ドイツの冬の定番食品と言えば、ビタミンCをたっぷり含むザワークラウトを思い浮かべるだろう。だが近年、スーパーフードや青汁の原料にもなっているケールも寒い時期によく食され、注目を集めている。ケールは、ほうれん草よりも多くの栄養素を含有し、髪や肌、骨を健康にするだけでなく、糖尿病、がん、血圧、喘息のリスクも減らしてくれるそうだ。今回は、ケールの首都と称される北ドイツのオルデンブルクを訪ねた。

ケールの首都オルデンブルク

オルデンブルク(Oldenburg)は、ブレーメンから西へ約45㎞に位置する、ニーダーザクセン州の代表的な街。市街地はハーレン川からフンテ川の河口にあり、街の北東部には湿地帯もあり豊かな水に囲まれている。州都ハノーファー、ブラウンシュヴァイクに次ぐ第三規模のオルデンブルクの歴史は、考古学的な発掘調査によると紀元7~8世紀にはじまったそうだ。 

川の河口にあるオルデンブルク景観

あまり知られていないと思うが、オルデンブルクはドイツで最初の歩行者天国を導入し、1967年から旧市街では全面的に自動車乗り入れ禁止となっている。

今回、オルデンブルクを訪問して、この街がケール(Grünkohl)の首都と呼ばれていることを知った。ビールやチョコレート、お茶にジンなどあらゆるバリエーションでケールが使われていると聞き、約2時間歩きながら巡るケールツアーに参加した。

ケールと言えば、冬の定番料理「ピンケルとケール(Pinken mit Grünkohl)」を聞いたことがあるかもしれない。ピンケルソーセージとラードなどで煮込んだケールを一緒に食べる、冬に栄養を蓄えるために作られる北ドイツならではの伝統料理だ。ピンケルは、ベーコン、大麦、カラスムギ、牛の油、ラード、玉ねぎにスパイスを腸詰した料理で、北ドイツ限定で冬場にしか食べられない。

北ドイツならではの料理ピンケルとケール

ケールビール「グリューナーアントン」

「ケールとピンケル」は、どちらも油っぽいのでさっぱりしたのどごしの良いビールがぴったり合う。オルデンブルクで醸造された「ケールを飲む」というキャッチフレーズのビール「グリューナーアントン」を味わった。

ケールビールを発明したのは、オルデンブルガー・オルス醸造所のヨゼフ・ヘルツォーク醸造マイスター。味は香ばしく酸味があり、ケールのほのかな芳香がする。ケールビールは、ケールそのものの味も生産された年により違うため、毎年味が微妙に異なるそうだ。  

グリューナーアントン

ちなみにケールビールは毎年11月初旬にオルデンブルク市庁舎前広場で開催されるケール季節の始まりを祝うキックオフイベント「ハロー・ケール(Hallo Grünkohl)」で初荷された出来立てを飲むことができる。

市庁舎

このイベントの他、ケールビールは同醸造所経営のレストランでも提供されているが、一度しか醸造しないため在庫がなくなれば飲むことができない。観光中、目にしたら是非飲んでみたい。

ちなみにビール名は17世紀、オルデンブルクとデルメンホルストを60年間にわたり統治したオルデンブルク家のアントン・ギュンター伯爵に由来し、「グリュ―ナーアントン」とした。彼の旧居城は現在、オルデンブルク州立美術・文化史博物館として公開されている。 

アントン・ギュンター伯爵旧居城

甘味を押さえた絶品ケールチョコレート

パティシエのクリスティアン・クリンガー氏の発明したケールチョコレートは、チョコレートのなかにケールが層になって入っている。この地方産の小麦粉、ピンクペッパーを用い、3種類提供している。ケールの味はあまり感じられなかったものの、甘みを抑えた味が後を引く美味しさだ。 

ケール入りチョコ

かつて旧宮内庁御用達のコンディトライとして名を馳せたカフェ・クリンガーはすでに閉店している。だがチョコは今もオルデンブルクツーリストインフォで販売されているので味わってみたい。

ケール入り緑茶

お茶とコーヒーの専門店「ネルカー&ネルカー」では、中国の煎茶をベースにしたケール茶を味わった。ひと口飲んでみると、ケールの風味は決して前面に出ていないが、優しい味だった。欧州でもこのところ大人気の緑茶は、専門店で販売されているが、珍しいケール入りのお茶もお土産に喜ばれるに違いない。 

ケールジン 「アルテ・ブルク」

ケールジン「アルテ・ブルク」を開発したのは2人の友人、ファビアン・シュワルツ氏とパスカル・タウテンハーン氏。このジンは、ケール、オレンジ、ブルーベリーが風味豊かなスピリッツを生み出している。ケールジンをベースにしたカクテルを早速いただいた。風味はピリッとしていて、ケールはほのかな苦みだけで、ぐいぐいとグラスが進みそうな味だった。  

ケール入りアルテ・ブルクジン

アルテ・ブルクジンの販売店「ブッテルユングス」には数え切れないほどのボトルが陳列されている。開店当時はわずか2本のジンを提供するのみだったが、現在店内には200本以上のジンが所狭しと並んでいる。

デリカテッセン店「バストヴォステ」

 
オリーブのブレンド、羊、牛、山羊のチーズを使ったチーズクリーム、ニンニク、フレッシュハーブ、唐辛子で味付けしたもの、定番のアンティパストなどを直売店と周辺のウィークリーマーケット18カ所で販売するデリカテッセン店バストヴォステを訪ねた。

同店のこだわりは、個人的に知っている生産者の産物を用い、デリカテッセンを販売していることだ。ケールジン、ケールヴィネガー、オイルなど試食したところ、どれもほんのり優しいケールの味。お土産には瓶入りのケールチャツネやバルザミコ酢など品ぞろえも豊富だ。 

寒くなると美味しさを増すケール

ケールは冬に新鮮なまま収穫できる数少ない野菜のひとつとして、北ドイツでは常に重要な役割を果たしてきた。ケールの旬は、11月から3月上旬と言われる。

一般的に霜が降りるとケールを食べる季節がやってきたといわれているが、寒くなると植物の代謝が落ち、糖分が蓄積され、苦みが分解されるので、霜が降りる時期でなくても6~7度でも機能するようだ。

長い間、このプロセスは摂氏0度以下でしか行われないと考えられてきた。しかし、「ケール博士」と呼ばれるクリストフ・ハーン氏は、そうではないことを突き詰めた。

彼はオルデンブルク大学で学士号から博士論文に至るまでこの葉野菜を研究し、「ケールにはレモンの約2倍のビタミンCが含まれている。また、眼病を予防するといわれるカロテノイドや、ガン予防効果があるといわれるマスタードオイルも豊富に含まれている。さらに、ビタミンとミネラルを非常にバランスよく含み、苦味が少なく、外敵や干ばつに強い新品種も育成した」と、報告している。

ケールの法王に会う

オルデンブルクから西へ約70㎞、ラウダーフェーン(Rhauderfehn)に立ち寄って、長い間、この地方におけるケールの法王と言われるラインハルト・リューリング氏にお話を聞いた。 

ケールの法王ラインハルト・リュ―リング氏

現在世界的に食料供給を可能にし、確保する種子の種類は減少している。高収益のある農業に利用できるものだけが大量に販売されている。その結果、多くの品種や種が徐々に市場から姿を消しつつある。これは風味の多様性を大きく失うだけでなく、世界的に食料確保を難しくしている。なぜなら、消滅した品種は回復不可能だから。 

リュ―リング氏の庭はあらゆるケールが育っている

20年以上も古い品種の保存を精力的に行っている同氏は、安定した種子系統を得るには10年から15年かかると語る。彼が種の収集に情熱を傾ける目的は、生きた植物とそれにまつわる知識を保存することだという。

今ではほとんど姿を消した「オストフリース・パルメ」、装飾的な茶色いキャベツ「ローテ・パルメ」、ケールと芽キャベツの新しい交配種「フラワースプラウト」など多くの情報を農家の庭で実際に手に取り、匂いを嗅ぎ、味わいを学んだ。

リュ―リング氏は、「ケールは脂っこい食品と一緒に食べたり、長時間煮込んだりするだけではなく、青野菜として多用途に使ってもらいたい」という。同氏のお薦めはケールサラダや、ひと口大に切ったカボチャやパプリカと一緒にケールを数枚入れて調理したものは格別な美味しさだと説明してくれた。

アマランド地方の真珠「バード・ツヴィッシェンアーン湖」へ

  

オルデンブルクから東へ約20キロ、ブレーメンとオルデンブルクの中ほどに位置する街バート・ツヴィッシェンアーン(Bad Zwischenahn)へ向かった。当アマランド地方は良好な気候条件、風光明媚な環境、幅広い文化・レジャー活動により、人々が単に生活を楽しむ場所となっている。

ツヴィッシェンアーン湖は海と呼ばれているのが面白い。ドイツ語起源辞典によると、海という言葉は沼地や水域を意味する言葉に遡り、主に北ドイツ地方で内陸の海を指す言葉として使われていた。いずれにせよ、この街のハイライトはこの湖の周辺の散策、サイクリングをはじめ、海水浴場やセーリング、サーフィンなどウォータースポーツエリアとしても人々に愛されている点だ。そしてツヴィッシェンアーン湖は「アマランド地方の真珠」と称されるほど美しい自然景観の中にある。

ツヴィッシェンアーン湖に面した旧保養ハウス

ここでは家族経営の精肉店の手がけるアマランド産シュピーカーシンケンハムの製造工程を見学した。精肉マイスターのへニング・マイヤーユルゲンス氏がシンケンづくりをする工程を説明してくれた。シュピーカーシンケンハムは少なくとも9ヶ月間熟成させ、燻製と長い時間をかけて作り上げる。

精肉店から離れた家屋でシンケンハムの燻製の様子を見学しながらシュピーカーシンケンを味わった。日本でよく知られる黒い森地方のシンケンより塩分が少なく、食べやすいのが特徴だ。

薄切りのシンケンはおつまみとしてもたまらない味

今回の旅の終わりには、地元のウナギの燻製工房を訪れた。1876年の創業以来、ブルンス社は品質と職人技にこだわり、ウナギの燻製を続けている。現在では、ウナギの生息数の保護と持続可能なウナギ消費にも取り組んでいるそうだ。 

オルデンブルクは、音楽隊で有名なブレーメンから電車に乗って約30分と日帰り旅行も可能だ。スーパーフード「ケール」三昧の一日を過ごすのもまたひと味違った旅の思い出になるだろう。


取材協力
Tourismusmarketing Niedersachsen GmbH
Oldenburg Tourismus und Marketing GmbH   
Bad Zwischenahner Touristik

All Photos by Noriko Spitznagel 

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員