アテネの美術館に行くと、古代ギリシャ時代、シンポシオン(饗宴。討論会という意味のシンポジウムの語源)でワインを水で薄めて飲んでいたことが説明されている。そんな、はるか昔から親しまれてきたギリシャのワインだが、15年程前まではまだ質が安定していなかった。その後、ギリシャワインの価値を高めようという業界全体の戦略が功を奏し、ようやく最近になって国際的評価が高まった。

ギリシャで多くの地場品種の葡萄栽培が再開されたのは、1990年以降のこと。現在、80種近い地場品種が栽培されており、ほかにも醸造可能な地場品種が数百あるそうだ。生産者たちが試行錯誤を重ね、国際コンクールで受賞するような高品質のロゼワインも生まれている。今では、ギリシャワインは、世界のワインガイドで「その他の産地」の1つに入るのではなく、「ギリシャ」のカテゴリーが設けられるようになっているという。

ギリシャ全土で生産されるワインは、ドイツを筆頭にキプロス、イタリアなど主にEUへ輸出されている。アメリカやカナダへも輸出されており、日本でもわずかながら販売されている。10年ほど前からワイナリーの数はぐんと増え、30~40か国と提携しているワイナリーもある。

ギリシャワインの大多数は、国内で消費されている。だが、20年ほど前までは外飲みといえば値段が高めのウイスキーなどが主流だった。食事と一緒にワインを飲むことはあっても、ワイン自体をバーで楽しむスタイルはなかった。流れを変えたのは、国内の経済危機だった。価格が手頃なワインがギリシャ人たちに好まれるようになり、ワインバーが次々に開店した。ワイナリーとワインバーの増加に伴い、ワイナリー訪問ツアーや、バーでのギリシャワインのテイスティングも気軽にできるようになっている。

市内に点在する良質のワインバー

首都アテネでは、2008年にワイン好きの兄弟が、アテネ初のワインバー「Oinoscent」をオープンさせた。Oinoscentはギリシャ産とともに国外産も豊富に取り揃え、常時保管している銘柄は1000以上にも上る。市内でワインのテイスティングツアーを担当している専門家に聞いたところ、数あるワインバーの中でもここが一押しだと言っていた。パイオニアとしての高い評判は健在だ。Oinoscentでは地元の旬の食材を使い、料理にも力を入れている(食事は要予約)。

市内に3店舗を構えるワインバー「Cinque」も人気だ。3種類のギリシャワインを味わう1時間のコース(1人21ユーロ)など、様々なワインテイスティングを用意しているので、予算と興味に合わせて選ぶことができる。

店先の赤い自転車のテーブルが目印の「Wine O’clock」も評判だ。アクロポリス博物館の目と鼻の先にあり、見つけやすい。もう1つ、博物館のすぐ近くの「Winepoint」も、人気のワインバーとしてよく挙がる。Winepointは、ギリシャワインのみを扱っている。

ニューフェイスとして、このところよく話題に挙がっているワインバーは2店舗を持つ「Materia Prima」だ。料理も好評で、厳選したワインから客の希望に応じた風味を丁寧に選んでくれるとあり、リピーターが増えているらしい。

ワインショップで、ギリシャワイン7種をテイスティング

路地にある、こじんまりしたワインショップ「Finewine」でも、ギリシャワインのテイスティングができると聞いて行ってみた。白ワイン3種、赤ワイン3種、デザートワイン1種(代わりにロゼでも可)の7種類を試せる。地産のチーズ、オリーブ、トマト、サラミとスナック付きだ(1時間、50ユーロ)。

ギリシャワインの産地は、アテネを含む中央部(山岳地帯)、隣国に接している北部(大陸地帯。冬は寒く、山間部では雪が降る)、アテネの西側からクレタ島までの南部(地中海性気候地帯)、サントリーニ島などエーゲ海に浮かぶ島々(火山地帯)と、大きく4つの区域に分かれている(より細かい分け方をする場合もある)。ワインの選択は女性オーナーに任せたので、1種類ずつ、オーナーの説明を聞きながら味わった。

まずは、白ワイン「Vineyards Papaioannou Malagousia 2021」から。ペロポネソス半島のネメア(地中海性気候地帯)で育ったMalagousia品種で作られたドライなワインは、桃とライムの香りが強いフルーティーな味だった。口に含んだ瞬間は渋みが薄く、徐々に強くなっていく。このワインは特に白身の肉やホワイトソースと相性がいいという。Malagousia品種は絶滅したと考えられていたが、大学教授や生産者の努力によって復活した。いまや、非常に多くのギリシャのワイナリーがMalagousiaを使ったワインを生産している。

左から白ワイン3種、赤ワイン3種、デザートワイン1種

2本目の「Dialogos White」もペロポネソス半島産だ。口当たりのよい酸味があり、桃や柑橘系の果実の味にハーブやフローラルな香りが加わった表情豊かなワインは、AssyrtikoとKidonitsaの2つの品種のブレンド。爽やかな酸味が特徴のAssyrtikoはギリシャを代表する品種で、全土で生産されている。Assyrtikoは作り方により、多様なスタイルのワインに仕上がる。フルーティーなKidonitsaは、半島の南で10年ほど前から復活した珍しい品種だ。Kidonitsa100%のワインはほとんどない。Dialogos Whiteはどんな前菜にもよく合い、小魚のフライ、鶏肉のオーブン焼き、キノコのリゾット、スパゲッティ・カルボナーラなどの料理と一緒に楽しむのもいいそうだ。

3本目は、サントリーニ島(火山地帯)のワイナリーSantoWinesの「Santorini Assyrtiko Cuvée 2021」。サントリーニ島は先程のAssyrtikoの原産地だ。この辛口ワインはAssyrtiko 100%で、ピリリとした酸味、石や砂のような香りがした。魚介類料理の理想的なパートナーだ。サントリーニ島の葡萄の木は樹齢70年に達するものもあり、ギリシャで最も古い葡萄の木の一つだという。樹齢が高いと収穫量が減り、ワインの品質にも影響を与える。こうして、Assyrtikoは複雑なワインに変身していく。Finewineの女性オーナーは、非常に強い海風が吹き、乾燥したサントリーニでは、葡萄の木が土の表面で育つということも教えてくれた。

赤ワインに移ろう。「Mikro Ktima Titos Goumenissa 2019」は、ギリシャ第2の都市テッサロニキから車で1時間北上した山麓の村Goumenissaで生産されている。Xynamavro(80%)とNegoska(20%)のブレンドだ。Xynamavroは北部と中央部で広く栽培されている。生産量の少ないNegoskaは、Xynamavroにぴったり合う品種だという。古樽で1年間熟成させた味はきめ細かく、トマトやオリーブのようなフルーティーさに、ほどよい渋みがあった。家族経営の園を別のワイナリーが引き継ぎ、2019年が新経営陣になって初めてのヴィンテージになった。人気が急上昇しているとのことで、ギリシャ最大の航空会社、エーゲ航空のビジネスクラスの機内食ワインセレクションにも入っている。

2本目は、白ワインの1本目の農園(地中海性気候地帯)で育ったAgiorgitikoが原料。現在は他地域に広がっているAgiorgitiko は、元々、この地域でのみ栽培されていた。Agiorgitiko100%の「MICROCLIMA KTIMA PAPAIOANNOU – NEMEA 2015」は、チェリーやベリーとほのかに苦いハーブの香が印象的だった。樽で1年半熟成させ、さらに瓶の中で1年間熟成させた通り、味に深みも感じられた。10年以上の熟成も可能で、「これから10年、またはそれ以上、このワインをお楽しみください」とボトルに記されている。毎年生産していないので、貴重とのことだ。

赤の3本目は、非常に古い地場品種を使った「Biblinos 2015」だ。北にあるPangeo山の高地で最近発見され、DNA鑑定をして、国内外の近代の品種ではないと判明したという。小樽で1年熟成させた優れた赤ワインで、チョコレートの風味も少ししてタンニンが効いていた。これも10年以上キープできる。最新のヴィンテージは2016年だ。

最後のワインは、ロゼかデザートワインか迷ったが、女性オーナーのおすすめにより、格別なデザートワインにした。3本目の白ワインのワイナリーが作った「Vinsanto 2016」だ。Assyrtiko(85%)とAidani(15%)のミックスで、6年熟成させた。最初に葡萄を天日干ししにすることが強い甘さの秘訣。Vinsantoのように、補糖しないデザートワインは世界で少ないという。

次回、アテネを訪れるチャンスがあれば、「Materia Prima」で料理とともにワインに舌鼓を打ちたい。でも、それまでにはさらに新しいワインバーが出来ているかもしれないし、1日かけてワイナリーに行ってみるのも面白そうだし、と夢が膨らむ。実を言うと、筆者は普段はほとんど飲酒しない。今回の体験で「ギリシャワインならイケる!」と視界が開けた。


■アテネ市内や郊外のワイナリー訪問ツアー、およびギリシャワインのテイスティング
トリップアドバイザーのリスト

Finewine   

試飲した7種類(各ワイナリーのサイト)

白1「Vineyards Papaioannou Malagousia 2021」 

白2「Dialogos White」 

白3「Santorini Assyrtiko Cuvée 2021」 

赤1「Mikro Ktima Titos Goumenissa 2019」 

赤2「MICROCLIMA KTIMA PAPAIOANNOU – NEMEA 2015

赤3「Biblinos 2015

デザートワイン「Vinsanto 2016
 

Photos by Satomi Iwasawa

岩澤里美
ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/