ提供する唯一無二の宝物として街の発展に貢献してきた。
だが多くの製塩所は、過去200年の間に姿を消し、塩の街から保養地へと生まれ変わった。健康増進を図る入浴施設やスポーツ施設を併設する癒しの場となり、整備された公園の一角にはグラディアヴェルクを設置した。
この街の鹹水(かんすい)は、「2億2千万年前から地下に眠っていて、31.8%という特別なミネラルを含みます」と、ガイドさんは話す。ヨーロッパで最もミネラルが豊富な鹹水泉であり、死海の平均塩分含有量を上回るというから驚きだ。
ちなみにグラディアヴェルクの壁をつたう塩水は、流れる過程で蒸発し、かなりの水分が失われる。と同時に、塩の品質が向上し、塩濃度が高まり水蒸気となる。
街の中ほどにある公園ゾーレパークのグラディアヴェルク「ゾーレ・アレナ(SoleArena)」は、屋外吸入施設としては珍しい円形型。地元の天然塩水が高さ6メートルのクロウメモドキの壁をつたい、その過程で屋内外に湿気を含んだ空気を送りだしている。
内部に入ってみた。中央の噴水ボウルの水場では、無数のノズルが塩水を細かい霧状となり、かなり湿気がある。深く吸い込むと鼻や喉がしっとりする爽快感に満ち、まるで海辺で過ごしているかのようだ。
この街で人気のスポーツ施設「アクティヴィータ(Aktivita)」では、療養で滞在する客には個別にサポート、健康を維持するために通う客にはマッサージや健康増進器具のサービスを提供している。
館内見学後、アロママッサージを体験した。旅の初日はいつも慌ただしく、電車の遅延で乗り継ぎに間に合わないかもとストレスも多いが、マッサージ終了後にはそんな緊張もすっかりほぐれた。
バート・エッセンの中心部は、ドイツの観光街道のひとつ「木組みの家街道」に面している。もしもこの街を訪ねることがあったら、美しい木組みの家並みをみながら散策するのもきっと楽しいだろう。
塩の歴史に触れ、バート・ローテンフェルデ(Bad Rothenfelde)で過ごす贅沢なリラクゼーション
バート・エッセンから車で南下すること約40分、次の温泉地バート・ローテンフェルデに到着。この街でも18世紀以来、塩が重要な役割を果たしてきた。街にグラディアヴェルクが建てられた1777年頃、塩は白い金とも呼ばれるほど貴重なものだった。
19世紀になると、温泉と入浴産業が栄えた。グラディアヴェルクの周りには保養公園を整備し、食塩の生産よりも塩水を用いることで健康に有益だという保養を優先した。
全長412メートルもあるグラディアヴェルクは、街の観光ハイライトのひとつ。地下3,500メートルの塩のドームから地上に湧き出る塩水を風力ポンプで運び、高さ10メートルの壁をつたう塩水にはミネラル、二酸化炭素、鉄分が豊富に含まれている。
「吸入の通り」と呼ばれるグラディアヴェルク内の通路を歩きながら、この設備の歴史紹介や塩の蒸気を深呼吸するガイドツアーもお薦めしたい。湧き水の塩分濃度は約5パーセント。それが、25%まで濃縮されて滴下する。面積は10,000平方メートルと、西ヨーロッパで最大のグラディアヴェルクだという。
この街を代表する保養施設「カーペソルテルメ」は、8000平方メートルを超える広々とした水の世界。広い屋上テラスには日光浴スペースもあり、安らぎとリラックスのオアシスとなっている。
早速、受付でバスタオルとバスローブを借りて、着替え室へ。ここからは水着着用あるいは裸の客が行き来するので、慣れていないと気持ちの切り替えが必要かもしれない。
まずは水着で館内を歩いてみた。温泉水のプールでは、無料のウォーターエアロビクスが人気。さらにアクアウォーキング、アクアフィットネス、アクアジョギングなどの有料コースもあり、何時間でも過ごせそうだ。
塩水プールではここの地下から湧く温水を使っている。水に含まれる12パーセントの天然塩水により、体が水に浮かぶ体験も楽しい。注意したいのは長く泳ぐと血行を悪くするため、10分から15分ほどがお勧めだそう。
屋内外に数カ所あるサウナコーナーは、男女混合で裸が原則。曜日や時間によって女性専用時間も設けている。お薦めは、エクスターンサウナ。10分ごとにノズルから新鮮な塩水蒸気がサウナ内に噴射され、呼吸を和らげる効果があるという。
ここではソルトマッサージを体験した。粗目の塩がからだを優しく刺激して心地よい。終了後、シャワーを浴びた後も肌がしっとりとしてマッサージの効果抜群だ。アロマやホットストーンなど多種のマッサージも提供しているので、予約を取って是非どうぞ。各種サウナやプールを見て体験していると、予定していた3時間はあっという間に過ぎてしまった。次回は一日ここで過ごしたいと、後ろ髪を引かれる思いでホテルに戻った。
五感を癒す森の旅:バート・イーブルク(Bad Iburg)で体験するクナイプ療法と森林浴
バート・ローテンフェルデを後にして車で約20分、クナイプ保養地バート・イーブルクへ。トイトブルクの森の陽光降り注ぐ南端に位置するこの街の風光明媚なロケーションは、すでにオスナブリュックの王子司教たちに住む価値があるとされ、彼らは600年もの間、この地を居城としていた。
イーブルク城のそびえ立つ山麓の「クナイプ体験パーク」 では、水遊びや多くのウォーキング・コースを提供。教区司祭セバスチャン・クナイプが100年以上にわたって提唱してきた「水の利用-栄養補給-運動-薬草の利用-バランスの取れたライフスタイル」という5つの柱に基づく療法は、日本でもよく知られているだろう。
2018年に開催されたニーダーザクセン州ガーデンショーを機に、この街周辺に数多くの公園や庭園が新しく整備された。なかでも同州経済省の支援を受けて建てられた、全長約440メートル、高さ28メートルの「バウムヴィプフェルプファット・梢の散歩道(Baumwipfelpfad)」は、見逃せないスポットだ。
トイトブルクの森の中にあるこの散歩道はヴァルト保養公園の一部で、多くの落葉樹の古木が特徴的。なかには樹齢250年という古木もあるそうだ。
イーブルクの市街、イーブルク城、トイトブルグの森を一望できる高さ32メートルのエントランスタワーに登ると、散歩道の入り口だ。鳥の巣のような形をした散歩道沿いのステーションでは、自然、地質、地層、森の個性に関する情報をアナログとデジタルで提供している。時々立ち止まって、鳥の声に耳を澄ましたり、空を眺めながら深呼吸しているうちに慌ただしい日常を忘れさせてくれる。
日本では古くから「森林浴」がストレス解消法として広く親しまれてきた。近年は、ドイツでも大ブームとなり、バート・イーブルクの森にも森林浴の散歩道が整備された。
「自然だけでなく、自分の体や心にも意識を向けて下さい。森の雰囲気を感じ取り、音に耳を傾けてみましょう。森の空気や土の匂いを嗅ぎ、葉の間から差し込む光を見て、石や樹皮に触れているうちに五感が研ぎすまされていくのがわかるでしょう」とガイドさん。森林浴は血圧や血糖値を下げ、ストレスホルモンの分泌を抑え、免疫系を強化する効果があると教えてくれた。
足元だけでなく空を見上げ、木に寄り添い生を感じる。そしてイスに横たわり、周囲の音に耳を傾けると、安らぎと共に心身に静寂感が染み込んでいくようだ。
今回の温泉保養地巡りでは、地元ならではの土壌、水、気候そして歴史や伝統から得られる自然療法と癒しを堪能した。オスナブリュックやハノーヴァーから足をのばす訪問客も絶えないという魅力的な景観と澄んだ空気、幅広いレジャー活動など多種多様なニーズと嗜好に対応した健康維持と保養の場がここにはある。自分の健康に焦点を当てたウェルビーイングな旅にまた出かけたいと思いながら帰路についた。
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取材協力:
ニーダーザクセン州・州観光局
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特記以外の画像はすべて筆者撮影
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員