コロナ災禍が少し落ち着きを見せていた8月の終わり、ドイツの国境を越えてみたくなった。隣国であれば、突然大きな規制変更が起こっても対処できるだろうと思い、スイス北部に向かった。

スイス北部には、以前から行きたかった場所があった。バーゼルの南10キロ、ゾロトゥルン州にあるドルナッハという、人口7千人未満の小さな自治体だ。隣はジュラ州、南西方向にはスイスとフランスの国境をなすジュラ山脈が横たわる。

ここにはアントロポゾフィー(人智学)と呼ばれる独自の精神運動を展開した思想家、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の理念を、今日に受け継ぐ人々の拠点「ゲーテアヌム」がある。アントロポゾフィーはシュタイナーの造語で、ギリシャ語の「人間」と「叡智」という語を繋げたものだ。

ルドルフ・シュタイナーによる設計「ゲーテアヌム」

シュタイナーは現在のクロアチアにあたるクラリェヴェクに生まれ、間もなくオーストリアへ移住した。彼は64歳で亡くなるまで、あらゆる分野の学問において独自の思想を説いた。彼は自然科学や人文科学と同じくらい、人間と精神世界にも強い関心を持っていたという。彼の探究心はとどまることを知らず、著書は全40巻に及んだ。加えて6千回を超える講演の記録が、全270巻の書籍にまとめられている。その業績にはただ圧倒される。

ゲーテアヌムはシュタイナー自身の設計で、彼の建築理念の結晶でもある。巨大な寺院を思わせる、斬新なデザインの打ち放しコンクリートの建築物は、ドルナッハの標高370メートルの丘の上に堂々とした姿でそびえている。

ドルナッハに行くため、まずドイツ、フランス、スイスの3つの国の国境の街バーゼルに向かった。バーゼルからは、ローカル列車とバスを乗り継げば、半時間ほどで現地に到着する。

宿泊先は、ゲーテアヌムに近い「ハウス・フリードヴァルト」にした。この建物は1920年代に、シュタイナーのデザインに習って、建築家パウル=ヨハン・バイが建てた、3家族用の複合住宅だが、結局住宅としては使われず、 「ゲーテアヌム」の一施設となり、研修所などに活用されていた。現在は、居心地の良いゲストハウスとなっている。

ハウス・フリードヴァルト 外観

ハウス・フリードヴァルトは、外観もインテリアも、とても懐かしく感じられた。バウハウス流の直線や幾何学的なフォルムが支配し始める前の、ユーゲント・シュティールのデザインをかすかに連想させるフォルムが、抑制された形で取り入れられている。窓枠も、壁も、調度も、できる限り鋭角を避け、ゲストハウス全体が周囲の自然にしっくりと溶け込んでいる。

午後のフロントに人影はなく、表玄関には鍵もかかっていない。中に入っていくと、食堂の入口の机に、その日の宿泊者の名前を書いた紙とそれぞれの鍵が置いてあった。

建物の中は、完全な静寂に包まれていた。地下のサロンでは、Wi-Fiが使えるように配慮してあったが、個々の部屋には、Wi-Fiは届かず、電話もテレビもない。 ゲストハウスで過ごしているうちに、100年前のシュタイナーの時代に逆戻りしたような気持ちになった。

シュタイナー教育とビオディナミ農法

アントロポゾフィーは当初、哲学的な思想だったそうだが、やがて芸術学、 教育学、農学など分野において、実践可能な体系が確立されていった。芸術分野においては、オイリュトミーと呼ばれる独自の舞踏芸術が知られる。建築への探求は、ゲーテアヌムを始めとする、数々の独創的は建築物を生んだ。

世界的な広がりを見せているのが、シュタイナーの教育法と農法だ。彼の教育理念は、世界各地に1200校以上あるヴァルドルフ学校(シュタイナー学校)で実践され、彼の農学はビオディナミ農法(シュタイナー農法)と称されて、これも世界中で実践されている。

ビオディナミ農法は、シュタイナーが、亡くなる9カ月前に行った「農業講座」において説いているものだ。オーガニック農法を超えて、自然を総合的に把握する農法であり、天体の運行やその影響力、薬草、珪石、牛糞などの力を活用する。その効果は時間をかけて現れてくるため、実践には強固な忍耐力が必要だと言われる。

一定の基準を設けて、ビオディナミ農法を実践しているのが「デメター(demeter)」と呼ばれる生産者団体だ。結成されたのはシュタイナーの死後まもない1927年。1932年には、オーストリアやドイツのほか、スイス、オランダ、英国、スウェーデン、ノルウェーなどにも広まり、会員農家数は1000に達した。現在では、50カ国に農家だけで88千の会員がおり、農地面積は計26万ヘクタールに及ぶ。

ハウス・フリードヴァルトでの朝食

ドイツでは、デメター認証の野菜や肉、乳製品、乾物、加工品などのあらゆる食品、ジュース、ワインなどの飲料品、化粧品などが気軽に購入できる。朝市にはデメター農家のスタンドも出店しており、どの街角にも、オーガニック・スーパーマーケット、オーガニック食品や日用品の店がある。デメターの商品は、生鮮食品の場合は売り場に認証の表示があり、それ以外はパッケージに認証マークが印刷してある。

デメターの会員ではなくても、ビオディナミ農法を実践しているケースはある。欧州では、とりわけワイン生産者の間で、ビオディナミ農法が浸透し始めている。自然化粧品メーカー「ヴェレダ」はシュタイナー自身の指導のもと、医師や薬剤師らが天然の素材を使って体の治癒力を促すケア方法を開発し、設立された会社だ。同じく自然化粧品の「ドクター・ハウシュカ」は、製品に自社所有のデメター農園の素材を取り入れている。アントロポゾフィーを知らなくても、シュタイナーの思想は、食や美容を通じて、日々の生活に身近なものになっている。

シュタイナー建築の数々と「ゲーテアヌム」

翌日は庭で朝食をとった後、ゲーテアヌムの周辺にあるシュタイナーの手掛けた建築群を見て回った。ゲーテアヌムのある丘は、1950年代にマックス=カール・シュヴァルツが、シュタイナーのコンセプトを部分的に継いで設計した、広々とした庭園になっている。果樹が点在し、薬草園、染料用の草花を集めた植物園、牛がのんびりと草を食んでいる牧草地がある。

独特のフォルムで目をひくのが、 ゲーテアヌムの北側にあるハイツハウス(Heizhaus)だ。1915年に建てられたもので、ゲーテアヌムの集中暖房設備がここに置かれている。つる植物を連想させる煙突のシルエットは、周囲の木々にすっかり溶け込んでいる。建設当初は石炭による暖房だったが、1990年代以降はガスを利用した小型発電所となり、ゲーテアヌムのほか、近隣の15の建物に電源を供給している。

ハイツハウスの近くにあるグラスハウス(Glashaus)は築1914年の木造建築。グラスアトリエとも呼ばれ、第一ゲーテアヌムのガラス窓の装飾の研磨作業が行われていた。現在は精神科学自由大学の自然科学部と農学部の拠点で、西側がセミナー室、東側が図書館として使われている。現存するシュタイナー建築の中では唯一、 第一ゲーテアヌムを彷彿させる様式だという。

グラスハウス(Glashaus)

ゲーテアヌムの西側にあるハウス・ドゥルデック(Haus Duldeck)は、ゲ−テアヌムの土地を寄贈したグロスハインツ夫妻の住居として、1915年に建てられた2階建てのコンクリート建築。2002年からは、ルドルフ・シュタイナー・アーカイヴとして利用されている。巨石をくりぬいて造ったかのような、流線型のフォルムが美しい建物だ。

グラスハウスとゲストハウスのほぼ中間に位置するのが、ルドルフ・シュタイナー・ハルデ(Rudolf Steiner Halde)。築1905年のハウス・ブロドベックを1924年に改築したもので、シュタイナーは、第二ゲーテアヌム建設の直前に、ここで打ち放しコンクリートを試験的に導入した。当初はオイリュトミーのレッスン場だったが、2004年に改修され、現在は集会場として使われている。芸術、音楽部門の拠点でもあり、人形劇の舞台もある。

ルドルフ・シュタイナー・ハルデ(Rudolf Steiner Halde)

ゲーテアヌムのすぐ南東にあるホッホアトリエ(Hochatelier)は築1913年。青く塗られた簡素な木造建築で、第一ゲーテアヌム建設の際には木工工房として使われていた。1980年代に改装され、現在は講義室となっている。シュタイナーは、ここに接続するもう一つのアトリエで晩年の6か月を過ごしたという。

ホッホアトリエ(Hochatelier)

午後はゲーテアヌムのガイドツアーに参加した。シュタイナーの文化活動の拠点として建てられたゲーテアヌムは現在、アントロポゾフィー協会、研究組織である精神科学自由大学の本部となっている。建物の名称は、ドイツの文豪ヨハン=ヴォルフガング・フォン・ゲーテに由来する。シュタイナーはゲーテの研究家でもあり、ゲーテの自然観に大きな影響を受けたと言われる。

1920年に開館した第一ゲーテアヌムは木造建築で、2年後に火災で消失した。写真が残されているが、確かにグラスハウスと共通した意匠の建物だ。現在の第二ゲーテアヌムは、それとは全く異なる新しいデザインの建築物だ。シュタイナーはプロの建築家の協力を得て建設を開始したが、着工後しばらくして帰らぬ人となった。

手前は消失した最初のゲーテアヌム模型

第二ゲーテアヌムは1928年に大体の構造が出来上がり、その後は複数の建築家が内装を手掛け、完成へと導いた。1964年に西側入口が、70年代から80年代にかけて複数の講堂が次々に出来上がり、1998年に大講堂が完成した。全ての工事が完了したのは、着工から80年後の2005年だった。第二ゲーテアヌムは、コンクリートという素材を彫刻のように自由に扱った先駆的な例だと言われ、米国の建築家フランク・ロイド・ライトや、フランスの建築家ル・コルビジュエなどが、ゲーテアヌムを訪れ、感銘を受けたと伝えられている。

第二ゲーテアヌムを外から眺めていると、ふと日本の料理技術である「面取り」が思い浮かんだ。料理においては、面取りをすると見栄えが良くなり、煮くずれを防ぐことができる。しかし、面取りは木材や鋼材の加工方法でもあり、人と接触する際に怪我を防ぎ、物と接触による際に破損を防止する。可能な限り鋭角を避けたシュタイナーの建築には優しさと安定感があり、その建築を使う人間の居心地の良さが大切にされているように感じた。

現在、ゲーテアヌムはスイスの国定史跡であり、 シュタイナーに関心を寄せる人々が世界中から訪れる。館内にはギャラリー、テラス、図書館、書店、ビュッフェ形式の広々としたカフェテリアなどがあり、大講堂以外は自由に出入りが可能だ。

ゲーテアヌムの丘を南に向かって下っていくと、シュタイナー設計の青い変電所(Transformatorenhaus)がある。築1921年のこの変電所は、現在も公共の変電所として利用されている。その向かいにあるシュパイゼハウス(Speisehaus)は、オーガニック食品、パン、雑貨などを販売する店舗で、カフェテリアがあり、週末にはレストランも営業している。

Goetheanum

シュタイナー設計 青い変電所(Transformatorenhaus)

ゲーテアヌムの周囲には、「建築の小道」と呼ばれる4つのウオーキングルートがある。1つのルートに、およそ10の建築物が割り当てられ、シュタイナーの作品をはじめとする、重要な建築物を効率良く回ることができる。


All Photos by Junko Iwamoto

岩本 順子

ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com