ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州の中央に位置する大学都市テュービンゲンは、活気ある都会的な雰囲気と、シュヴァーベン地方アルプスの大自然に抱かれた美しい街。ネッカー川沿いに連なるカラフルな木組みの家並みや石畳の入り込んだ旧市街など、メルヘンチックな景観は、中世そのままの佇まい。
12月のドイツといえば、話題の中心は各地で開催されるクリスマスマーケット。一方、テュービンゲンのハイライトといえば、チョコレートフェスティバル「ChocolART」(以下チョコラート)。 旧市街のマルクト広場周辺は、ドイツ国内最大規模のチョコの祭典会場となり、甘い香りに包まれる。
フェアトレードチョコメーカー100店が集合
シュツットガルト駅から南へ約30km、電車に1時間程乗るとテュービンゲン駅に到着。まずホテルに荷物を置いて、早速チョコのスタンドが立ちならぶ旧市街へ向かった。
チョコラートは、一般客を対象としたドイツ最大のチョコレートフェスティバルで、ドイツ、スイス、オーストリア、ベルギー、フランス、イタリア、アフリカやエクアドル、ペルーなど世界12か国約100店のトップショコラティエが集まる。美味しい手作りのオーガニック高級チョコレートを幅広く紹介・販売し、チョコレート講座やチョコをテーマとした様々なプログラムも開催される。
ドイツ各地で催されているクリスマスマーケットが話題の中心となる12月に、なぜテュービンゲンではチョコレートの祭典なのか?その背景を知るため、チョコラート運営責任者ハンスペーター・シュワルツ氏にお話を伺った。
「テュービンゲンのクリスマスマーケットは、例年12月に2〜3日ほど開催されます。そのため12月のアトラクションとして集客できるイベントはないか?と試行錯誤して始まったのがチョコラートです。なぜチョコレートなのかと言えば、テュービンゲンの姉妹都市であるイタリアのペルージャがチョコレートの祭典『ユーロチョコレート』の開催地として知られています。それにヒントを得て、チョコラートは誕生しました。チョコレートはドイツ人の大好きなスイーツで、食べるのもよし、ホットチョコやチョコゼクト、チョコワインとして飲むのもよし、プレゼントにも最適といいことずくめです」
「16回目を迎えたチョコラート2023年は12月5日から10日まで開催。6日間の期間中に25万人~30万人の客が訪れます。大切にしている点はチョコレートがフェアトレード品であること」(シュワルツ氏)
2006年に始まったチョコラートは年々規模が大きくなり、12月のテュービンゲンになくてはならないドイツ国内最大のチョコの祭典として知られるようになった。
またシュワルツ氏はイベント運営支援の他、マルクト広場に面した一角に地域の特産品やフェアトレード商品を販売するお土産店とカフェスタンド「シルバーブルク」を経営している。
「私たちにとって、ショコラートの成功以上に重要なことは、チョコレートの豊かな文化を守ることです。そのために、私たちは明確な良心に基づいた公正なチョコレートのための数多くの取り組みに参加し、チョコレート製造に関する教育プログラムを推進し、カカオ産業のエコロジカルで健全な未来に貢献することを目標としています」と、シュワルツ氏は教えてくれた。
ちなみにドイツ人は年間一人当たり約10㎏のチョコレートを消費するそうだ。そしてドイツのスーパーマーケットの棚に並ぶ板チョコのカカオ豆は、7割が西アフリカ産。だが、ラテンアメリカはカカオ大陸と呼ばれるほど上質な風味のカカオの産地だという。なかでもエクアドルの火山性土壌は、ダークチョコレートを作るのに最適な産地だ。
南米エクラドル・アマゾン地域のキチュワ族850世帯を支援
「ラテンアメリカの色彩」をテーマとするチョコラート。シュワルツ氏の店でも2017年より販売し始めたテュービンゲンのシテイチョコとして話題のカラリ(Kallari)のダークチョコは、「カカオ栽培から商品まで」をモットーにエクアドルで生産されているフェアトレード商品のひとつだ。
テュービンゲンは、このシティチョコプロジェクトを通してエクアドルのアマゾン地域ナポ州850世帯のキチュワ族が加盟する小規模農家協同組合「カラリ」を支援するようになった。
ドイツでは、Kallari-Futuro GmbH(以下KFG)が市場を開拓し、アドバイスを提供、カラリ協同組合のフェアトレード有機カカオ豆とチョコレート、バニラや紅茶の販売を一貫して手がけている。
そこで紹介していただいたのが、KFG代表取締役で共同設立者のラケル・カヤパさん。エクアドルのアマゾン地域で育ったラケルさんはテュービンゲン近郊の街ロッテンブルクの林業大学(Hochschule für Forstwirtschaft Rottenburg)で森林学を学んだ。その後、エクアドルとペルーのカカオ豆農家の支援とアドバイスを行う開発プロジェクトに携わってきた。
チョコラートでも出店しているラケルさんを訪ねると、彼女はチョコへの情熱をこう語った。
「子供の頃からチョコレートが大好きで、お小遣いのほとんどをチョコにつぎ込んでいました。1990年代の終わりにドイツに来たとき、スーパーで買えるさまざまなフレーバーにすっかり魅了され、何でも試してみました。今はカカオの味が本当に感じられるダークチョコレートが大好きです」
「カラリ」は南米エクアドル・ナポ州の男性、女性職人、農民、起業家の歴史、始まりを意味するキチュワ語。キチュワ族のコミュニティは、社会的、経済的、文化的、環境的価値としてスマック・カウサイ(よく生きる)を掲げ、先祖伝来の生産習慣を回復することを目指している。
さらにカラリは、キチュワ語で「ジャングル」を意味するカラリラインの板チョコ「サチャ」も生産し始めた。2018年にはドイツとエクアドルの資金協力を得て、ナポ州チャクラで栽培されるバニラの生産とマーケティングを通じた森林とキチュワ族の伝統の保護プロジェクトにより、オーガニックバニラの生産も実現することができた。
「単なるフェアトレードの板チョコではなく、ナポ州の850家族、2500人以上の受益者の物語なのです」と、ラケルさんは笑顔で教えてくれた。
幻想的なライトアップで旧市街が夢の世界に
建物のライトアップは、今やチョコラートになくてはならない存在と太鼓判を押す前出のシュワルツ氏。旧市街のファサードは幻想的な雰囲気に包まれ、人々はその中に身を置くことを楽しみ、夢を見る。いつもよく見ている建物や場所が唯一無二のシティアートに変わることを毎年楽しみにしている人が続々と集まり、マルクト広場は身動きできないほど混雑する。
そのライトアップを担当するダニエル・リーヴァルド氏は、かつてマックス・プランク生物学研究所で学生助手として働きながら博士論文を書いていた。一方で学生時代からの趣味が高じて改造好きだった彼は、蚤の市を探し回り、徐々にさまざまなプロジェクターのコレクションを増やしていったそうだ。
その後、研究者ではなく、照明アーティストとして、妻ニーナさんと一緒にライトワーク(Leicht Werke)社を立ちあげた。息子誕生の2002年には納屋と工房のある古い家を購入し、何年もかけて増築と改築を行った。ダニエルさんとニーナさんは、自然や旅からインスピレーションを得て、コンピューターでイメージを製作し、モチーフの多くを自身の手で描いている。
ライトアップについてダニエルさんは「建物はスクリーンとして機能するだけではなく、見る人同士をつなぐインタラクティブな交流があるのです」と、言う。
持続可能性や電気代の高さを懸念する声もあるが「照明設備には約7000ワットが必要で、これは大きなピザ窯と同じくらいです。多くの人々に喜びをもたらすことを考えれば、正当化できるのでは」と、彼は考えている。また、古いプロジェクターに新しい命を与え、持続可能性に貢献している。
照明アーティストは単に美しい色彩の背景に興味があるだけでなく、建物から夢にも思わなかった可能性を引き出すような光、色、形の独自の世界に観客を誘う夢を提供する存在だと今回思った。
ダニエルさんは今、母の故郷フィンランドで開催される国際的な「ルックス・ヘルシンキ・フェスティバル・オブ・ライツ」に 参加したいと考えている。
次は夏のテュ―ビンゲン観光へ
今回のテュービンゲン訪問は、チョコラートの主会場である旧市街の様子を実際に体感したいという思いからだった。フェアトレードのチョコを取り扱うと聞き、持続可能な対応についても知りたかった。
そこには単なるチョコレートの祭典という意味合いだけでなく、お金では買うことのできない循環型の暮らしを営むことができる本当にフェアなストーリーがギュッと詰まっていた。1枚の板チョコを通して多くの人々が活動している背景を知ることで、チョコレートの味もずっと奥深いもののように感じた旅だった。
次回は夏に訪問し、ヘルマン・ヘッセやヘルダリーンなど、多くの作家や哲学者が学んだ歴史ある街をゆっくり散策しよう。遊覧船に乗り、ネッカー川から眺める景観や周辺の自然も楽しみたいと思いながら帰路についた。
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取材協力:
DZT/Deutsche Zentrale Tourismus
Verkehrsverein Tübingen
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All Photos by Noriko Spitznagel
(トップはテュービンゲン観光局提供)
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員