世界一幸福な国ともいわれたブータン

「世界一幸福な国」というのは、日本でもよく言われるブータンのイメージだ。最近は「幸福度」が低下したという情報も聞こえてくる一方、果たして人の幸せを測ることができるのかという疑問は残るのである。

たしかに幸福に関する一定の指標を質問にして国民から回答を得て、それを統計的に解釈すれば「その秤によれば」という条件付きで幸せかどうかの結果は数値として出る。そしてその結果を比較して各国をランキングすることも可能だ。しかしながら、その指標が人の幸福の全てを網羅するものであるとは限らない。それに、社会、民族、文化、経済などといった状況は各国で異なっているのだから、同じ質問に答えるベースがそれぞれ異なっているわけで、やはり国際的な比較というのもまた難しいだろう。

ブータンの「国民総幸福量(GNH)」は、自国民の幸せのために作られた方針であり、他国と幸福を比較するものではなかった。前の国王は「国民総幸福量(GNH)は国民総生産(GNP)よりも重要である」と言ったが、この言葉が独り歩きしてしまったのかもしれない。

そんなことを考えながら、乗っている飛行機はネパールのカトマンズを過ぎて、ブータンのパロ国際空港へ近づいてきた。(直行便がないブータンへは経由便で行かなければならない。)窓からは雪煙が舞うエベレストの頂上が見えた。隣に乗り合わせた女性はブータンでスパを経営しているそうで、「あなたは幸福ですか」と聞いてみると、「そうねぇ、時と場合によるかな」と話す。幸せとは、誰にとってもそんなものかもしれない。

今回はブータンの古都ともいわれるパロで毎年開催されるツェチェ祭りと、日本の味噌汁のように、ブータンの食事に必須と言われてきた唐辛子のチーズ煮「エマ・ダツィ」のレシピを紹介する。

ブータンの古都パロとパロ・ゾン

パロの街のほぼ全景がこの写真に収まっている。人口は15,000人ほど。ブータン全体の人口は約78万人。日本で言うと静岡県浜松市と同じくらいの人口が、九州ほどの大きさの国土に住んでいる。この写真を撮ったのが街の東にある「パロ・ゾン」だ。

パロ・ゾンの本来の名称は「リンプン・ゾン(Rinpung Dzong)」。「リンプン」は宝石の山、「ゾン」は城を意味なのだという。城へと続くカンチ・レバー橋は伝統的な建造法の屋根付きだ。パロ・ゾンは政治の場でもあり僧院でもある。ブータンで最も盛り上がるともいわれるパロのツェチェ祭りは、この城の奥にある広場で開催される。

パロのツェチェ祭り

石畳が敷かれた広場はテニスコート2面ほどの広さだろうか。向かって奥に4階建ての建物があり、祭りのクライマックスにはブータン建国の祖である「グル・リンポチェ」を描いた巨大な仏画「トンドル」がその壁いっぱいに掛けられて御開帳となる。

向かって左側には楽団や僧侶たちが広場を見下ろす建物があり、反対の右側には階段状の観客席がある。手前には芝生が広がって、こちらにも人々が座っている。

パロのツェチェは5日間にわたって開催される。この日は祭りの3日目。まずは民族衣装を着けた男性による演武があり、そのあとは民族舞踊と歌が奉納される。そして仮面をつけた僧侶による踊りが始まると、その迫力に圧倒された。

グル・リンポチェはチベット密教の開祖であり、ブータンにもやって来てそれを伝えた。8世紀後半のことだったという。ブータンの寺院にはその教えを説く仏像群や仏画が収められていることが多い。現地の人によれば、彼はブータンの人たちにとってはヒーローなのだそうだ。

パロ・ゾンの庭に行ってみると、若い修行僧を訪ねてきた家族たちが茶を飲んでいた。

パロの民家の台所を訪ねる

パロの街からすぐの農家を訪れて台所を見せてもらった。ブータンでは国民の約6割が農業に従事しているそうだ。畑に囲まれた伝統的な農家は3階建てものが多く、1階には家畜を、2階で生活し、3階には仏間があるのだそうだ。居間には国王夫妻の写真が飾れていた。台所はシンプルながら清潔で使いやすそうだ。炊飯器や電子レンジもある。

ブータンの食事で日常的に食卓に登場するのが「エマ・ダツィ」だ。唐辛子「エマ」をチーズ「ダツィ」をと共に煮たものだ。これがかなり辛い。辛いながらもコクがあって食欲をそそる。そのほかに「ケワ・ダツィ」は唐辛子の代わりにじゃがいもの使ったもの、「コピ・ダツィ」はカリフラワーを、「シャモ・ダツィ」はきのこを具にする。「パクシャパ」は干した豚肉を大根と似たもの。鶏肉と春雨を煮た「シャダフィン」などもある。訪れた家の方は、この日は祭りなので鶏肉を食べるのだと言っていた。

ところで、ブータン料理は唐辛子を使うことが多いので辛い料理が多い。そのせいか「世界一辛い料理」とも言われている。気になっていたので子供でも辛い料理を食べるのかと尋ねてみると、「大人の辛い料理は8歳位からかな」とのこと。日本人だって子供の寿司はさび抜きにするのだからそれはそうなのだった。

唐辛子とチーズのスープ「エマ・ダツィ」のレシピ

夏が近づくと、日本でも生の唐辛子が手に入るようになる。その爽やかな辛さをマイルドに包んでくれるのがカッテージチーズだ。調味料は塩だけ。トマトの旨味、新鮮なパクチーの香りがこの料理の味付けの決め手だ。

材料:

・生唐辛子 200g
・玉ねぎ(小) 1個 薄切り
・植物油 小さじ2
・トマト(中) 2個 薄切り
・にんにく 4かけ
・カッテージチーズ 200g
・パクチー 1カップ
・水 300ml
・塩 小さじ1/2

作り方:

1. 生の唐辛子は枝の部分をとって、縦に4つに切る。辛いのが得意でなければ、中の種と白い綿の部分を取り除くとよい。

2. 玉ねぎと水と共に鍋に入れ、植物油を加えて沸騰したら10分ほど煮る。

3. トマトとにんにくを入れて再沸騰させて2分煮る。

4. チーズを加えて更に2,3分煮たら、火を止めてパクチーを入れてふたをして2分おく。

今回は、ブータンの主食の一つである赤米を干し松茸と共に炊いたものといただいた。種とワタを抜いたので辛さはマイルド。シンプルなおいしさがたまらない。食べると、ブータンで感じた幸せな時間がよみがえってきた。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/