Parco delle Camelie, Locarno ©Ticino Turismo – Milo Zanecchia

小さいイタリア、ツバキの町ロカルノ

10月のある朝、イタリア北端部にあるマッジョーレ湖のほとりに立った。南北に細長いマッジョーレ湖はイタリアで2番目に大きい湖で、その北側の3分の1はスイス領内にある。筆者はスイス側の町、ロカルノにいた。ロカルノを含め、この湖を囲んだスイスの地域(ティチーノ州)はイタリア語を話し、イタリアの文化を保っている。スイスのよいところが調和した、“小さいイタリア”だ。

ロカルノは、今年で76回を迎えた、8月の「ロカルノ国際映画祭」が世界的に知られている。期間中、人口約1万6千人のこの町で10数万人もが様々な映画を鑑賞する。

冬が厳しいスイスで、ロカルノは最も暖かい場所といわれる。真冬でも平均最高気温は5°C、日照時間も多く、スイスの避寒地として人気だ。町の中に生えたヤシの木々が南国ムードを醸し出す。ロカルノ駅から湖畔を20分ほど歩けば、広大な「カメリア公園(パルコ・デッレ・カメリエ)」の1,100種類ものツバキが、9か月間、美しい表情を見せてくれる(入場無料)。

何十年もイタリアの伝統菓子パンのパネトーネを焼いているカフェで朝食をとってから、湖畔をゆっくり散歩した。

水辺で輝く、アスコーナの町

お昼に、バスで隣町のアスコーナへ向かった。かつて漁村だったアスコーナは、ティチーノ州の中で一際目立つ宝石のようだとたたえられる。マッジョーレ湖に着くまでの旧市街と、湖に面した長いプロムナード「湖岸通り(ルンゴラーゴ)」がその理由を物語っている。

旧市街には、水色、緑、黄色、オレンジ、ピンクの家々がひしめく。それらの合間の路地は石畳だ。ブティックやギャラリー、レストランを含めてすべてのエリアを写真に収めたくなるが、レストランの玄関先のスナップ写真だけでも、地中海の町に似た香りが漂ってくる。

湖岸通りには、さらにカラフルな宝石の一連がある。ここは、空と水に向かう開放感が心地いい。アーチ型のインナーバルコニーはイタリア式の建築様式だという。

濃いオレンジ色の建物はアスコーナの役場。1564年築で、歴史が感じられる。その向かい側には、17世紀の白いローマ風の邸宅「セロディーネの家(カーザ・セロディーネ)」がある。ローマに移住していた建築家のクリストフォロ・セロディーネが、この町に戻ってきて建てた。2人の息子が担当した漆喰細工が目を引く。役場と邸宅のすぐそばの教会の時計塔も、外せないフォトスポットだろう。

湖岸通りはレストランが多く、エレガントな風景に溶け込んで素敵なランチタイムを過ごそうと、人が次々やってくる。どのレストランも魅力的に見えて筆者は迷ったが、インテリアに惹かれ、あるイタリア料理店へ入った。

トウモロコシの粉を煮た「ポレンタ」と「赤玉ネギとツナのピザ」を知人と分け合った。ポレンタは、各種キノコのソテーがたっぷりと添えられていた。まろやかで、さっぱりしたポレンタには、今回のようにしっかり味をつけた食材が合う。ピザは生地へのこだわりが一口でわかり、ホウレン草やオリーブなどのない、シンプルな具の組み合わせが最高だった。こんがり焼かれたナス、ピーマン、トマト、ズッキーニのプレートも、2人でシェアした。アスコーナの空気のおかげか、料理も輝いて見えた。

食後は、気が向くまま、プロムナードを行ったり来たり。この日はマーケットが開催されていた。食品から小物までが揃い、ここでもあそこでも足を止めた。生演奏がマーケットに花を添えた。アコーディオン奏者の陽気な歌に合わせ即興で列を作って踊る人たち、ジャズバンドの音楽を間近で聴こうとする子どもたち。その姿を見ているだけで楽しくなる。ポップミュージックの一画もあり、舞台の前に設置されたテーブルとベンチは人であふれていた。

ジャズバンドといえば、アスコーナは年に1度、ジャズフェスティバル「ジャズアスコーナ」の会場となる。このプロムナードも会場の1つとなり、白熱した演奏が繰り広げられる。アスコーナと米ニューオーリンズ市は姉妹都市。ニューオーリンズは、ジャズアスコーナを公式に支援するほどの熱の入れようだ。期間中は音楽も料理もニューオーリンズさながらだという。

2,000㎏の焼き栗で祝う「栗祭り」

マーケットの中には、焼き栗のスタンドもあった。実は、この日のマーケットは、秋の伝統行事「栗祭り(フェステ・デッレ・カスターニュ)」だった。栗の蜂蜜など栗を作った食品を売るスタンドもあったが、栗を焼くパフォーマンスは祭りのハイライト。1日中屋外で、2,000㎏以上もの栗を直火で焼いて祝う。木々が燃える音、勢いのある炎、大きな鍋を振るったときの栗の音、鍋から出る煙、栗を焼く男性たち。単純な作業ではあるが、その様子に引き込まれてしまう。

栗を買い求める列ができていて、筆者も並んだ。大粒の栗はとても甘かった。

栗はティチーノ州のシンボルの1つだ。何世紀もの間、この州では栗が冬の間の主食で、栗の木は“パンの木”とも呼ばれた。栗の収穫は非常に大切で、祝う対象だった。煮たり、直火で焼いたり、石造りの特別な小屋(グラ)で燻煙乾燥させたものを食べていた(いまでもグラを使っている地域はある)。

栗の実は国境を越え、冬にティチーノ州からイタリアやフランスに行き、街路で売る人もいたという。栗の木は実だけでなく、葉を家畜の寝床として敷いたり、木を燃料源にしたり建築材料として活用していた。

アスコーナは、優美な建築や見るからにおいしそうな食べ物以外にも魅力がある。木々の間を散策したりマッジョーレ湖を遊覧するなどのアクティビティも豊富だ。魅力にはまった人はリピート訪問し、アスコーナに別宅を持つ人もいる。

船で、植物園のブリッサーゴ諸島へ

焼き栗を食べ終え、湖岸通りの船乗り場から船に乗った。行先は、約20分で到着するブリッサーゴ諸島の1つグランデ島だ。ブリッサーゴ諸島はグランデ島とピッコラ島の2つの島から成る。この島々はアルプス山脈に囲まれ、日当たりがよく、マッジョーレ湖のマイルドな水温のおかげで、亜熱帯気候を保つ。

Ronco s/Ascona ©Ascona-Locarno Tourism – foto Alessio Pizzicannella

小さいピッコラ島は特別な機会に限って開放される。一方、グランデ島は島全体が植物園になっており、1950年以来、一般公開されている。島のスタッフの説明では、植物園には2千種の草木が生息しているというから驚きだ(開園は3月末~11月初め。入場有料)。

グランデ島に到着する直前、船上からピンク色の建物が見えた。ドイツ生まれの富豪マックス・エムデン氏が建てた「ヴィラ・エムデン」宮殿だ。氏は、1928年に前所有者から島を買い取ってここに住み、前所有者が輸入植物で築いた庭に手を加えた。

氏は他界し、現在はティチーノ州が島を所有している。観光スポットして自然の魅力を伝えるほか、植物学の研究にも役立てている。

島に生息する植物は、世界の地域に分けられている。サボテンがある中南米、プルメリアの木、レモンの木、コルク樫などが育つ地中海、竹やツバキが茂るアジア、ユーカリの木が高く伸びるオセアニアといった具合だ。四角い池がある一帯は医療用や食用の植物がまとめられている。サトウキビ、ステビア、アボカド、アガベ(テキーラの原料)など、馴染みのある飲食品が植物の状態で見られて興味深い。

ロカルノやアスコーナと同じく、この島も、スイスのお馴染みのイメージとは違う不思議な空間だ。筆者は、これまでにティチーノ州を訪れたのは数えるほど。早足でめぐった日程だったが、朝から夕方まで新鮮な体験の連続だった。ティチーノ州は日本からの訪問者はまだ少ないという。次回のスイス旅行で「アスコーナ周辺の1日」を組み込んでみてはいかがだろう。


取材協力:
スイス政府観光局 
ティチーノ観光局 

Photos by Satomi Iwasawa(一部提供)

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/