紀元前から続く交易都市

「食の都」と呼ばれる街は世界中にいくつかあり、フランスのリヨンもその一つ。パリから高速列車TGVなら約2時間でアクセスできるリヨンは、その近郊までを含めて160万人が暮らすフランス第2の都市だ。

リヨンの市街地には日本の川が北から南へ流れる。東側にローヌ川、西側にはソーヌ川だ。ソーヌ川は街の南でローヌ川に合流する。一方のスイスに水源があるローヌ川はそのまま南下して地中海へ注ぐ。リヨンは古くから、川の貿易の要衝でもあった。

ソーヌ川の西岸は急勾配で高台となり、そこがフルヴィエールと呼ばれる旧市街だ。河畔の低地を結ぶケーブルカーが街歩きにも生活にも便利だ。その見晴らしのいいフルヴィエールには、古くはローマ帝国時代の紀元前1世紀につくられた屋外劇場などの遺跡があり、19世紀の終わりに完成したフルヴィエール大聖堂が川越しの低地に広がる町並みを見下ろす。

長い歴史の中で様々な文化が行き交ったリヨンには、世界中の食通が集まる。今回は「ブラッスリ―」と「ブション」の2つのタイプの店で味わえる、リヨンの代表的な料理を紹介する。

ブラッスリーは、ビール醸造所から始まった

リヨンの駅からほど近く、比較的新しい建物が並ぶ通りにあるのが「Brasserie Georges」だ。開店した1838年から、この同じ場所、同じ建物でリヨンの人たちの胃袋を満足させてきた。

「ブラッスリー」は、ビール醸造所を併設した手軽なレストランのことだ。扉を開けて入れば、ビールのタップが並ぶカウンターがあり、その奥にはビールを醸造するタンクが並んでいる。今では、ブラッスリーと名乗る店に必ずしも醸造所があるわけでもないらしい。

ところで、「ビストロ」もよく聞くが、こちらはパリの建物の地下に厨房をしつらえたカジュアルなレストランが始まりで、建物の大家が家賃を取るために入居者に食堂を営ませたのだという。ブラッスリーにしろビストロにしろ、酒を片手に旨いものを気軽に楽しむ場所という意味ではそれほどの違いはないようだ。

初めてなら、まずレンズマメのサラダは欠かせない

昼時にBrasserie Georgesに入ると、天井が高く柱も少ない空間が広がり、整然と並ぶテーブルでは大勢の客たちがわいわいと食事を楽しんでいた。

まずは「レンズマメのサラダ」をいただく。ちょうどよい歯ごたえに茹でられたレンズマメは、シンプルにビネガーを合わせられて、重すぎず軽すぎずといった絶妙のバランスに仕上がっていた。

さて、フランスの緑のレンズマメは一般的なものよりも小さめで、味がしっかりとしていてナッツのような香ばしさが感じられる。とくにリヨンの南西に位置するプイ地方のものが定評があるそうだ。

周りのテーブルを見回せば、多くの客がこの平べったく小さな豆のサラダを口に運んでいた。

料理のメインには、地元のポークをグリルしたものにピスタチオを使ったソースを合わせた一皿を選んだ。しっかりとした肉質で食べ応えがある。ソースはさっぱりした味わいで、飽きがこない。そして付け合わせのマッシュポテトはオーブンで焼かれたタイプで、こちらは濃厚な口当たりだ。

もう一皿、プロバンスの鱈のアイオリソースもいただく。しっとりと蒸された地中海の鱈はくせがなく、一方たまごとにんにくをオイルで合わせたアイオリソースはもったりと重めだ。付け合わせの野菜もたっぷりでバランスがいい。

それにしても広くて賑やかなフロアだった。客は皆それぞれに会話が盛り上がっている。体育館のようなフロアを行き来するウェイターたちはプロフェッショナルで安心できる。これほどの長い間人気が絶えないわけだ。

旅籠の食堂だったブションで伝統料理を

さてもう一つの「ブション」だが、これはリヨンに独特な形態だ。養蚕・絹織物産業が盛んだったリヨンを訪れる商人たちが投宿した旅籠の食堂が、その始まりだったと言われている。

フルヴィエールには「正式な」ブションと称される店が20軒ほどある。その一つ「Les Ventres Jaunes」は鳥小屋をイメージしたインテリアが可愛らしい、気取らない店だ。

まずはスープから。オニオンスープはしっかりと炒められた玉ねぎの香りが食欲を掻き立ててくれた。オニオングラタンスープではない。シンプルなものを丁寧に作ってくれたんだなと浸み入る温かみだ。

そしてリヨン風サラダは、新鮮なレタスに大き目のクルトン、ベーコンにポーチドエッグを乗せて、ボリュームたっぷり。リヨン風サラダはフランスならどこでも人気の前菜だが、リヨン発祥ということ以外は、その発祥については定かではないようだ。

リヨンのソシションも食べ逃すわけにはいかない。「ソシション」はフランス語でソーセージのこと。リヨンのソシションにはトリュフやピスタチオを練りこむ。ジャガイモと一緒にラフに盛られたソシションには、赤ワインソースに合う。このボージョレーソースはそれほど重くなく、またサラッとしているのでソシションにうまく浸みて、旨味が膨らむ。

「クネル」という料理は、一目見ただけではなんだかわからないのだが、食べてみれば白身魚のふっくらとした練り物をベシャメルソースと共にオーブンで焼いたものだとすぐわかる。練り物はふわふわの食感で、少し身が詰まったはんぺんのほうな食感で、濃厚なソースがよく絡む。リヨンでこんな風に魚料理を食べるとは思ってもいなかった。

「タルト・オ・プラリーヌ」というナッツ類をカラメルでまとめたデザートをいただく。全体に高さがなく薄いのだがしっかりとした甘さだ。それでもサクッとしたタルト生地が軽快な口当たりで楽しい。

このように一通りのリヨンの伝統料理を気軽な雰囲気で楽しめるブションは、食の楽しみを再認識させてくれる。その昔、長旅の後にたどり着いた宿でこんな料理にありつけたならどんなに幸せだっただろうと思われた。

リヨンならではのガストロノミー

今回はブラッセリ―とブションという二つのカジュアルな業態を紹介したが、リヨンにはハイエンドのレストラン、もっと気軽なカフェなどが多く、食通にはたまらない街だ。ポール・ボキューズも、そのスタートはリヨンだった。ブラッスリー・ポール・ボキューズは東京にも店がある。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/