「ネット・ゼロ・エネルギー」建築とは、自家発電で創出する電力と、建物内で消費する電力がイコールで、エネルギー消費が正味ゼロになる建造物のこと。日本では昨春、愛媛県にゼロエネルギーホテル「ITOMACHI HOTEL 0 (いとまちホテルゼロ)」が開業した。ニューヨーク市郊外には4つ星のゼロエネルギーホテル(ヒルトン系列)があり、ロンドンアムステルダムでもポップなデザインのゼロエネルギーホテルが好評を博している。最近開業したこうしたゼロエネルギーホテルは、どれも泊まってみたい雰囲気だ。

スイスの「クライス・ハウス」はコテージ風で、周囲の自然を楽しみながらゆっくりと過ごせるゼロエネルギーホテルだ。オープン・デーに足を運んでみた。

サステナビリティについて考える空間

チューリヒのシンボルともいえるチューリヒ湖沿いに、「シナジー・ヴィレッジ(相乗効果の村)」と名付けられた敷地が広がっている。敷地内は緑豊かで、湖までは歩いて7分ほど。森までも徒歩7分ほどで、ハイキングも楽しめる。築数百年の農家を改装した、ぬくもりが感じられるホテル(キッチン付き)と一軒家のクライス・ハウスは、この村内の宿泊施設だ。セミナーや結婚式などイベント用の建物もある。カフェもある。国外からのゲストも多いという。(敷地内には商店はない。食材の購入は付近の町でできる)

シナジー・ヴィレッジは、600年もの間、ビューラーという一家の農地だった。農園として使われなくなってから何十年も経ち、10年前に一家の若い世代のデヴィとエズラの2人が「自然に浸れる、持続可能な生活空間」をできるだけ多くの人たちに体験してもらおうと、建物を改修したり自然を整備して作り上げた。2人は組合という形でヴィレッジを運営している。

クライス・ハウスは2021年に建てられた。クライス(KREIS)は循環という意味で、この家では「気候変動に影響されず、資源効率に優れる(Klima und Ressourcen-Effizientes Suffizienz )」という意味も込められている。チューリヒ応用科学大学と協力しており、環境に優れた建築材や新技術をふんだんに使ったモデルハウスだ。ホテルとして活用して(実際に居住して)課題を改善し、将来的には同様の建築をスイスに広めようと考えているとのこと。多くのスポンサーから資金を調達し、クラウドファンディングでも資金を集めた。

実験的な家のため、外壁4面の素材やデザインは異なっている。各面から見ると、まるで4軒の家のよう。建築材は、再利用したり再資源化できるものばかり。家の下部に空間があることからわかるように、コンクリートを使用せず、ネジ式の基礎の上に建っている。

太陽光パネルの下に菜園~エネルギーはほぼ自給自足

クライス・ハウスで使う電力は屋根全面に取り付けた太陽光パネルで創り出す。1月と2月は日照時間が短いため発電量は不足するが、年間を通してみると消費電力をはるかに上回る電力を生産できており、実質的に“完全な自給自足”といえる。(クライス・ハウスは送電網に接続していて1月・2月は送電網からの電力を使う。夏の発電では余剰電力を送電網へ送っている)

太陽光パネルの下、2階は菜園のスペースだ。訪れた時は、トマト、キュウリ、カボチャ、メロン、スイカなどが育っていた。土は、家の建設時に出たもの。生ごみやトイレから出る排泄物は、畑の肥料として使われる。畑の水は、キッチンやシャワールーム、洗濯機からの廃水を建物内で浄化して使っている。

家具からトイレまで環境配慮

クライス・ハウスでは、「循環して暮らす」「エコロジカルに生きる」ことが至る箇所で可視化されている。木材ベースのハウスは玄関ドアを入ると、居間が広がる。ソファのエリアはベッドにもでき、テーブルを作ることもできる。収納スペースも多い。玄関ドアも窓も二重で、壁も分厚く、高い断熱性が実現されている。

2階の菜園とつながる階段も、収納ができるデザインにしてある。階段の段差に変化が付いているのは、体の動きに合わせて昇降しやすくするためだそう。隅には洗濯機が置かれている。

奥には、ベッドとダイニングキッチンがある。オーブンも付いたシステムキッチンは使いやすそう。レンジフードはなく、窓を開けて排気をし、排気は2階の窓から屋外へ出ていく仕組みだ。ダイニングの家具にはコルク製が選ばれていた。ダイニングキッチンの奥はトイレとシャワールームだ。水を節約するため、トイレは乾式。シャワールームの壁はリサイクルガラス製だ。トイレの窓際に、酢と石鹸と水を混ぜた液体が置いてあったが、エコロジカルな殺虫剤とのこと。食器洗剤やシャンプー類もナチュラル派を用意している。

水を再利用しているのも、クライス・ハウスの大きな特徴だ。貯めた雨水を浄化して、飲料用とシャワー用にしている。先ほど述べたように、キッチンなどからの排水は浄化して菜園で使うほか、洗濯機でも使えるように配管にしてある。

屋外には、トイレから集めた尿をためる白いタンクがあった(少量の洗浄酢が加えられている)。尿は半透明なカバーが付いた箱へ移し、そこで日光を当てて水分を蒸発させる。残った結晶のようなものを肥料として使う予定で、目下、実験中だという。

周囲の緑と水で、グランピング体験

  

シナジー・ヴィレッジは、喧騒から離れて優雅に過ごすための場所。屋外には椅子やソファがあり、洞窟や水辺、小川もある。バーベキューの場所も用意されている。写真を撮ったり読書したり、旅の同伴者と語らえば、自然のエネルギーを心と体の隅々まで通わせることができるだろう。

なおレセプションにはクライス・ハウスに使われている建築材が展示され、サステナブルを意識した生活の資料が置かれている。クライス・ハウスに宿泊した人(2021年と2022年)へのアンケート調査の結果を見ると、88%が「滞在は楽しかった」と感じ、満足度は10点満点中の8.5だった。回答者全員が「クライス・ハウスでの宿泊はおすすめ!」と評価した。

さらに興味深いのは、自分の生活を変え始めた人が多かったこと。宿泊直後に聞いたところ、「物を捨てずに修理して使う」「資源、水、エネルギーに配慮しながら使う(省エネなど)」「庭やバルコニーで栽培を始める」の3項目で50%前後の人がそうしたいと答えていた。数か月後に再調査したら、修理して使っている人は31%、省エネなどは68%、栽培を始めた人は 47%と、多くの人が実行に移していた。

国外の旅で、繁華街でショッピングしたり美術館を巡ったり、バーでナイトライフを楽しむのもよいが、こんなエコツーリズムの時間を取ってみるのも、ライフスタイルを見つめ直すよいきっかけになるかもしれない。


Synergy Village
 
チューリヒ中央駅からシナジー・ヴィレッジの最寄り駅までは、電車で30分。最寄り駅からヴィレッジまでは徒歩10分ほど。ヴィレッジ内は一般向けのイベント(ワークショップやガイドツアー、お祭り)が開催される時以外は、宿泊者や個人的なイベントでの利用者のみが使うことができます。

Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/