ニューヨーク、ブルックリンのクリントンヒル地区に美味しいカツバーガー店『シェフカツブルックリン(Chef Katsu Brooklyn)』がオープンしたのは、2021年3月のこと。オープンして2年半が経つ今でも毎日行列ができ、店内は満席という繁盛ぶりだ。

この店のオーナーは日本人シェフ。2020年のコロナ禍、ニューヨークでクラウドファンディングに挑戦した経営者の町田勝利さんと、総括マネージャーの町田知美(ちえみ)さんだ。

順調にみえるシェフカツブルックリン店の繁盛も、2018年の設立から現在に至るまで、パンデミックの影響などを経てさまざまな困難続きだった。そんなおふたりに、お店の立ち上げからこれまでのこと、地域に愛される店づくりについてお話を伺った。

©︎Chef Katsu Brooklyn

新店舗を構えるまでは困難の連続

設立当初は野外の食イベントに参加

シェフカツブルックリンの設立は2018年7月。最初の3年は実店舗を構えず、ブルックリンで有名なスモーガスバーグの催事イベントに、バーガーベンダー(テント店)として出店していた。

町田さんは当時を振り返り、「最初はシェフカツバーガーのブースに足をとめて買ってくれる人はほとんどいなかったんです。私達のテントの前を、お客さんは素通りしていくんですよ」と話す。心折れる日もあったという。

厳しい状況の中、町田さんは諦めずにカツバーガーやドリンクで和の味を楽しんでもらえるよう、メニューの改善を重ねた。同時にInstagramアカウントを開設し、来店客の写真を掲載したり、コメントやDMを通してお客様とコミュニケーションをとるなど、SNSを積極的に活用しながらコアなファンを増やしていった。

コロナ禍の暗いニューヨークに駆け巡った、日本人挑戦者の話題

2020年コロナ禍、ニューヨークは街も人の心も暗かった。それまで着実にファンを増やしていたシェフカツバーガーも、コロナ禍の影響により出店の活動は中断せざるを得なくなり、先々まで決まっていたイベントの予定も全て白紙になった。さらに一念発起して始めた新サービスである和食惣菜の個人宅へのケータリングまでもが、コロナ深刻化に伴い中止せざるを得なくなってしまった。

そんな中、途方に暮れながら自宅待機を余儀なくされている最中に思わぬチャンスが巡ってきた。町田さんが10年以上前から「いつかお店を持つならこの場所で」と思い入れのあったビルのオーナーから、空いた物件に入る気はないかと声がかかったのだ。光が差すように、店舗を開業できるかもしれないというチャンスが巡ってきた。

しかしチャンスは巡ってきたものの、新たな問題が立ちはだかる。開業資金が足りないという大きな壁だった。町田さんはそこで諦めずに、自己資金で足りない不足金額を補うため、クラウドファインディングを立ち上げ、周囲に協力を呼び掛けた。

コロナ禍で多くの老舗レストランが閉店廃業する中、町田さんたちの挑戦は、ニューヨーカー達の暗い気持ちを吹き飛ばすかのように大きな希望の光となって広がっていった。

2020年冬の寒空の中、シェフカツバーガーのポップアップイベント ©︎Chef Katsu Brooklyn

クラウドファインディングの話を聞きつけ、応援しようと集まったのは地元の人たち。行列ができた感謝イベントでは冬空の下カツバーガーを食べる人達の笑顔であふれていた。この時に寄せられた声を統括マネージャーの町田知美さんは今も大事に保管しているという。

「美味しかったよ、最高!」「動画見て泣いちゃった。応援している、頑張って!」
「もう寄付したけど、今日帰ってから(店舗資金の協力を)また追加しておくね」

2020年12月28日、資金調達は目標の5万ドル(日本円で約700万円。1ドル=140円換算)を超えて達成した。周囲からの歓喜のお祝いメッセージが飛び交う中、シェフカツブルックリンは、翌年2021年3月に開店の運びとなった。

©︎Chef Katsu Brooklyn

シェフカツバーガーの美味しさの理由

シェフカツバーガーが美味しいと支持される理由の一つは、日本の発酵食材をふんだんに使いながらアメリカ人の好みに合わせたオリジナルメニューだ。オリジナル味噌ソースの開発や、刻んだキャベツに紫蘇を忍び込ませたり、飲み物やデザートに柚子や抹茶の味を取り入れるなど、日本が誇る食材を使い食欲が増す美味しいカツバーガーの研究を徹底して続けている。

特にコロナで健康を損ねた地域の人達の体調を心配した町田さんは、日本の塩麹を使って、ひと手間かけた柔らかい肉(チキン)や魚(サーモン)を、アメリカ人が日頃から食べているハンバーガーに挟むことで、日本とアメリカの食文化の融合を目指したのだという。そこには町田さんのジューシーで美味しいカツバーガーを皆に食べてほしいと思う愛情が込められていた。

カツバーガーを食べた人達からは、美味しいと笑みがこぼれる。その笑みは、シェフカツブルックリン店から地元の人達への感謝と恩送り輪となって広がった。 

町田夫妻の目指す経営とは

町田勝利さんの経営者としての信念は、「やりたいことを明確にしていかに情熱を注げるか」だという。その信念をもとに、シェフカツブルックリンを設立する前は、ニューヨークを代表する有名レストラン、寿司オブガリ(Sushi of Gari)やブルーリボン寿司でもシェフを続けてきた。いつしか独立し日本の懐石料理を提供できるお店を開業して、この地元に恩返ししたいと考えていた。

総括マネージャーの知美さんは「何よりも人の繋がりが大切」と答える。シェフカツブルックリンの立ち上げから統括マネージャーとしてお店を支える知美さんは、渡米前は日本で有名なアパレル企業や、米国を本拠とするパタゴニア日本社に勤務した経歴を持つ。

そんな二人が最も大事にしていることは、地域への貢献と周囲の人への感謝の心だ。

連日、満席で行列ができるシェフカツブルックリン©︎Chef Katsu Brooklyn

地域貢献とアットホームな雰囲気が、地元の人々に愛される店に

町田さん夫妻は、ブルックリンに住んで15年以上になる。1人息子が生まれ、日々の生活は地域に溶け込み、学校行事や地域社会貢献にも積極的にボランティア参加していた。知美さんは当時から今を振り返る。

「息子が通っていた公立小学校で日本文化を紹介したり、イベントがあるときには和食おにぎりの差し入れをしたりしました。アメリカ人にも人気の日本語学校で子供向けクッキングクラスを開催したこと楽しい思い出です。学校のファンドレイジング活動には、お店のギフトカードを提供し喜んでいただきました」

他にも学校のPTA活動では役員を引き受けて子供達の教育にも熱心に取りくむなど、時間を惜しまずに地域への貢献を実践してきた。

Photo by Hiroko Furuichi

シェフカツブルックリンの店舗はいつもアットホームな雰囲気で、お昼には近所の親子が来店したり、夕方には10代の子供たちが学校が終わる頃に次々とやってきて、憩いの場となる。

「ご近所のファミリーや30~40代の方の来店が最も多く、学校が終わるころには子供達がジュースやバーガーを食べにくるわ」と、知美さんはその光景を優しい眼差しでみている。

「皆なで勝ちに行く」がモットーの地域で、その繋がりを大切にしている町田夫妻だからこそ、開店後の2年半たった今も行列が続き、地元に愛される大人気カツバーガー店に成長している。

美味しいカツバーガーを食べに集まる地元の子供達。Photo by Hiroko Furuichi

シェフカツカルチャーを広めたい

町田さんには、もう一つの思いがある。シェフカツバーガー店にかかわる若いスタッフ達の挑戦をバックアップしたいという、次世代サポート支援だ。

新メニュー開発には若手スタッフの意見や感想を取り入れたり、希望があれば彼らが考案したデザートを販売するチャンスも与える。ここでの経験を将来に繋げてもらえるようにと、メニュー考案や試作過程でのアドバイスにも時間を惜しまない。

知美さんは、「若いスタッフ達はSNSをつかったマーケティングがとても得意です。新メニューのPRも任せています」と、若手の即時性や感性を大切にしているという。「若い人たちの感想や意見はとても大切です」と温かく見守っている。

若手の意見や感想が取り入れられて完成した抹茶ドリンク ©︎Chef Katsu Brooklyn

お互いに助け合いながら成功を目指す空気感が、ニューヨークのブルックリンにはある。今のシェフカツの繁盛ぶりは、シェフカツカルチャーの普及を目指す日本人経営者の町田勝利さんの挑戦が地元に受け入れられた証だ。

海外にビジネス進出したい日本人へのメッセージ

町田勝利さんは最後に目を輝かせながら、今後グローバル展開を目指す日本人の挑戦者たちに熱いメッセージと応援エールを贈ってくれた。

「日本にはたくさんの良いものが溢れています。食べもの、細やかさ、作る人、働く人、大谷翔平選手を見ていても分かるように、技術だけなく日本人の心(精神)には、他者を思いやり助け合うという素晴らしさがある。自信をもって世界進出を目指して欲しいです。NYでも世界の他の都市でも、その地域に住んでいる人や働いている人、そういう人達の生活に溶け込むことが大事だと思います。いかに人と心を通わせる交流をするかが大切なこと。海外進出をめざす時は、日本の旧い習慣で変えるべきところは改革する。それは行く先の地域に根差すための『変』でもある。日本文化の良い部分とその地域との『調和と融合』を目指し、新しい『地域文化』を地元の人たちと築いていく心が大事。もしニューヨークのブルックリンに飲食業で進出する人がいるなら、地域協力しますよ」

©︎Chef Katsu Brooklyn


Chef Katsu Brooklyn

143 Greene Ave, Brooklyn, NY 11238 (Map

Instagram: chefkatsubk

クラウドファンディングサイト
(資金目標を達成して終了。2020年12月28日)

古市裕子

ニューヨーク在住。NY Marketing Business Action, Inc代表(2015年起業)。1995年渡米。NY市立大学大学院国際政治学・国際関係論修士号卒業。ジェトロNY17年勤務の後、独立。日系企業の海外ビジネス進出支援。国連SDGs理念や欧米企業の動向にフォーカス。国連フォーラムNY幹事。NY邦人メディア紙SDGs連載コラムニスト。東京都特定非営利活動法人・在外ジャーナリスト協会(Global Press)所属。拙著『SDGsピボット戦略12事例集/欧米企業が進める連携型・サステナビリティ×次世代×企業価値』など。