スイスは国中至る所に、四季折々の自然にたっぷりと浸れるハイキングコースがある。難易度の低いコースも豊富で、あらゆる人を幻想的な大自然の世界に誘う。この国の老若男女がハイキング好きなのも当然なのだろう。

森の中や湖沿いを歩くのは心が洗われる。山々を眺めながらの散歩は、はてしなく広がっている空を泳いでいるような感覚が味わえて一際心地いい。氷河を見ながらのハイキングも、日常ではあり得ないディープな体験だ。

スイスで氷河を見られる場所はいろいろあるが、最も大きいアレッチ氷河は、山あいを大河のように覆っていて思わず息をのむ。気候変動の影響を受けて溶解が進んでいるとはいえ、現在でもその長さは20km、厚さは最大800mある。このアレッチ氷河に沿ったハイキングコースはいくつかあり、魅力的な穴場を探している国外観光客も訪れる。歩きやすいコースと周辺の見所を紹介しよう。

展望台の様子

氷河の偉大さを体感

アレッチ氷河は、同じように山間を覆う3つの氷河が合流して南側へ流れた部分だ。ハイキングなしで、アレッチ氷河を間近で見たいなら、氷河展望台へ行こう。異なる高さの展望台が4つある。1つの氷河を、違う方向から眺められるようにしてあり、なんとも贅沢だ。

エッギスホルン展望台からの眺め Rundweg-Eggishorn-Aletsch-Arena ©aletscharena.ch|Chantal Stucky

1番高い「エッギスホルン展望台」は2869m。この展望台からだと、3つの氷河がアレッチ氷河に合流している箇所も視界に入る。

ベットマーホルン展望台からの眺め

次は、少し南下したアレッチ氷河の中央部辺りにある「ベットマーホルン展望台」(2647m)。ここでは氷河と3千mを越える山々との絶景が迫ってくる。氷河との距離が近いこれら2つの展望台では冷気が体を包み、巨大な氷塊の威力を実感する。

高山の森アレッチヴァルトの区域からの眺め

残りの2つは、氷河の末端部分にある「モースフルー展望台」(2333m)と「ホーフルー展望台」(2227m)。この2つは高山の森アレッチヴァルトの区域にあり、草木と氷河が織りなす景色が1枚のアートのようだ。どの展望台からの風景も飽きない。

各展望台へ行くには、標高2千m前後の3つの村からロープウェイやゴンドラリフトを使う。1番高いエッギスホルン展望台へはフィーシャーアルプ村から、ベットマーホルン展望台へはベットマーアルプ村から。そして、氷河末端部の2つの展望台はリーダーアルプ村とつながっている。この3つの集落へは、鉄道駅を降り、ロープウェイで上っていく。

築数百年の古い礼拝堂や山小屋も必見

ベットマーアルプとリーダーアルプの2つの集落では、ぜひ散策の時間を取ってほしい。両方とも人口450人ほどの静かな村だ。

ベットマーアルプ村では、1697 年に建てられた礼拝堂に行こう。その背後の空にはスイスのシンボル的な山、マッターホルン山頂もはっきりととらえることができる。約6ヘクタールという村の湖の周囲を歩くのも爽快だ。愛らしい木製の家々を見比べてみるのも楽しい。

リーダーアルプ村では、博物館になっている山小屋「アルプムゼウム」に行ってみよう。400年以上前に建てられたこの山小屋には農具や日用品、写真が所狭しと置いてあり、子沢山の家族がここに実際に住んでいた様子や、高山に暮らしていた昔の人たちの日常をうかがい知ることができる。手作りのバターやチーズを作る様子も披露している。

氷河を見ながら、およそ3時間歩く

アレッチ氷河に沿ったハイキングコースは、先述の、氷河の末端部分のアレッチヴァルトを歩く約7㎞のルート(標準所用時間2時間40分)がおすすめだ。この森には希少な動植物が生息していて、自然保護地区になっている。このコースから眺める氷河や山や岩の表情は、緑をベースにした植物の種々の色が加わることで次々に変化し、刺激に満ちる。上り下りは少なめで、適切な靴さえあれば安心だ(もし不安があればトレッキングポールを持っていくといい)。

出発点は山小屋博物館があるリーダーアルプ村。ケーブルカーでモースフルー展望台まで行き、そこから氷河に沿うように走る小道を歩き始める。

景色を存分に楽しみながら40~50分進むと、ホーフルー展望台が見えてくる。そこからさらに40~50分歩くと、突如、屋敷が現れる。ロンドンの銀行家カッセル氏が120年以上前に建てた邸宅だ。

おとぎ話に出てくるようなこの洋館「ヴィラ・カッセル」は、心の病を患った氏が豊かな自然の中で休養するために作った。その後、長い間ホテルとして使われていたが、現在は「アレッチ自然保護センター」として開放されており、誰でも入館できる。別荘の歴史的な説明に加え、アレッチ氷河一帯の自然についての資料は一見の価値がある。食事もできる。この後は、最後の40~50分を歩くとリーダーアルプ村に到着する。

シンプルで、おいしい料理

スイスのハイキングでは食事も期待できる。スイスはレストランのレベルが高めで、高い山にあるレストランでも“いい味”に出合える。今回の氷河ハイキングでは、ジャガイモを使ったスイスの郷土料理を堪能した。アレッチ氷河周辺の地方で生まれた野菜パイ(具は長ネギ、玉ネギ、リンゴ、ジャガイモ、チーズ)も、スイス発祥の人気のレシュティ(ジャガイモのロースト。このレストランではチーズとルッコラをのせてあった)も、シンプルながら、おいしかった。 

壮大な、光り輝く天然の自然があふれるスイス。アレッチ氷河も「いつか訪れてみたい、世界の絶景」といっても、決して言い過ぎではないだろう。肉眼で見た貴重な自然の姿は、たくさん撮った写真よりも、強く心に焼き付いた。


取材協力:
スイス政府観光局 
ヴァレー・プロモーション

Photos by Satomi Iwasawa(一部提供)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/