ドイツ、バイエルン州北西部に位置するミルテンベルクは、マイン河畔に位置する木組みの家並みが美しい街。周囲には伝統的なフランケンワイン産地の村々やブドウ畑を通るハイキングコース、気軽に立ち寄れる高級レストランまで様々な風景が広がっている。この街を拠点として「食の達人とソムリエ」を訪ね、多様性に富む地方の魅力を探った。

ミルテンベルク旧市街マルクト広場

クアフランケンの中心地、ミルテンベルク

ミルテンベルクは、マイン川に沿った自然豊かなクアフランケンと呼ばれる地域の中心地。ライフスタイルに欠かせないワインと地産地消の食を満喫できる中心スポットとして注目を集めている。

クアフランケンとは、オーデンヴァルトとシュペッサルトの間のマイン渓谷にあるフランケン地方の西に面した一帯を指す。バイエルン州ヴュルツブルクとヘッセン州フランクフルト間の中ほどに位置し、その間を蛇行するマイン川渓谷周辺に散在する25の市町村にまたがっている。

クアフランケン加盟市町村は年々増加中

クアフランケンのウィスキーメーカ―、パンのソムリエと達人、ラム酒の達人やビアソムリエ、ミシェランも称賛するレストランで出会ったワインソムリエなど、おそらく聞いたこともない小さな街から世界市場で活躍するスペシャリストを訪ねた。

木組みの家街道沿いのミルテンベルク旧市街

好きが高じて事業を立ち上げた「聖キリアンウィスキー蒸溜所」

フランクフルトから南東へ電車で2時間弱、ミルテンベルクに到着。まずここから6㎞ほど離れたリューデナウの「聖キリアン蒸溜所」へ向かった。スコットランドをモデルにし、スコットランドとアイルランドからオリジナルの設備を導入し、シングルモルトやフル―ティな味のウィスキー約30種、スペシャルエディション、15種のリキュールなどを販売している。

聖キリアンウィスキーにて

同社の歴史は、投資銀行家アンドレアス・テュームラー氏のウィスキー好きから始まった。美味しいウィスキーの噂を聞くと、よくアイルランドまで足を運んでいた同氏は、そんななかでアイリッシュウィスキーの伝説的人物デイヴィッド・F・ハイネス氏とともに、ミルテンベルク近郊のリューデナウにウィスキー蒸溜所を立ち上げるアイデアを思いついた。そしてマリオ・ルドルフ氏も経営に加わり、4年の建設期間を経て2016年、古い繊維工場を修復し同社をスタートした。

今では住民750人程のリューデナウから世界規模で活躍するドイツ最大のシングルモルトウィスキー蒸溜所となった。同社は、ワールド・スピリッツ・アワード2024(WSA)コンテストにおいて最高栄誉の「ワールドクラス・ディスティリー賞」とカテゴリー(ビター&リキュール)の「マスタークラス・ディスティラリー賞」を受賞し、卓越したクラフツマンシップと、ウィスキーとリキュールの第一級の品質を実証した。

自然の特産品とクアフランケンワイン

次はミルテンベルクから北上すること約26kmのグロースヴァルシュタットへ。ここを拠点に自ら狩猟したジビエ肉を加工販売、そしてワイン醸造を手がける2人の食の達人を訪ねた。

ハンターとしてジビエ肉をローストやステーキ、ソーセージやハムの特産品を生産しているルドルフ・ステングラー氏の案内で森を散策した。

ルドルフ・ステングラー氏

「私たちはすべての生き物を特別なものとして尊重すべき。生き物の福祉、種に適した生息環境、そして自然が提供する本来の食物こそが、私たちの最優先事項なのです」と、同氏は熱く語った。

クラウス・ギーゲリッヒ氏

ワイナリーギーゲリッヒは、マイン川沿いの南斜面に5カ所のブドウ畑17ヘクタールを持ち、白と赤ワインを生産する家族経営のワイン醸造所。特産品はバリックで熟成されたピノ・ノワールとシャルドネだそう。

少し早めの夕食は、ワイン畑に囲まれたギーゲリッヒ氏の小屋で、ジビエのハムやソーセージとワインをいただいた。

ジビエ肉のソーセージやハムはクセがなく美味

ドイツ初のパンソムリエ・マイヤー氏を訪ねる

ドイツのパン文化は国内無形文化財に登録されているのをご存知だろうか。毎日3000種以上のパンが焼かれており、ドイツ人の食卓になくてはならない国民食のひとつだ。

マイン川左岸に広がるミルテンベルク旧市街の中心部に店を構えるマイヤーパン店オーナーのフォルカー・マイヤー氏は、ドイツパンのマイスター職人そしてパンのソムリエだ。彼の得意とするのは72時間かけて発酵する手間暇かけたライ麦たっぷりの黒パン「フランケンランドブロート」。

自慢の黒パンを手にするフォルカー・マイヤー氏

同氏から、ワインとパンがいかにお互いの味を引き立てるかを教えていただいた。例えばパンをしばらく噛んで口に含んだまま赤ワインを飲むと、全く美味しくない。それは赤ワインと黒パンの風味が調和しないから。だが、不思議なことに白ワインと黒パンの相性はとても良い。さらに白パンと赤ワインも美味しい。

ミルテンベルク・マイヤーパン本店

ミルテンベルクのシンボル・歴史的建造物「ツム・リーゼン」

お昼はミルテンベルク旧市街中央通りの中ほどにあるホテル兼レストラン「ガストハウス・ツム・リーゼン」へ。12世紀半ばに営業を始めたドイツ最古のホテルとして知られ、神聖ローマ帝国皇帝や、多くの著名人がここに泊まったそうだ。現在の建物は1590年に建てられたルネッサンス様式となっており、ホテル兼レストランとして営業中。

ミルテンベルク中心部でひと際目立つ「ツム・リ―ゼン」(中央)

趣味が仕事につながった「ラム・カンパニー」

3人の友人マーティン・ハイム氏、ヴォルフガング・ワイマール氏、フランク・ツィンマーマン氏は2009年、ミルテンベルク郊外にラム・カンパニーを起業。高貴なサトウキビの蒸留酒に対する純粋な情熱と、一緒に楽しむ大きな喜びが、情熱的な趣味を会社へと導き、成功を収めている。ラム酒に関しては、3人は高い品質基準を持ち、クラシックなラム酒ブレンドや、独自のテロワールを持つ小規模蒸留所のラム酒から希少なシングルカスクボトルまで、膨大な品揃えと奥深さを提供。1,000種類以上のラム酒販売と豊富な情報を発信中だ。

地ビールの老舗ファウスト醸造所

ミルテンベルク市内で最も古い歴史的な地区「シュヴァルツフィアテル」にある、ファウスト・ビール醸造所へ向かった。同社が重要視しているのは「地域、品質、そして飲む楽しみ」。360年以上の歴史を誇るだけに、これまでドイツ年間最優秀醸造所、国際クラフトビール・アワードなど数多くの賞を獲得している。

ファウストビール醸造所4代目CEOヨハネス・ファウスト氏

2020年から4代目の経営者となったヨハネス・ファウスト氏の案内で醸造所内を見学した。ここではピルスナーや黒など約20種類のビールを醸造販売。醸造用の釜や発酵釜を見学した後はビールの試飲。そして今回はビアソムリエのコルネリウス・ファウスト氏の解説により、ビールとチーズ、パンのマッチングも教えていただいた。

グルメ通も足繁く通うレストラン「ツア・クローネ」へ

ミルテンベルクから北ヘ約6㎞、グロースホイバッハのガストハウス・ツア・クローネで夕食をいただいた。グルメ通も納得の同店の料理とワインは何度訪問しても期待を裏切らない美味しさ。

1969年にレステル家がホテルとレストランを開業。現在は、2代目オーナーシェフのラルフさんとワインソムリエの妻ニッキーさんが家業を受け継ぎ、卓越した料理と地元ワインの美味しいレストランのあるホテルとして注目を浴びるようになった。

レストラン「ツア・クローネ」ワインソムリエのニッキ―・レステルさん

後から知ったのだが、同レストランはグルメガイド「ミシュラン」によるビブグルマンを10年以上連続で獲得しているそうだ。ビブグルマン評価は、手の届きやすい価格で高品質な料理を提供し、一定の選考基準を満たしているお店に与えられるマーク。

老舗ヘンヒパン店工場を見学

1753年創業のヘンヒ・ベーカリーは現在8代目トーマス氏の元で、9人の従業員と共に有機パンや菓子パンを毎日手作りしている。ミルテンベルク旧市街中心部にある本店と近郊の2店を経営しており、9代目として息子フェリックスさんも活躍中だ。

トーマス氏は、「キイワードは地域性です。原材料は主にこの地域の有機認定生産者から調達しており、私たちはすべてのサプライヤーを個人的に知っています。毎日焼きたての美味しいパンをひと口食べれば、その土地ならではの喜びがありますし、そうすることで共存も実現できます」と明かした。

パンマイスタートーマス・ヘンヒ氏(右)とフェリックス氏

アグロフォレストリー導入で有機農業を手がけるフレイ農場

ミルテンベルク旧市街から西へ車で約10分、ヘンヒパン店に有機小麦粉を提供している農家フレイを訪ねた。

同農家は1992年にこの農場を引き継いだ時に、有機農業を始めた。農場の面積は77ヘクタール、そのうち耕地が44ヘクタール、森林が9ヘクタール、残りは草地。農場は耕作と乳牛飼育・鶏卵の混合農場で、さらに2017年、耕作地や牧草地と樹木を組み合わせた耕作形態「アグロフォレストリーシステム」を導入した。

アグロフォレストリー導入のフレイ農場にて

気候変動の影響や世界中で森林が急激に失われていることで農家も大きな被害を受けている。そこで農業と林業・畜産業を同時に行うことで、基本的に農薬や肥料は不要となり、その結果土地の荒廃する心配もなくなるのがアグロフォレストリーだという。広大な農場を巡りながら、次世代へつなぐ農業のあり方を改めて考えた。

自家製肉やソーセージを提供するレストラン「ツア・ポスト」

 
旅の最後は、ミルテンベルク旧市街から車で10kmほど南下、アモールバッハへ。自家屠畜場で作られた肉やソーセージ、自家農場で作られたジャガイモ、自家果樹園のリンゴから作られたシードルなど、質の高い飲食品を提供するレストラン「ツア・ポスト」で昼食をとった。その前に、レストランオーナー5代目ツィムリッヒ氏の案内で仔牛やハーブ園などを見学した。その後、ツィムリッヒ夫妻と息子さんの手作り料理を味わった。

レストラン「ツア・ポスト」笑顔で出迎えてくれたツィムリッヒ夫妻と息子さん

自家製ハムの数々、アップルサイダーと共に

日本ではあまり知られていないクアフランケンには、魅力がいっぱい詰まっている。この地方のスローガンは「ゆっくり生きる」。この地域を何度も訪問しているが、また来たいと思う理由はゆっくり過ごすには素晴らしい場所だから、そして体験することで大きな発見がいつもあるからだろう。


取材協力:
クアフランケン観光局

Hotel Adler

聖キリアンウィスキー蒸溜所
 
ステングラージビエ

ワイナリーギーゲリッヒ

マイヤーパン店

ミルテンベルク・リ―ゼン
 
ラム・カンパニー
  
ファウスト・ビール醸造所
 
レストラン・クローネ
 
ヘンヒパン店

フライ農場
 
レストラン・ポスト 


All Photos by Noriko Spitznagel 

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員