パリ市のグリーン化が、市民の生活に変化をもたらした。パリ市は植樹を増やしたり自転車専用道路を新設するなど、都市を緑化する政策を実施している。その一環で屋上農園も市が推進し、郵便局の屋上歌劇場オペラ・バスティーユの屋上などでは野菜や花が育つ。数年前には見本市会場の屋上に「ナチュール・ユーベンヌ」という水耕栽培・空中栽培の農園が完成し、ヨーロッパ最大の規模だと話題を呼んでいる。

屋上だけでなく、空き地などを農園化する許可が出るようになったことから、市民同士によるコミュニティ農園(1区画ずつ個人に貸し出す市民農園ではなく、複数の人たちで共同作業する)も増えている。

ナチュール・ユーベンヌを含め、屋上農園の一部では一般の人が有料で訪問体験ができるが、普段は見学日を設けていない、あるコミュニティ農園で実際の様子を見せてもらった。

屋上は、野菜や花のパラダイス

最寄りのメトロ駅から歩いて数分、パリ5区(区民数は約5万8千人)の住宅街の一角に、5区の住民たちのための畑がある。5区で最初のコミュニティ農園だ。周囲の建築物と比べて低いながらも建物の上にあり、グリーンに満ちたスペースが広がっていることは道路からはよく見えない。

土も水もなかったこの屋上は、5区の住人だったジュリアン・シャムルワさんがイニシアティブを取り、農園に生まれ変わった。区に申請してから数年かかり、2017年に開園した。市が全面出資しており、場所代や水道代を払う必要はなく、必要なものは市からの予算で購入している。ジュリアンさんは以前、4区のコミュニティ農園に5年間参加していた。

歌劇場の屋上農園やナチュール・ユーベンヌでの収穫は直販売したりオンラインで売ったり、レストランに卸したりと商業ルートに組み込まれている。一方、5区の農園の収穫は、年会費を払っている会員たちで分け合う。栽培する野菜や果物は実に様々で、ズッキーニ、赤や黒のトマト、タマネギ、キュウリ、レタス、ソラマメ、アーティチョーク、カボチャ、イチゴ、木イチゴ、ハーブ類(セージ、ローズマリー、バジルなど)など。ソルガムやコーンといった穀類も育てる。花も植わっていて、蜜蜂もやってくる。現在、会員は50名。6つのグループに分かれ、グループごとの区画で栽培する。何を作るかは毎年各グループで決めている。

作物は無造作に並んでいるが、それが持ち味となって、とても居心地がいい。訪問時、出入口を開放していたために犬の散歩をしていた人がふらりと入ってきて、「素晴らしい!」と声を上げていた。

大量の堆肥を使って、有機栽培

畑の土にはミミズが多いという。それはいわゆる“いい土”という証拠であり、その秘密は木製コンポストだ。園内に6台、歩道脇に3台が置かれている。年間を通して、会員や住民が家から植物系の生ごみ(野菜や果物、茶葉やコーヒーかす、紙製パッケージなど)を持ってきて、これらの木箱に入れている。肉や魚などの動物性の生ごみは臭いが発生するため入れない。ここでの栽培は堆肥がとても大切。手入れをして作り上げた大量の堆肥を使う。

ちなみにコンポストは最初の3台はジュリアンさんが申請したが、残りの6台は区役所側から「提供しましょう」と言ってくれた。ジュリアンさんたちが熱心に活動する様子に、区役所側ももっと支援しようと動いてくれたのだった。

ジュリアンさんたちが実践しているのは、有機農法だ。化学肥料は使わず、農薬も使用しない。アブラムシなどの害虫には唐辛子を漬けた水や、フランスで愛用されているオリーブをベースに作ったサボンノワール(黒石鹸)という植物性洗剤をふきかけるそうだ。キャベツの葉など、何もしないと鳥がたくさんやってきて食べてしまう時期には、畑に網を張るという。

写真は、堆肥を土に混ぜて大豆を植えている様子で、最後に畑を藁で覆うのは湿度を保つため。こうした工夫や栽培上の諸問題の解決は、他のグループと相談し合っている。

農園は人と人をつなげ、コミュニケーションを広げる場所

5区のコミュニティ農園には、日本人の会員が1人いる。パリに住んで今年で9年目という昌子さんだ。パリでの生活にはすっかり慣れ、異国の都会の日常を楽しんでいる。農園に参加した理由は、土にふれる時間を生活の一部にしてみたかったため。そして、同じ地区に住む人たちと交流を深めたかったため。

昌子さん

昌子さんは農作業の知識や経験はあまりなかったが、農園の活動(基本的に週1回集まる)を通じていろいろと学んでいる。「1日中画面を見ているような仕事に就いているので、雨の時もありますが、週に1度、太陽の下で土に触ると心が落ち着きます」とのことだ。

昌子さんは、チャットや畑の作業でグループメンバーと交流するほか、他の会員にも会う。夏季に毎月1回、各グループが順番で企画したイベントが農園で開催されるのだ。「ブランチやミニコンサートなど内容は何でもいいんです。楽しくて、私はほぼ毎回このイベントに参加しています。農園のメンバーは30~70代で、いろんな話を聞くことが刺激になりますね。グループメンバーは毎年入れ替わるので、親しくなる人の数が増え、それも楽しみです」と昌子さん。昨春設置した温室の回りがイベントスペースになっているそうだ。

会員以外の人ともつながっている。農園の近くには高齢者施設があり、農作業をしていると、入居者たちが様子を見に来たり会員に話しかけてきたりすることがよくある。 

左から2番目(青いTシャツ姿)が、農園のリーダーのジュリアン・シャムルワさん

自然が恋しいパリの人々~農園は大人気

5区のコミュニティ農園は、初めの頃、会員数が60名以上に達したという。試験的にこの人数にしてみたが、多過ぎて、1人1人の活動があまり充実しないとわかり、ジュリアンさんは50名にしようと決めた。今も、時にはウェイティングリストを作るといい、パリの住民たちが農作業と仲間とのコミュニケーションを熱望していることがうかがえる。

ジュリアンさんは、将来、会員たちが5区に新しいコミュニティ農園をどんどん作っていき、農園同士が連携していけたらと願っている。ジュリアンさん自身も、5区で別のコミュニティ農園の開園を進めている。区役所からの許可はすでに得ており、「今は、どういう形でこのガーデンをデザインしようかという段階です。30㎡ほどのとても小さな面積で、たぶん15~20人の会員数になるかなと予想しています。とても楽しみにしています」と教えてくれた。

コミュニティ農園がさらに増えれば、都市のグリーン化とともに人々の絆が深まり、「パリが誰にとっても暮らしやすい空間」になることだろう。

都市農園はパーマカルチャーの1要素

パリで盛り上がりを見せている都市農園は、1970年代にオーストラリアで生まれた「パーマカルチャー」という考え方と密接につながっている。

パーマカルチャー(永続的な文化・社会の行動様式)をひと言で表せば、自然のサイクルに負担をかけずに、人間も生態系の一部として安定した衣食住を発展させていく“プロセス”だ。①地球に配慮する、②人々に配慮する、③消費を抑えて余剰物を共有する、という3つの柱から具体的な行動に移していく。

パーマカルチャーは、サステナブルな活動と重なる点がたくさんある。人間が自然と共生する取り組み方は様々だが、パーマカルチャーは、元々パーマネント・アグリカルチャー(永続的な農業)を意味していたことから「畑仕事」が実践されることが多い。

ヨーロッパでもパーマカルチャーの考え方や実践は広まっているが、パーマカルチャーを意識している人は多くはない。昌子さんもほかの会員たちとパーマカルチャーについて詳しく話し合うことはないそうだ。パリ市が農園を増やすことをサポートしたり、2017年からパーマカルチャーについて学べるコースを開催(パリ市立園芸専門校エコール・デュ・ブルイユ)しているのは、市民がパーマカルチャーについてまだ詳しく知らなくても、農作業をきっかけに「自然と暮らすパリ」を作ろうという意気込みの反映だろう。

市という大きな共同体において、自然との距離をもっと縮め、自然に寄り添うライフスタイルへの移行を真剣に考える時が来ている。5区のコミュニティ農園を見て、そんな思いがこみ上げた。


パリ5区 初のコミュニティ農園 フェイスブック

パーマカルチャーの概要や、日本でパーマカルチャーにそった生活が体験できる場所などの情報

パーマカルチャーの畑仕事以外の取り組み:パリの美術館

パリのコンテンポラリー・アート美術館パレ・ド・トーキョーは、パーマカルチャーの考え方を取り入れて美術館全体を変えようとしている。
美術館を“土壌・畑”と見なし、展覧会や講演、出版物などの美術館の活動を”知的な堆肥”と考え、人々と共有するという姿勢だ。たとえば昨年は、館内に環境に優しい素材を使った新しいスペース「le hamo」が登場した。ここはメンタルヘルスを重視したメディテーションのスペース。認知障害者や精神障害者にとくに配慮しつつ、障がいの有無や性別などに関係なく社会のすべての人たちがアートや創作を楽しめるように設計した。
自然と直接結びつかなくても、パーマカルチャーの実践を行うことも可能という例だ。

Photos by Masako in Paris & Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/