ケープタウンがある南アフリカ西ケープ州の国土面積は、約13万平方キロメートル。日本の関東地方の約4倍の規模だ。ケープタウン市内には、頂上がほぼ平らな形状の山としてよく知られているテーブル・マウンテン、多数のビーチやサーフスポットといった自然観光地や、レストラン・バー、ミュージアムといった娯楽観光地が数多く存在しているが、市内から数時間のドライブで、西ケープ州のさまざまな場所を気軽に訪問できるという点もケープタウンの魅力の一つである。ケープタウン発のロードトリップのルートでは、南東方向の国道2号線上の「ガーデン・ルート」がよく知られている人気の旅路だが、今回は、北東方向に向かうロード・トリップのルートを紹介する。

「世界一」のワイン街道

南アフリカの立法首都ケープタウンから、南アフリカの司法首都ブルームフォンテーン、行政首都プレトリア方向に向かい、ジンバブエとの国境まで続く国道1号線(N1)は、ケープタウン市内からワイン産地として知られるステレンボッシュ(Stellenbosch)と、その先に続くワインランド方面に向かう主要道路。そのN1がケープタウンから120キロ離れた場所に位置するウースターで南東側に枝分かれして続くのが、「ルート62」として知られる観光道路だ。

ルート62を紹介するウェブサイトによれば、米国のシカゴとロサンゼルスを結ぶ、有名なドライビング・ルートであるルート66を想起させるような街道だとの説明がある。ルート62は大都市を地方の小さな都市や街を繋ぐ役割を果たす。小さな街にとっては、農業だけでなく、観光産業も重要であり、観光道路としてのルート62に依存している面もある。

世界一長いワイン街道として知られているルート62。街道沿いには11のブランデー生産者を含む70ものワイナリーがあり、ルート62を走っていればいくつもワイナリーが出現するといった感じだ。街道は、バリーデール(Barrydale)、モンテギュー(Montagu)、アシュトン(Ashton)、ロバートソン(Robertson)などといったワイン生産地域の街をいくつも通過する。

アシュトン(Ashton)、ボニーヴェール(Bonnievale)、マグレガー(McGrebor)、ロバートソン(Robertson)を含む、ロバートソン・ワイン・バレーは、「ワインとバラの渓谷」として知られている場所。ロバートソン・ワイン・バレー協会に加盟しているワイナリーは36あるが、ここではそのうちの2つのワイナリーを紹介する。

一つ目のワイナリーは、シャンパンと同じ瓶内二次発酵のスパークリングワインで、南アフリカではカップ・クラシック(Cap classique)と呼ばれる種類のワインに特化したワイナリー、グラハム・ベック(Graham Beck)。グラハム・ベックは1983年創業。ワインに使用されるシャルドネ種とピノ・ノワール種のブドウの80%を、石灰岩土壌が多いロバートソン地域における自前の農園で栽培している。グラハム・ベックの代表的なプロダクト、ブリュット・ノン・ヴィンテージは南アフリカのネルソン・マンデラ大統領の就任式や、米国バラク・オバマ大統領の当選の祝杯に選ばれた実績がある。

もう一つのおすすめのワイナリーが、スプリングフィールド・エステート(Springfield Estate)だ。スプリングフィールドは1898年創業のワイナリーで、1688年にフランスのロワール地方から移植してきたユグノーの9代目の子孫の家族が運営している。ワイナリーでは白・赤の11種類すべてのワインのテイスティングが可能。フランスのブルゴーニュ地方の昔のワイン製法を取り入れ、メソッド・アンシエン(méthode ancienne)と名のついたシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンは特に高く評価されており、印象的なワインだ。ワイナリー自体は、小さな湖と緑に囲まれた地域にあるこぢんまりとしたアットホームな場所で、あまり商業的な印象はなく、ゆっくりと時間を過ごすには最適な場所である。

非営利のサファリ・リゾート

ロバートソン・ワイン・バレーを抜けるとモンタギュー(Montagu)という街に到着する。モンタギューは、半砂漠地帯クライン・カルー(Klein Karoo)への入り口だ。ルート62通り沿いの街の中心地は、コーヒーショップやレストランなどが並ぶ。街の景観は、少し昔の街といったノスタルジックな雰囲気を持つ。

モンタギューの中心地からルート62沿いを30分ほど東に進むと、サンボナ野生動物保護区(Sanbona Wildlife Reserve)の入場ゲートに到着する。サンボナは、クライン・カルーのウォームウォーターバーグ山脈の麓に広がる58万ヘクタールの敷地面積を誇る私有の自然公園。域内には3つのロッジとキャンプ場があり、数日滞在しながらネイチャー・ドライブ(ゲーム・ドライブ)を楽しむことができる。

©︎Sanbona Wildlife Resort

サンボナは20年前に、もともと農地として使われていた場所を自然文化遺産の保全地区として再開発するというプロジェクトとしてスタートした。遺産、エコシステム、景観の保全と、雇用創出を目指し、サンボナではさまざまな保護の取り組みや研究が進められてきた。

サンボナのコンセプトは「理由あるサファリ(safari with a purpose)」だ。2015年に、サンボナはスイス系の非営利団体であるカレオ財団(CALEO Foundation)に買収され、それが転換期となった。非営利団体への変換によって、絶滅危惧種の新たな持ち込みや希少動物の保護が進んだ。サファリの事業運営から得た収益は、すべて保護活動の資金として還元される。この点において、サンボナは営利目的のサファリ・ツアー会社から一線を画している。

©︎Sanbona Wildlife Resort

サンボナのロッジの一つが、ドウィカ・テント・ロッジ(Dwyka Tented Lodge)。切り立った岩の丘に囲まれた場所に、レセプション・エリア、レストランやラウンジ・バーなどが集まるメインテントをぐるりと囲むような形で、9つのプライベート・テント・ロッジが配置されている。それぞれのテント・ロッジには、ベッドルーム、バスルーム・シャワー、バルコニー、屋外ジャグジーが完備しており、滞在スペースは完全なプライベート空間だ。サンボナ保護区のエリア内は基本的に携帯電話圏外だが、メインテントではWiFi接続が可能。テント・ロッジ内の設備は充実しており、エアコンもある。

©︎Sanbona Wildlife Resort

滞在中、ゲストは朝5時半出発と夕方4時半出発の1日2回のネイチャー・ドライブ(ゲーム・ドライブ)に参加することができる。一回のドライブは2時間半〜3時間ほど。その日の動物たちの動向などによって、ドライブのルートや長さが変更になる。ゲストは数台のジープに分かれて出かけるが、保護区を案内するレンジャーたちは無線で逐一連携し、動物たちの居場所などに関する情報を共有する。特別な保護の対象となっている動物に関しては、GPSシグナルを活用したトラッキングもするが、基本的に動物の場所を突き止めて追いかけるといったようなことはしない。

サンボナの魅力は動物の観察だけではない。ドライブでは、場合によってはしばらく大型動物たちに遭遇しない時間が続くこともあるが、鳥や虫といった小さな生き物の動向観察、多種多様な植物群(flora)や荒々しい岩肌が特徴的な山の景観観察で、飽きることはない。ゲーム・ドライブではなくネイチャー・ドライブという名前がより相応しい。また、夜はそれぞれのロッジから美しい星空を楽しむこともできる。

©︎Sanbona Wildlife Resort

南アフリカで有名なサファリ・リゾートといえば、サンボナの3倍以上の敷地面積があるクルーガー国立公園だが、サンボナの本質的な魅力は、ライオン、ゾウ、キリンといった代表的な動物を眺めるということ以外のところにある。それは、サンボナの自然保護の取り組みに触れることや、地域の景観の中に身を置くことで、動物、植物、人間の境が曖昧になるような体感を得ることだ。そこからのインサイトと体験は、旅人が自然と共存しながら暮らしていくことについて考え続けるための足がかりになる。

サファリとは、動物観察のゲーム・ドライブを意味するだけではなく、もともとスワヒリ語では「一般的な旅」を意味する単語だ。サンボナへの旅は、パンデミックで多くの人々が向き合うことになった「自然と人間の関係性」や「本質的な意味での自然と人間の共存」を肌で感じ、そして改めて考えるためのきっかけを与えてくれるものだ。人間が自然との共存を考えながら生きて行くという過程は、旅─サファリ─そのものなのかもしれない。


Image courtesy: ©︎Sanbona Wildlife Resort
Photos by Maki Nakata

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383