旅の景色や体験は、移動手段に少なからず影響される。移動手段によって、移動のスピード、目線の高さ、周囲の人々などが変化し、旅行者の体験に直接的な影響を与える。今回、筆者は人生で初めてクルーズ船を体験し、アラスカを訪問した。船だけでなく、ヘリコプターや列車などさまざまな乗り物での旅を体験し、その感覚を新鮮に感じ取ることができた。本記事では、さまざまな移動手段での体験をハイライトしつつ、アラスカの美しい景観をお届けする。

はじめてのクルーズ体験

今回参加した旅は、カナダのバンクーバー港を発ち、同じ場所に戻ってくる1週間のクルーズだ。オペレーターは150年の歴史を誇るオランダの会社、ホーランド・アメリカ・ライン。アラスカで75年の歴史があり、氷河を間近に見ることができるグレーシャー国立公園への寄港回数がどの船社よりも多いクルーズラインだ。

出発地の港、カナダプレイス

バンクーバーの出発地は、国際会議場も併設するカナダプレイスという建物。それ自体が船のようにも見える形状がユニークだ。飛行機には何度も搭乗しているが、クルーズラインへの乗船は初めてだったため、チェックインや搭乗のタイミングなど不明な点も多かったが、手続きは比較的スムーズだった。出航時刻は午後4時だが、午前中から乗船可能。大きなスーツケースはチェックインすれば、キャビンまで運んでもらえる。搭乗プロセスは、空港のような手荷物検査の後、カナダから、アラスカに訪問するための米国の入国審査がある。出入国管理情報を共有しているカナダと米国だからか、クルーズ船での入国だからか、出入国審査時に特に質問されることもなく、数秒で終了した。

今回乗船したザーンダム号は9階建て。5階、8階、9階部分にショップ、レストラン、ライブラリー、バー、ジム、スパなどのアメニティが集中しており、他のデッキは主に客室だ。筆者は1階部分のキャビンに宿泊していたため、海面により近く、室内からはダイナミックな景色を楽しむことができた。部屋のカードキーが、船内のあらゆる追加サービス利用の際のアクセスカードとなる。追加でドリンクなどを購入した場合、あらかじめデポジットしておいた残高から引き落とされるという仕組みだ。

乗船して、すでに開店しているレストランなどでランチを済ませ、数時間してようやく出航時間がやってきた。MCの船内アナウンスが入り、ちょっとしたお祝いムードが漂う。多くの乗客がデッキに出て、バンクーバーの美しいスカイラインを眺めていた。バンクーバーを出て少し北に進んだだけで、すぐに緑豊かな山の景色が広がる。スキーリゾートで有名なウィスラーなど、一部の山はまだ雪化粧が残っており、初夏の緑色とのコントラストがまた美しい。

ジュノーからの小旅行

クルーズの航路はアラスカのインサイド・パッセージという地域。あるか昔、氷河の流れによって形成されたフィヨルド状の地形が特徴的で、海岸線の美しい景色をゆっくりと楽しむことができる。鯨やイルカなどのワイルドライフに遭遇することも、稀なことではない。

初日と2日目は船の上で過ごし、3日目にアラスカの首都ジュノーに到着。ジュノーのダウンタウンはクルーズ船が寄港するウォーターフロントにあり、こぢんまりとした観光地の街並みが広がる。筆者がジュノーに到着した日は他のクルーズ船も寄港しており、アラスカ土産の買い物やクラフトビールを楽しむクルーズ客で街は賑わいを見せていた。

ジュノー観光のハイライトは街ではなく、大自然を楽しむエクスカーション(小旅行)だ。アラスカらしい犬ぞり体験などもできるが、筆者が参加したのは氷河トレッキングツアー。まずは、ジュノーからシャトルバスで20分ほどの場所にある空港に向かった。そこでスノーウェアと靴をレンタルし、ハーネスを身につけて、ヘリコプターに。

筆者はヘリコプターに乗るのは初めてのことだったが、飛行機よりも安全という話を聞いた。20代ぐらいの女性パイロットが、ウーバードライバーのようなカジュアルな雰囲気で、まるで乗用車を運転するかのような雰囲気で操縦していたのが印象的だった。アラスカは、道路アクセスが限られている地域が多く、ヘリコプターツアーの需要が高い。

ヘリコプターの往路は20分程度。その短時間の移動の間、青みがかった濃い緑色の海と森林の景色から、雪山と氷河の景色へと切り替わる。まるで季節が変わったかのように景観が豹変する。山脈のギザギザとした特徴的な地形は、氷河の侵食作用によってできた尖った地形で、ホルンもしくは氷食尖峰 (ひょうしょくせんぽう)と呼ばれるもの。山を削り取りながら移動してきた氷河の力を感じさせる。氷河の表面も深く割れ目が入った地形で、上空から見下ろした景色にテクスチャーを添える。氷河の大きな割れ目はクレバスと呼ばれ、氷河が溶け出した水の流れによって作られる縦穴はムーランと呼ばれる。

筆者が氷河トレッキングに参加した当日は快晴。氷河に太陽が反射して、氷河そのものも溶け出した水色の青さも、すべてが透明感と輝きを増していた。トレッキングといっても氷河の上なのでそこまでアクティブに、遠くに移動できるわけではない。しかし、2時間ほど氷河のさまざまな地形の上を歩きまわって、変化し、移動し続ける氷河の圧倒的なダイナミズムを存分に感じることができるツアーであった。

スキャグウェイからのアドベンチャー

クルーズ4日目の寄港地はスキャグウェイという街で、1896年から1899年の間にカナダのユーコン地域で起こったクロンダイク・ゴールド・ラッシュの主要な港となった街。金鉱発見のニュースがシアトルやサンフランシスコに到達すると、約10万人もの採掘希望者が殺到した。しかし実際に金鉱に到達したのは3-4割ほどで、さらに金で富を得ることができたのはさらにその1割ほどしかいなかったようだ。

スキャグウェイの観光では、ゴールドラッシュ時代に建設された鉄道を旧式の列車で進むホワイト・パス列車の旅がおすすめ。山間に沿って進む列車からの景色を見ながら、ゴールドラッシュ時代にタイムスリップしたような感覚を味わうことができる。ゆっくりとした速度で進んでいく列車のオープンデッキに立って、風を感じながら壮大な景色を眺めるというのも観光列車ならではの楽しみだ。

列車の旅の後、乗船までにまだ時間があったため、スキャグウェイではハイキングも楽しむことができた。港があるダウンタウンから30分ほど登った場所に、Dewy Lakeという湖があり、湖の周りを歩いて一周することができる。湖は観光客だけでなく、地元の若者たちにも人気があるようだ。湖にダイブしたり、釣りを楽しんだりする人々も見かけた。

スキャグウェイのダウンタウンは、ジュノーよりもさらにコンパクトだが、西部開拓時代の雰囲気を感じさせる建物が並ぶ。雰囲気のあるサルーン(酒場)やクラフトビールの醸造所もある。映画に出てきそうな「アメリカっぽさ」を感じられる場所だ。

ワイルドライフと大自然の景観に時間を忘れる

今回の旅では、鯨やラッコ、アシカ、ハクトウ鷲、さらにはグリズリーベアにまで遭遇し、ワイルドライフとの出会いに恵まれた。船上での動物たちの観察はアラスカクルーズの醍醐味の一つであり、乗客たちの多くが双眼鏡や望遠レンズのカメラを持参して、観察や撮影に没頭していた。

クルーズ船というと「贅沢」というイメージがあるが、アラスカクルーズの旅はいわゆる豪華客船のようなラグジュアリーの要素とは違う、本物の大自然との出会いという意味での贅沢さに溢れるものであった。 普段の生活ではあっという間に過ぎてしまう1週間だが、アラスカクルーズの1ヶ月ぐらいの旅かと思えるぐらい、非常に長く感じられた。それは、ゆっくりと流れ続ける美しい景観が時間を忘れさせてくれたからかもしれない。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383