アンティル諸島南部にあるグレナダは、のんびりとした旅を楽しむことができる観光地だ。人々が群がる観光スポットや豪華なリゾートが立ち並ぶといった雰囲気はないが、訪れた人を迎え入れてくれる、素朴で豊かなホスピタリティがそこには存在している。

ハロー、グレナダ

グレナダへは、ニューヨークもしくはマイアミから直行便でアクセスできる。国土面積の規模は340平方キロメートルで、福岡市ぐらいの面積だが、人口は福岡の1割以下の約12万人。グレナダは、主島であるグレナダ島ほか、カリアク島、プティトマルティニーク島、そのほかの小さな島々で構成される。グレナダ島は、首都及び国際空港がある南西部のセント・ジョージのほか、セント・デーヴィッド、セント・ジョンなど、5つの地域すべてにキリスト教に由来する聖人の名前が付けられている。

1498年、それまで先住民族が暮らしていたグレナダを「発見」した最初のヨーロッパ人が、クリストファー・コロンバス。その後、イギリス、そしてフランス、そして再びイギリスによる植民地化の歴史を経て、グレナダは1974年に独立。現在も英連邦王国(コモンウェルス)の加盟国で、公用語は英語である。英国の植民地化と奴隷貿易によって、多くのアフリカ人が強制移住させられた歴史があり、現在も人口の約8割がアフリカ系の民族だ。

観光産業は、グレナダの主要産業の一つ。新型コロナウイルスのパンデミック前、2018年のデータによれば、観光業はGDPの半分近くを占めていた。また2020年、2021 年は観光客が大幅に減少したが、2022年は回復傾向を見せ、約37万人の観光客が外国から訪問した。

A view towards waterfront properties in St Georges, Grenada

牧歌的な首都の街なみ

マイアミの巨大な空港を飛び立ち、降り立ったセントジョージのモーリス・ビショップ国際空港は、非常にこぢんまりとしていた。入国手続きカウンター越しに、預け荷物のベルトコンベアーが確認できるぐらいの距離感。かろうじてWiFiが使えるが、アライバルロビーは至って素朴である。設備はシンプルながらも、入国手続きやレンタカーの手続きはスムーズで、さすが観光客の受け入れに慣れている国だけあるという印象だ。

首都のセントジョーンズは、色とりどりの船が停泊する港と、丘になった海岸沿いに点在する建物で構成されるかわいらしく、牧歌的な街並みが象徴的だ。セントジョージの歴史地区は、ユネスコの世界文化遺産登録を目指した暫定リストに載っている。その内容によれば、歴史地区の街は計画的な部分と、非計画的な部分で構成されており、その計画的な部分に関しては、基本的には碁盤の目上に敷かれており、18世紀以降に発展を見せた。また、1771年と1775年の2度の火災により街が焼け野原になった後に制定された法律で、建物はレンガや石造りで粘土瓦の屋根を持ち、長屋ではなく一戸建てにすることが義務付けられたため、現在のセントジョージの姿となったとのことだ。建物が点在したようなかわいらしくも牧歌的な雰囲気は、こうした歴史的な背景があってできあがったもののようだ。

グレナダ島には1泊10万円近くするようなハイエンドなホテルや、ビーチ沿いの高級リゾートも存在しているが、数としては多くはない。また、中心街は観光客向けのお店もあるが、全体の雰囲気として「南の島のリゾート」にありがちな、商業的でギラギラした雰囲気はない。地に足がついた雰囲気そのものが、グレナダのホスピタリティと言えるかもしれない。

味わい深い、“Tree To Bar”のチョコレート

グレナダ島の特産物の一つがカカオは、もともとカリブ海の島に存在していなかった植物だが、1714年、フランスによってグレナダ島にもたらされたそうだ。カカオの栽培は成功し、1760年代までにグレナダは世界一のカカオ生産国および輸出国にまで成長した。しかしながら、チョコレートの生産まで手がけるようになったのは最近のことだ。

1999年、モット・グリーン、ダグ・ブラウン、エドモンド・ブラウンが、グレナダ・チョコレート・カンパニー(The Grenada Chocolate Company)を立ち上げた。彼らはTree to Barという当時では新しいラディカルな事業モデルを構築した。つまり、カカオの木からカカオの実(カカオポッド)を収穫して、カカオ豆を取り出す工程に始まり、発酵、乾燥、ロースト、種皮を分離してカカオニブ作り、その後、ニブをペースト状にして、砂糖などを混ぜてチョコレートにするまでの全ての工程をローカルで完結させるモデルだ。

こうした先駆者の挑戦を経て、現在、グレナダ島には、グレナダ・チョコレート・カンパニー以外にも、いくつかのチョコレート工房が存在しており、工房ツアーもある。例えば、島の北部にあるベルモント・エステート(Belmont Estate)は、島内の工房の中ではハイエンドなチョコレート工房の一つ。広々とした敷地内ではヤギやオウムが飼われていたりして、ちょっとした植物園のような雰囲気がある。約1時間のツアーでは、カカオ豆からチョコレートになるまでの製造工程を学ぶことができる。ショップでは、チョコレートの試食販売が行われており、チョコレート以外にもカカオニブや、カカオバターが含まれたココアボールなども展開する。ココアボールは、カカオニブのペーストをボール状にしたもので、お湯に溶かしてミルクを入れて飲む。カカオバターが含まれているため、濃厚なチョコレートドリンクである。また、ジョヴェイ・チョコレート(Jouvay Chocolate)の工房では、カカオの木を観察したり、カカオ豆の周りについた白い果肉を試食したり、カカオ豆の天日干しの様子を見たりすることができる。カカオの果肉には酸味があり、ライチなどのトロピカルフルーツのような味わいがある。ジョヴェイではカカオ含有量が60%以上のダークチョコレートが主流商品。ナツメグやジンジャー風味のものもあり、味わい深く、満足感の高い製品が特徴的だ。

グレナダ島に点在するチョコレート工房を訪問する時間がない場合は、首都のセントジョージある、ハウス・オブ・チョコレートに立ち寄るのがおすすめだ。各メーカーのチョコレートを購入することができるほか、グレナダのカカオ・チョコレート産業の略史に触れることができる。カフェも併設されているため、休憩スポットとしてもおすすめだ。
 

「ピュア・グレナダ」で自然に溶け込む

グレナダ観光局は、10年ほど前、観光地のリブランドのプロジェクトを実施し、外部のマーケターが考えた「ピュア・グレナダ」という新しいタグラインを打ち出した。ピュアは、純粋、汚れていないといったようなニュアンスがある単語だが、大量の観光客が押し寄せる観光地ではなく、少し人里離れた、知る人ぞ知る観光地としての魅力を物語っているような標語だ。ピュアには、エコツーリズムに通じるような自然と共存するというなニュアンスも含まれる。

数あるグレナダのビーチは、もちろん自然と触れあう場所の一つだが、トロピカルな森を散策したり、ハイキングしたりするのもおすすめだ。水の資源が豊かなグレナダでは、熱帯雨林をトレッキングするセブン・シスターズ・フォールが有名だ。熱帯雨林の散策は、自然に溶け込むことができるユニークな体験だ。

トレッキングでは、カカオと並ぶグレナダのもう一つの特産品であるナツメグの木や実に遭遇することもある。ナツメグといえば、日本では薄い茶色の粉末スパイスとしてみることが一般的だが、その果実は黒ずんだ梨のような雰囲気を持っている。ナツメグのスパイスに使われる黒い種の部分の周りには、赤い網状の皮がついており、若干グロテスクな風貌をしている。赤い皮の部分も乾燥させたものが、メースというスパイスだ。

グレナダは、街並みしても自然の恵にしても、素朴さの中に大いなる豊かさを感じることができる場所だ。島のあちこちを車で巡っても、極度の豊かさも極度の貧困も目にすることがない。GDPだけで見ると決して豊かな国ではなく、すべてのものが揃うというような資本主義的な便利さもないが、ゆったりとした暮らしの中に、さまざまな豊かさを感じることができる場所だ。2週間ぐらい滞在して、そのピュアな魅力に浸ってみるのもいいかもしれない。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383