秋田県の内陸部を旅した。北秋田市の鷹巣駅から秋田内陸縦貫鉄道に乗り南下し、秋深い風情が美しい、阿仁地区のマタギの里を訪れた。マタギの食を楽しむのが目的だ。

秋田内陸縦貫鉄道の観光列車でたどる阿仁の山里

JR奥羽本線は、青森駅と福島駅を結ぶ。青森から大館まで南下し、そこで西へと方向を変えて秋田の日本海沿岸へ出て海沿いを秋田まで行くと、また内陸部へと入って東北の山間部を福島まで走る。つまり、秋田の北半部では、秋田内陸部を迂回していることになる。

その迂回された秋田内陸部を縦貫して、北は北秋田市の鷹巣駅からから南は角館駅までの94㎞ほどを、急行なら約2時間で繋ぐのが秋田内陸縦貫鉄道だ。

この時期、週末の土曜・日曜日の各日に往復1本の急行に、「笑EMI列車」と名付けられた観光車両が使われる。(ただし貸し切りでの使用が入ればそれが優先されるそうで、その場合には一般車両が使われる)。窓に向かった座席もあり、車窓越しに流れる山深い景色をゆっくりと楽しむことができる。

阿仁マタギ駅で降りマタギの里へ

「マタギの湯」という温泉宿に投宿し、マタギの料理を楽しむために、阿仁マタギ駅で降車した。山間の平地に田畑が広がる土地は静かで、乗って来た列車が遠ざかればもうほとんど人工的な風景は消え、鳥の鳴き声や風揺らす木々の音ばかりが聞こえる。ここは今でもマタギとしての生活も続ける人がいる土地だ。

宿に着くと、表にはマタギ小屋が再現されていた。熊の敷物が飾られ、奥には祭壇がある。宿に入ればその一角に囲炉裏が切られて、熊の皮の敷物に、深い雪に埋もれず歩くためのかんじき、頭にかぶるかさが飾られている。この「マタギの湯」は日帰り温泉施設でもあり「マタギ資料館」も併設されている。

山の恵みに感謝する熊肉の鍋と鹿肉の陶板焼き

マタギ料理と言えば熊・鹿・うさぎといったジビエ料理。今回は熊肉の鍋と、鹿肉の陶板焼きをいただいた。

熊の肉は旨い。肉の味を表現するのに「臭みがなくて」とか、「くせがなくて」などと言うのを聴くことも多いし、そんな先入観に引きずられた感想も多いが、実際に食べてみれば「熊の肉はなにしろ旨い」のである。

その肉はしっかりと脂がのった赤身だ。鴨の胸肉のように、赤身の肉に脂の層が乗っている。噛み応えがあり、とは言え硬すぎることもなく、口の中でゆっくりとその味を楽しめる。

脂身はあっさりとして食べやすい。みそ仕立ての汁を飲めば、融点が低いと言われる脂が溶けているのがわかる。トロっとした食感ではない。サラッとした食感が舌に感じられる。飲み終えても口にしつこさが残るようなことはない。

人に食われることを目的に育てられたのではなく、自らが自然の中で生きた熊の肉だ。圧倒的な強さを感じる。命をいただくという感謝の気持ちが湧いてくる。

鹿肉はさらに締まった肉質で脂肪が圧倒的に少ない。高たんぱく低脂肪でヘルシーだと言われている。じっくりと焼いてからポン酢で食べると、淡白ながらも鹿ならではの旨さが口に広がる。しっかりとした肉質であるが組織は繊細で、こちらも硬すぎるということはないが、噛み応えがあって楽しい。機敏な動きが特長である鹿の肉なのだと、あらためて思い起こさせられた。

幻のどぶろく「マタギの夢」

「森吉山」は阿仁のすぐそば、同じ北秋田市に位置する標高1454mの山だ。春から秋にはハイキングや登山、冬にはスキーなどのウィンタースポーツを楽しむことができる、この辺りの人気の観光スポットの一つだ。

森吉山は古くからマタギの山であり霊山としてあがめられてきたという。昔は今のように気軽に登るものではなく、特に身内に不幸があった家族は、一定の期間入ることはなかったそうだ。

その森吉山の清らかに澄んだ伏流水と、地元栽培の米で作られる幻のどぶろくが「マタギの湯」で作られている。酒税法の観点から、製造免許なく酒類を製造することはできないが、特定農業者による特定酒類の製造事業が認められるという特区の制度がある。いわゆる「どぶろく特区」もその一つで、北秋田市の全域が「阿仁マタギ特区」として認定されている。

米の粒を感じるほどの濃厚さと甘さ、ほんのり酸味があって飲みやすい。添加物・保存料を一切使用せずに作られた、昔ながらの素朴な濁り酒だ。いくらどぶろく特区とはい言っても、濁り酒は農家自らの田で収穫した米のみで作ることを許されているので、いくら需要が高まろうと、それ以上の量を作ることはできない。それが「まぼろし」と言われる所以なのだ。

「マタギの湯」の方にお聞きしたところ、今年は山の実りが少ないのだそうだ。そのせいで熊が里に下りてきて悪さをしなければよいがと言う。夜明けすぎに、里を歩いてみた。雪深い真っ白な雨季の季節の前に、鮮やかに織られた錦のような山肌が美しいのだ。山のふもとには、その景色に溶け込んだように集落の家が建ち、その幾つかは、もうすでに雪囲いを終えていた。


All Photos by Atsushi Ishiguro

秘境の宿 打当温泉 マタギの湯
シカ肉について

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/