オーストリアの西部に位置するチロル州の首都であるインスブルックは、アルプスの雄大な山並みに囲まれた、こぢんまりとした街だ。今回、筆者はインスブルックの中心部から少し離れた北側に位置するフンガーブルグ(Hungerburg)という地区の住宅街に数週間滞在した。インスブルックは、ウィンタースポーツで知られる観光地として人気がある場所だが、短期滞在の観光だけでなく、中長期滞在でのんびりする場所としてもおすすめだ。

自然にアクセスしやすい街

筆者が滞在していたフンガーブルグ地区は、山の中腹に位置しており、趣ある建物が並ぶ街並みで有名なインスブルックの市街地からはバスで20分のぐらいの場所にある。市街地から、「イン川に架かる橋」という意味であるインスブルックの名前にもあるイン川を渡り、直接ハイキングでフンガーブルグに向かうこともできる。少し坂の勾配がきつい場所もあるが、1時間もあれば到着する。

インスブルックには、気軽にハイキングを楽しめるコースが数多くある。多くの場所には標識があって、初心者でも自分なりのペースで散策することができる。筆者が訪れた10月、欧州全体で暖かい日が続き、晴天に恵まれた。日中は、半袖でも問題ないぐらいの暖かさで、多くの人々が夏の終わりを満喫しているかのようだった。

山の中腹から、さらに山頂を目指すこともできる。フンガーブルグからは3時間ぐらいのハイキングで、山頂付近のシーグルーブ(Seegrube)というケーブルカーの駅に到着する。車も通行する、ゆったりとしたルートもあるが、体力がある人には山の中を登っていくより直線的なハイキングルートがおすすめ。片道だけケーブルカーを利用するという手もありだ。

フンガーブルグ地区とインスブルックの街を結ぶ移動手段としても、ケーブルカーを利用することもできる。フニキュラーと呼ばれるケーブルカーの4つの駅は、著名な建築家ザハ・ハディドの事務所がデザインしたもの。ザハ・ハディドの建築に多く見られる特徴的な流線型の形や、宇宙船のようなテクスチャーが印象的だ。アルプスの山並みをバックに、近未来的な駅は目立っているが、不思議と違和感なく溶け込んでいる。

ちなみに、インスブルックには、もう一つ、アイコニックなザハ・ハディド建築がある。それは、街の南側にあるスキージャンプ台だ。ジャンプ台は、上部のタワーに向かって巻き込まれていくようなユニークなデザインで、タワーの部分はカフェや展望台になっている。

  
 

見飽きることのないアルプスの雄大な景色

インスブルックの魅力は、なんといっても広大なアルプス山脈の山並みの景色だ。その山の景色は、時刻や天候によって様々な表情を見せ、毎日何度見ても飽きることはない。山の稜線は、緩やかさと険しさが共存する。山肌は、木々の緑と山頂付近の岩いわしいテクスチャーのコントラストが魅力だ。筆者の滞在中、前半は秋の山の景色だったが、後半は山頂付近には雪が積もって、絵に書いたようなアルプスの冬の景色へと変化した。チロル地方のアルプス山脈の雪山は映画『007』シリーズのロケ地としても使われたことがある。

フンガーブルグ地区には、インスブルックの街とその後方にそびえる山脈の雄大な景色を楽しむことができる宿やレストランもある。モダンな雰囲気が特徴的なUmbrüggler Almというレストランは、シュニッツェル(薄く伸ばした肉をあげたトンカツのような料理)やクヌーデル(チーズやほうれん草などが練り込まれている蒸しパンのようなモチモチした食感の団子)といった地域に根付いた食事や、地元のワインやビールを楽しむことができる。建物の前に張り出した大きなテラス席が特徴的で、多くの人がテラス席で山の景色を楽しんでいた。犬を連れた客も多く、レストランも犬同伴を歓迎している。

 

チロル地方のオーガニック食材を手軽に

インスブルックがあるチロル地方は、現在のオーストリア、ドイツ、イタリアに分割されている。インスブルックの街では、あらゆる場所で「チロル」の名前を目にする。食に関しても、メイド・イン・オーストリアよりも、チロル産という表記が目立っているように感じる。

特徴的なブランドの一つが、Bio vom Berg(山からのビオ製品という意味)という、チロル産の高品質なオーガニック食材を集めたコーポラティブ・ブランドだ。Bio vom Bergの製品は、すべて地域の小規模農家やメーカーで作られたもので、600以上の生産者が参加しているとのことだ。代表的な商品は、チーズやヨーグルトなどの乳製品、肉、野菜、果物などの生鮮食品。他にも、パンやビスケット、ワイン、ビールなども取り揃えている。Bio vom Bergの製品は、オーストリアの大手スーパーマーケットチェーンであるMPreisでも買える。

今回の滞在中、とても役に立ったのが24時間営業の無人ファーマーズ・マーケット『Gustl』の存在だ。Gustlは、生鮮食品や乳製品、ソーセージなどの加工食品や、サラダなどのデリ商品を扱うコンテナ型の無人ショップ。現在、インスブルックに2店舗、チロル地方全体に7店舗ある。クレジットカードやデビットカード、もしくはアップルペイなどをかざすことで入口が開錠される。店内には無人レジが設けられ、ショッパーは商品を自分でスキャンして、支払いするという仕組みだ。

キリスト教の歴史が残る欧州の国では、日曜日はスーパーマーケットなどの店が定休日であることが少なくない。特にインスブルックのような小さめの街では例外なくスーパーマーケットは閉まっているため、年中無休のコンビニのような存在は便利だ。また、この事業を始めたAndreas Ginerは、長年、野菜や果物の生産や物流の事業に関わってきた人物であり、Gustlには地域の生産者からの新鮮な野菜や果物、乳製品、パンなどが定期的に納品される。

滞在していたフンガーブルグ地区には、大きなスーパーがなかったため、筆者はMPriesのオンラインスーパーと、Gustlを活用していた。Gustlのようなモデルが今後もっと広がっていってほしいと思う。

豊かな自然と食材が溢れる魅力的な街、インスブルック。スキーシーズン以外に訪れ、ゆっくりと滞在するのにおすすめの場所だ。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383