ニーダーザクセン州の州都ハノーファーに次ぐ第2の人口規模を誇る街ブラウンシュヴァイク(Braunschweig)。中世ドイツの領邦君主として絶大な権力を持っていたハインリヒ獅子公(ハインリヒ3世・1129-1195)が拠点として居城を構えたことから繁栄した。第二次世界大戦で街のほとんどが破壊されてしまったが、偉大な獅子公の史跡が残る市内、街を囲むように流れるオッカー川など、あまり知られていない魅力一杯の街を訪ねた。

ニーダーザクセン州第2の都市「ブラウンシュヴァイク」

ブラウンシュヴァイクは、ニーダーザクセン州の州都ハノーファーに次ぐ第2の人口規模を誇る自由ハンザ都市。ハノーファーから西へ準急電車で約30分。ハルツ山地の北に位置し、ヒルデスハイムとマグデブルクを繋ぐ街道とゴスラーとリューネブルクを結ぶ街道の交わる重要な場所として栄えた。

また市内を流れるオッカー川は北海まで航行可能であることから、ブラウンシュヴァイクは早くから重要な長距離交易ルートの拠点となっていた。13世紀中頃には自由ハンザ都市となり発展した当時の面影が市内に残っている。

街のシンボル「ブラウンシュヴァイクのライオン像」が建っているブルク広場・ダンクヴァルデローデ城(左)、大聖堂(右)、城の後方・市庁舎の時計塔
© Braunschweig Stadtmarketing GmbH/Christian

ライオンが見守る街

最も有名な街のランドマークは、ライオン。獅子公は1166年頃、公爵家統治の証としてブルク広場にライオン像を建てさせた。そのためブラウンシュヴァイクはライオンの街と呼ばれている。

獅子公は、神聖ローマ帝王フリードリヒ1世バルバロッサと争った果敢な人物だった。同公は、この街を拠点とし、居城ダンクヴァルデローデ城と聖ブラズイ大聖堂を建てた。現在もブルク広場を囲むように建っている同城と大聖堂、ブラウンシュヴァイク州立博物館は、街を代表する観光スポットだ。

ブルク広場に佇むライオン像はレプリカ。オリジナルのライオン像や他の財宝の一部は、ダンクヴァルデローデ城1階のクナッペンザールに展示されている。2階の壮麗な騎士団ホールも是非時間をとって見学してほしい。獅子公の権力と当時の繁栄を物語るまばゆい空間に圧倒されるに違いない。


  

獅子公とライオンの繋がり

なぜ、ブラウンシュヴァイクはライオンの街とよばれているのか、旅に出る前から疑問に思っていた。獅子公はライオンのごとく勇猛だったことから「ライオンの街」と呼ばれたなど、諸説があるようだが、ここではその一つを紹介しよう。

オリジナルライオン像 かつては金メッキが施されていた

獅子公は当時、ザクセン公とバイエルン公を兼任統治していた。最盛期には北海及びバルト海沿岸、アルプス山脈までヴェストファーレンからポンメルンまで広大な領土を征服していた。

そんな中で、獅子公は統治領土の開拓に出かけたある日の午後、森の中から獣の奇声を聞き駆けつけた。そこで見たのは竜とライオンの壮絶な戦いだった。ライオンが負けそうになっていたのを見かねて救い、その後ライオンをブラウンシュヴァイクへ連れ帰った。以来、ライオンは獅子公のそばを離れることがなかったという。

だが獅子公が死の床に伏した時、ライオンはそばにいることができなかった。ダンクヴァルデローデ城へ側近たちが別れを告げにやってきた時、ライオンも城の入口へ向かったが、入ることができなかった。動物は入城を禁止されたからだった。

それでも獅子公のもとへ行きたいとドアを開けようと抵抗したライオンの爪痕が今も扉の外壁に残っている。雨の中、傘を片手にこの爪痕を見ながら、ライオンがとても愛しくなった。

扉に残るライオンの爪痕 (へこんだ箇所)

街の歴史を物語る「旧市街広場」

12世紀に整備された旧市街広場はブラウンシュヴァイクの主要な市場であり、見本市や処刑の場であり、馬術競技や貢ぎ物、行列の会場でもあった。市場では700年もの間、人々の取引が行われたそうだ。

旧市街広場の旧市庁舎

現在でも、広場周辺の聖マルティン教会や旧市庁舎は、この街の歴史的シンボル。なかでも旧市庁舎の建物は、最も印象的な中世建築モニュメントのひとつで当時の栄華を物語っている。

ギルドハウスとして使われていた裁断職人の倉庫「ゲヴァントハウス(織物商会」」は、中世の繁栄を象徴する豪華な建物で旧市街広場を一層魅力的にしている。

旧市街広場ギルトハウス

蘇ったレジデンスパレスとクアドリガ

旧市街広場から西へ10分程歩くと、シュロス広場に到着。ここで目を引くのは壮大な19世紀を代表するレジデンスパレスだ。第二次世界大戦で甚大な被害を受け、1960年に完全に取り壊された。2006年、古い設計図と歴史的写真をもとに、宮殿を含む主要なファサードが600以上のオリジナル・パーツを用いて再建されたという。

レジデンスパレス

晴れ間が出てきたので、パレスの屋上にそびえ立つヨーロッパ最大のクアドリガへむかった。4頭立ての馬車「クアドリガ」は、高さ9メートル、幅7.5メートル、長さ9.5メートル、重さ25.8トンとヨーロッパ最大規模。ブラウンシュヴァイクの市の女神ブルーノニアが戦車に乗っているこのクアドリガは、1865年の宮殿火災で焼失した。2007年から2008年にかけて再建された現在のクアドリガは、オリジナルに極力沿って復元したそうだ。

ヨーロッパ最大のクアドリガ

市内で最も古い地区マグニフィアテル

この街で最も古い地区のひとつマグニフィアテルには、再建されたマグニキルヒ教会、そしてマグニキルヒ広場周辺には保存状態の良い家屋が数多くある。可愛らしい木組みの家や魅力的な小道は、歴史的な地区を散策する楽しみを与えてくれる。 同地区は学生パブ街として、現在でもカフェ、パブ、レストランが数多くある。

同地区への入り口に奇抜な建物があった。超モダンな「ハッピー・リッツィ ハウス」は、市内一番のフォトスポットだと、ガイドさんが教えてくれた。米国のアーティスト、ジェイムズ・リッツィのデザインは、歴史地区で突出したモダンな建物で、新旧のミスマッチがたまらないほど面白い。

木組みの家々が立ち並ぶマグニフィアテル

オッカー川遊覧

 
公園や壮麗な別荘、歴史的建造物を巡るガイド付きツアーに参加して、オッカー川遊覧を楽しんだ。悪天候で運行中止になるのではと案じたが、ラッキーなことに雨も止んだ。要塞や城壁に沿って進むツアーは、約1時間30分。筏師が歴史的な説明をしてくれるのを聞きながら、水上から眺めるブラウンシュヴァイクの美しさは、ひと味違った視点から眺めることができて楽しい。

オッカー川景観

北ドイツの重要な巡礼地「皇帝の大聖堂」

2日目はブラウンシュヴァイク市内から西へ車で約30分、ケーニヒスルッターへ。聞きなれない小さな村にいったい何があるのか興味津々。かつて北ドイツの重要な巡礼地として注目された「ペーター・パウロ教会」通称「皇帝の大聖堂」があるという。

ペーター・パウル教会 外観

国内で最も重要なロマネスク建築のひとつであるこの教会はカイザードーム(皇帝の大聖堂)と称され、9カ国にまたがるロマネスク時代の共通文化遺産をつなぐヨーロッパ文化ルート「TRANSROMANICA」の一部として知られている。

皇帝の大聖堂「旧修道院ペーター・パウル教会」祭壇

1125年にドイツ王に選出され1135年に皇帝に戴冠したシュプリンゲンブルク皇帝ルッター3世(1075-1137)。彼は、自分と妻リチェンツァ(約1087-1141)、そして子孫のために、皇帝に見合った家族の墓を望み、ルッター村(後にケーニヒスルッターと改名)近郊にあった修道院を改築し、シュパイヤー大聖堂のような王朝の埋葬地として壮麗な大聖堂を建築することを願った。1135年に礎石を据えたがその2年後、皇帝はイタリア遠征の帰途、チロルで死去してしまう。

皇帝の遺骸は、まだ完成していなかった教会に埋葬された。皇帝と皇妃の多くの聖遺物が寄贈されていた教会は、中世後期になると巡礼地として注目を集めるようになったそうだ。

旧修道院の回廊

大聖堂の庭にあるルッター皇帝菩提樹はニーダーザクセン州で最も太く、菩提樹の樹齢は900年前後と推定されている。菩提樹は今でも非常に生命力があり、夏には葉を茂らせた樹冠が印象的だ。「日本からの訪問客は教会よりも先にこの巨樹を見学するんです」とガイドさんが教えてくれた。

ルッター3世が植樹したといわれる菩提樹

国内最南端にある大型石造墓地「リューベンシュタイン」

  
ケーニヒスルッターから車で西ヘ20分程走ると、巨大な墓石郡のある街ヘルムシュテットに到着。リューベンシュタインと呼ばれる巨石墓は、ブラウンシュヴァイク地方で最も古く、最も有名な考古学的遺跡であり、北ドイツ最南端の大型石造墓地。紀元前3,500年から3,000年の間に建設された。

表情豊かな節理珪岩(せつりけいがん)が並ぶ巨石墓は、エルツ川、エルム川、ドーム川に挟まれた田園地帯を一望できるザンクト・アンネンベルクにあり、瞬時にして古代にタイムスリップしたような気分になる。

巨石墓リューベンシュタイン

近代的な研究博物館「フォルシュングスムゼウム・シェーニンゲン 」

  
最終日午前中にヘルムシュテットから車で南下すること約15分、シェーニンゲンの研究博物館を訪ねた。同館は、旧石器時代のエキサイティングな体験と最先端の考古学的研究を、革新的な展示コンセプトでユニークに融合させている。足を踏み入れると、約30万年前の旧石器時代にタイムスリップし、狩猟探検やニーダーザクセン州の最初の住民などを通して当時の生活環境が再現されている展示を見学できる。なかでもこの近辺で発掘された人類の歴史上、完全に保存された最古の木製の槍は、旧石器時代の生きた世界を垣間見ることができ大変興味深い。

今回は2泊3日の旅だった。ブラウンシュヴァイクで1泊し、市内の歴史地区や主要観光スポットを駆け足で巡った。この街のアントン・ウルリヒ公美術館は、レンブラントやフェルメールの二人の紳士と女などの作品を所蔵しているが、それらを鑑賞できなかったのが心残りだった。さらに悪天候で行動範囲も狭まってしまった。次回はブラウンシュヴァイクに2泊してゆっくり街巡りをしたい。


取材協力:
Tourismusmarketing Niedersachsen GmbH
Braunschweig Stadtmarketing GmbH

All Photos by Noriko Spitznagel (1点はブラウンシュヴァイク観光局提供)

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員