米国西海岸のワシントン州シアトルと聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか。筆者はランドマークのスペース・ニードルが存在感を放つ、そのシティスケープを想像した。米国西海岸では北カリフォルニアのサンフランシスコやバークレーなどのベイエリアは頻繁に訪れているものの、今回、初めてシアトルを訪問。そこには、街歩きをワクワクさせてくれるような要素が凝縮されていた。新型コロナウイルスのパンデミック明けの直後に、かつてのクールさと活気を失いかけたポートランドやサンフランシスコを見た記憶があったからこそ、シアトルの街の空気が新鮮に感じられた。今回は、遊び心あるデザインと自然環境に溢れたシアトルの雰囲気を、スナップショット的にお伝えする。

シアトルの玄関口:美しい山並みと近未来デザインに迎え入れられる

東京羽田からシアトルまでの飛行時間は約9時間半。夕方に出発したフライトは日付変更線を逆戻りにまたいで、同日の朝10時ごろに到着。降機してから出口に向かうまでの長い通路には大きな窓が設置されていて、その先には青空と雪化粧の山脈が広がる。そこには長旅の疲れを一瞬で忘れさせてくれるほどの開放感があった。

シアトル・タコマ空港のこの国際線到着施設は2022年にオープンした比較的新しい施設のようで、デザインも少し近未来的な雰囲気が漂う。サテライトやコンコースを接続する回廊は特徴的な存在。中でも飛行機の誘導路にかかる歩廊は、吊り下げ式のものとしては世界最長の空中歩廊だそうだ。

この空港は預け荷物を引き取ったあとに、入国審査があるという順路になっているが、様々な国際空港を体験してきた筆者にとっても初めての体験であった。預け荷物が流れてくるベルトコンベアの上部には、巨大なテキスタイルのフリルのようなインスタレーションがあって、いろいろと飽きることがない上陸体験を楽しませてもらえた。

空港から都心部への移動はウーバー以外に、リンク・ライト・レールもおすすめ。都心までの運賃はわずか3ドルとお手頃で、郊外から都市への景色を楽しみながら移動することができる。筆者が到着した駅のデザインも特徴的で、空港の近未来感とは対照的な、アールデコ調の様式が新鮮に感じられた。

街にあふれる、さまざまなビジュアル要素

シアトルの中心部には、ジオメトリックな建築から、遊び心のあるグラフィティやロゴ、看板などのビジュアルデザインまで、視覚的に楽しめる要素が散りばめられている。1962年に開催された万博を機に建てられた塔、スペース・ニードルがある場所は、カルチャー・パークになっていて、フランク・ゲーリーが手がけた建物が特徴的なポップ・カルチャー・ミュージアム(通称 MoPop)や、シアトル子供博物館、ガラス作家デール・チフーリの作品を多数展示した庭園、チフーリ・ガーデン・アンド・ガラスなどがある。

スペース・ニードルのあるアップタウンからダウンタウン方面に向かうと、個性的な高層ビルが目に飛び込んでくる。特徴的な建物の一つが、レイニア・スクエア・タワー。急降下する前のジェットコースターの線路のように反り上がった形状がユニークで、思わず写真におさめたくなるビルだ。

2019年に完成したこのビルの隣にあるのが、1977年にオープンしたレイニア・タワー。日系アメリカ人建築家、ミノル・ヤマサキが手がけたこの建築は、細くカーブした台座部分に長方体のビルが乗っかったようになっているのが特徴。彼は9.11のテロで崩壊したワールド・トレード・センターのツインタワーを手がけた建築家としても知られているが、この奇抜なレイニア・タワーは当時、批判の対象にもなったようだ。

ダウンタウンには、他にも立体的な折り紙のような形状をした図書館や、ファサードが特徴的な行政関係の建物などがあって、ダウンタウンに用事がなくても建築めぐりだけで楽しめる場所だ。

他方、商業地域には、カラフルなグラフィティや、店のサインなど、何気ないところにも遊び心があって楽しい。どことなくレトロな雰囲気が感じられるのも魅力だ。電柱に何枚も重ねられ、ぐちゃぐちゃになってしまっているカラフルなフライヤーの残骸までもが、アーティスティックなものに感じられる。アマゾン本社があるテック都市でありながら、クラフト感のあるカルチャーもあるのがシアトルの魅力の一つかもしれない。

山、湖、公園、犬……クオリティ・オブ・ライフ向上要素が満載

シアトルの都市には、高層アパートやオフィスビルが立ち並び、車両も多く、何線路もあるフリーウェイが走っているにもかかわらず、ニューヨークやLA、サンフランシスコにはない、ゆったりとした時間が流れている。それは、雄大な山並み、シアトルの街を囲むようにして存在する広々とした湖、街のあちこちにある緑豊かな公園などといった自然環境に恵まれているからに他ならない。

高層ビル街を数ブロック歩けば、湖岸や公園に行き着くことができる。平日の昼間でも犬の散歩をしている人を多数見かける。シアトルはドッグフレンドリーな街でもあり、公共交通機関や、多くのショップで犬同伴が歓迎されている。

スペース・ニードルがある公園内には巨大な噴水を囲むようにして設けられた芝生スペースがあり、日光浴や読書を楽しむ人たちの憩いの場となっていた。そこにはドラムを叩くストリート・ミュージシャンがいたり、ランニングする人がいたり、噴水の周りではしゃぐ子どもたちがいたり、年齢や人種を問わず、さまざまな人々が思い思いの時間を過ごしていた。

また、中心部から少し離れたところにあるワシントン・パーク・アーボリータムや、ディスカバリー・パークまで足を伸ばせば、木と植物が密集した環境の中でやすらぎを得て、リフレッシュすることができる。シアトルは、クオリティ・オブ・ライフが向上するような要素がそろった、理想の都市環境なのかもしれない。シアトルを訪問する際には、ぜひ1週間以上の滞在型旅行を楽しんでいただきたい。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383