アメリカ人のデジタルノマドたちの間で昨今特に人気を集めているのが、メキシコの首都であるメキシコシティ、通称CDMX(Ciudad de México)だ。温暖な気候、米国と比較すると物価が安いこと、米国からのアクセスが良いこと、リモートワークするアメリカ人にとって時差を意識せずに仕事ができることなどが人気の背景にある。加えて、食やカルチャースポットのクオリティも高いという点も魅力的のようだ。本稿では、クリエイティブな感性を刺激するようなCDMXのおすすめスポットを紹介したい。

目抜き通りのコスモポリタンなエネルギー

標高2,240メートルの高地に位置するCDMX。その面積は1,477平方キロで、東京23区の倍以上の広さがある。セントロと呼ばれる歴史的地区は、大きなメキシコ国旗がはためくコンスティトゥシオン広場や、美術展からオペラなどさまざまな文化イベントが開催されるパレス・オブ・ファイン・アーツ( べジャス・アルテス宮殿、Palacio de Bellas Artes)など、アイコニックな歴史的建造物を目にすることができる。

CDMXのダイナミックさを感じるには、セントロからチャプルテペック公園に向かって、目抜き通りであるレフォルマ通り(Paseo de la Reforma)を歩いて進むルートがおすすめだ。レフォルマ通りは街の中心を斜めに横切る、全長14.7キロの広い通り。主要道路のため交通量も多いが、通り沿いに立つアイコニックな建築や記念碑を見つけながら、コスモポリタンなエネルギーを感じることができる散策コースだ。

もっともアイコニックな記念碑の一つが、独立記念塔(The Angel of Independence)だ。1910年に建設された記念碑は、メキシコ独立革命開始100周年を祝って、建築家アントニオ・リバス・メルカドによって作られた。塔の上部には、純金で覆われたギリシャ神話の勝利の女神ニケの像が輝かしく鎮座している。

独立記念塔からほど近い場所にあるチャプルテペック公園は、約686ヘクタールの広さを誇る都市公園。入り口付近は休日には縁日の露店が並び、地元の人々で賑わう。ゆっくりと緑を楽しむというよりは、人々のレクリエーションスポットのような雰囲気がある。東京の代々木公園のような雰囲気も感じられなくはない。

園内にはチャプルテペク城、チャプルテペク動物園、ルフィーノ・タマヨ博物館などの文化施設が集まっているのも特徴的だ。公園は高級住宅街として知られるポランコにも隣接している。ポランコにはブランド通りがあったり、ファイン・ダイニングのレストランがあったり、少し落ち着いた雰囲気も感じられるエリアだ。

開放感のあるコンテンポラリー・アート空間

ポランコの一角にあるおすすめの美術館が、コンテンポラリーアートを扱うフメックス美術館(Museo Jumex)。ギザギザした屋根の形状が特徴的な4階建ての建築は、デイヴィッド・チッパーフィールド・アーキテクツがデザイン。2013年に開館したこの美術館は、メキシコの大手飲料メーカー、フメックスの後継者であるエウヘニオ・ロペス・アロンソのフメックス財団が保有するアートを展示している。

筆者が訪問した6月はダミアン・ハーストの主要な57作品を集めた大規模な個展『To Live Forever(For a While)』が開催されていた。ハーストとアン・ギャラガーがキュレーションを手がけた空間には、真っ二つに切断されたホルマリン漬けの動物をみせた「Natural History」シリーズや、カラフルな水玉模様が展開された「スポット・ペインティング」シリーズ、桜をモチーフにしたシリーズなど、1986年から2019年までの代表作が集結。

建物の一部は、大きなガラス張りの窓がテラスにつながるような解放的な空間になっており、コンテンポラリー・アートの大きな作品が贅沢に配置されていた。また、建物の入り口前の空間と、大きなテラスの部分にもハーストの作品が展示されており、美術館にいながらも、街中でパブリックアートを楽しんでいるような感覚があった。

フメックス美術館に隣接するのは、直方体を捻りながら曲線状にくびれさせたようなユニークな建築が特徴的なソウマヤ美術館。フメックス美術館の上階からこの独特な建築を眺めることができるのだが、これ自体もアート体験の一部として楽しめてしまう。

メキシコ人建築家ルイス・バラガンの世界を堪能

最後に、メキシコシティのコワーキングスペースで出会ったメキシコ人に薦められた、ユニークな空間「Tetetlán(テテトラン)」を紹介する。メキシコシティの中心部から車で20分ぐらいの場所に位置するこの空間は、1940年代からこの地域の都市計画プロジェクトに取り組み、以後、1980年初頭まで活躍を続けたメキシコ人建築家ルイス・バラガン(Luis Ramiro Barragan)が関わっている。

この地域は約5キロ平米の溶岩地帯の空き地となっていた場所だが、溶岩地帯の地形や自然を生かした建築を作るというビジョンを持ったプロジェクトが携わり、バラガンはその建築デザインに大きく貢献した。時代は流れ、当時の建物の多くがより近代化された住宅などへと建て替えられてしまっていた。その中で、地元出身のアートコレクター、セザル・セルバンテス(César Cervantes)が、残されていたカサ・ぺドレガル(Casa Pedregal)を購入し、改修に挑んだ。

家自体はバラガンが建設した当時の状態を維持することに務めたが、隣接していた厩舎に関しては、新たな時代のニーズに合わせて大幅に改装された。その厩舎が生まれ変わった空間こそが、「テテトラン」である。この空間は、一言で言えばレストランだが、大型本のコレクションやレコードが並ぶライブラリー、アート作品が展示されているギャラリー、ヨガスタジオ、地域のデザイナーが手がけたプロダクトが並ぶショップ、テイクアウト用のカフェが併設されたカルチャースペースだ。

この空間に特別感をもたらしている理由は、コンテンツはもとより、その建築の美しさである。フロアはガラス張りになっており、そのガラス越しのゴツゴツとした溶岩の地形を観察することができる。壁も自然のテクスチャーが生かされており、高い天井からは自然光が差し込む。壺や植物などで装飾された空間には、ナチュラルさとラグジュアリー感が同居する。バラガン建築のシグネチャーカラーであるピンクが、食器やインテリアの一部にアクセントとして使われているのもポイントだ。

メキシコシティの魅力は、コスモポリタンな都市のエネルギーと、クリエイティブ要素が詰まった様々なスポットにある。歴史的なセントロ地区の壮麗な建築から、活気にあふれるレフォルマ通りやチャプルテペック公園まで、訪れる者を飽きさせることはない。創造性を刺激し、新しいインスピレーションを与えてくれるこの街に、次回は数ヶ月滞在してみたいと思う。 
 

All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383