カナダのケベック州を代表する都市モントリオールは、食や文化のスポットを訪れ、街歩きを楽しめる場所であると同時に、気軽に自然に触れ合うことができる場所も充実している。その代表的なスポットの一つが、ビオドーム、昆虫館、植物園、プラネタリウムの4つの施設からなる、カナダ最大の自然科学複合施設「Espace pour la vie(生命を育む空間)」だ。今回は、その代表的な存在であるビオドームを紹介する。

Espace pour la vie (Marc Cramer)

ビオドームとは

ビオドームはその名の通り、生き物が暮らすドーム型の屋内アミューズメント空間だ。ビオドーム内部には南北アメリカ大陸の5つの生態系が再現されており、それぞれの生態系における気候を体感し、代表的な動植物に触れ合うことができる。施設内には200種2500頭以上の動物と、約800種の植物が生息している。

Biodome de Montreal 2020

ビオドームは動物園でもなければ植物園でもない。動物と植物が共存する生態系を再現した場所だ。ビオドームが開館したのは1992年。30年前から今に至るまで、環境問題に対して人々の認知を高めるということが、ビオドームの主目的だ。

ビオドームの生態系は、あくまで屋内に「再現された」生態系だ。その意味において、もちろんこの生態系は自然なものではない。しかし、ビオドームには人々が気軽に自然環境に興味を持つことを促し、管理された環境において動植物に関する調査研究や保護を支援するといった意義もある。

生まれ変わる建築

モントリオールのランドマークの一つが、1976年に開催された夏季オリンピックのために建設されたオリンピックスタジアム。ビオドームは、同じオリンピック公園内、スタジアムに隣接された建物だ。無機質なテクスチャーと有機的なデザインが組み合わさったインパクトのあるスタジアムとビオドーム。どちらもフランス人建築家ロジェ・タリベールがデザインしたものだ。ビオドームは、元々は自転車トラック競技施設として建築され、オリンピック会期中は、自転車のレースや柔道の試合会場であった。1989年に施設のリノベーションが開始、1992年にビオドームとして開園した歴史を持つ。

2020年8月31日、新たな改装工事と新型コロナウイルスのパンデミックの影響を経て、新生ビオドームが開園した。改装工事を手掛けたのはモントリオールを拠点にする建築事務所のKanvaだ。新しいビオドームの特徴の一つは、建物の中心に設けられた大きな吹き抜けの空間だ。吹き抜けの空間から見上げると、タリベールによる特徴的な天井デザインを楽しむことができる。昆虫のようにも見える網目状の窓からは、自然光が差し込む。内部の湾曲した真っ白な壁に光が差し込んだ神秘的な空間に浸ることができる。

この空間は、都会の空間からビオドームに入館し、生態系に移動する流れ、そして一つの生態系から別の生態系に移動する流れを、より心地よいものにしてくれる。まるで訪問者の気持ちをリセットするかのような役割を果たしているのだ。訪問者は、決まった順路を順番に進むのではなく、吹き抜けの中心部分を経由して好きな生態系に移動することができる。また、それぞれの生態系への入り口は、ゆっくりと自動で開閉する両開きのドアと、シルバーの小さな玉でできた簾で仕切られている。こうした細かいデザインの工夫によって、それぞれの生態系の体験がより自然なものになる。

心地よい没入感が味わえる

ビオドームを構成する生態系は、熱帯雨林、ローレンシャンのカエデの森、セントローレンス湾、ラブラドール海岸、亜南極諸島の5つ。熱帯雨林の生態系ドーム内の温度は日中25-28度、夜間21-22度、湿度は最低でも70-80%という気候に保たれている。独特の蒸し暑さがあるが、日本などの真夏の蒸し暑さに比べると意外なほどに快適だ。熱帯雨林の空間は、特徴的な緑が生い茂り、カラフルなオウムが出迎えてくれる。左右の緑に囲まれた橋のような通路の足元にはワニやカピバラがくつろいでいる姿が間近で見られる。動物園のような高い柵はなく、実際の自然環境を散策しているような感覚が得られる。この生態系にはナマケモノもいるはずだが、見つけるのは難しい存在だ。動物が見られるかどうかの保証はない点が動物園とは違う点でもある。訪問者にとっては残念な要素ではあるが、それが「自然」な状態だ。

©︎Claude Lafond

ローレンシャンの楓の森は、モントリオール市から車で北東に2時間ほどの場所にあるモーリス国立公園のような気候が再現されている。熱帯雨林の生態系と違い、この生態系ではこの地域の四季が再現されている。秋が長く、春が早く訪れるのが特徴的ではあるが、冬が再現されることが同植物のための冬眠期間が確保されている。この生態系では、カナダの象徴的な木である楓(メープル)が生い茂り、水辺ではビーバーを見ることもできる。ビーバーの様子は水辺から、ガラス越しに水の中から、そして、巣の中に設置された赤外線カメラを通じてと、さまざまな角度からその動きを観察できるようになっている。

一方、亜南極諸島の生態系はその入り口が特徴的。本物も氷でできたトンネルをくぐって愛らしいペンギンの群れを間近に見ることができる。ペンギンとは水族館のようなガラス越しの対面だが、その水中と陸を行き来するそのダイナミックな姿は、子供から大人までが楽しめる。

気軽に自然と親しむことができる

ビオドームは、1時間もあれば全ての生態系を訪問できてしまうほどの規模感。大きすぎず、小さすぎず、子どもでも飽きずに楽しめるぐらいのコンテンツ量だ。また、モントリオールの都心から地下鉄を使って20分で行けるというアクセスの良さも魅力だ。体験できる生態系が南北アメリカ大陸という点での親近感は、自然環境と自分との距離を縮める要素でもある。都会の中で気軽に身近な自然を楽しむというビオドームの訪問が、自分の身の回りの自然環境により関心を高め、少し遠出をしてありのままの大自然を楽しむ旅に出るといったような次のアクションのきっかけになるかもしれない。

歴史ある建築と、アメリカ大陸のさまざまな生態系が気軽に楽しめるビオドーム。モントリオールの冬場の寒さや、夏の暑さに関係なく、年中訪れることができる心地よい空間だ。


All Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383