もはや企業広報の常套句のように使われている、サステナビリティという言葉。しかしスイスの老舗ウォッチメゾン、「ブライトリング」の取り組みは間違いなくほかと一線を画している。日本発の植樹法、「宮脇メソッド」を採用したプロジェクトが教えてくれる、森の多様性がもたらす真価とは? 子供たちの愛らしい手が紡いだ、未来の森へ想いを馳せる1日を、しばし振り返ろう。

ある秋の日の朝、「ブライトリング」がサポートする植樹イベントが行われるという幼稚園で、はたと気づく。ある程度防寒していたものの、寒いのだ。「植樹」というからには、木が育ちやすそうな陽当たりのいい場所を勝手に想像していたのだが、私を囲むのは鬱蒼とした影のある森。そういえば森はもともと鬱蒼として暗いのが当たり前だと、自分を納得させる。けれどわざわざ、何故こんな暗いところで植樹を? この朝一番の疑問が、これから待ち受ける森林にまつわる魅力的な話のハイライトにつながるなんて、この時はもちろん思っていなかった。

そんな1日の舞台となったのは、東京の板橋区にある城山幼稚園。なんと1042年創建と伝わる「城山熊野神社」の境内にあり、同じく境内に広がる鎮守の森では、寒さをもろともしない園児たちの歓声が響いている。今日ここで園児たちとその家族が参加する、スイスが誇る1884年創業のウォッチメゾン、「ブライトリング」が日本で初めてサポートする植樹イベントが幕を開けるのだ。

その証拠に、主人公である親子やスタッフの頭を彩っているのは、「ブライトリング」のBのロゴが鮮やかに輝くキャップ。1884年の創業以来、陸・海・空で美しくも過酷な自然へ向き合う人々をサポートしてきたメゾンだけに、自然への畏怖と敬意はメゾンのDNAにしっかりと刻まれているよう。海洋保護やアフリカの子供たちへのチャリティなど多彩な社会的活動を行ってきたメゾンの歩みに、森林保護の試みが加わったのは2020年のこと。世界の森林再生を目的とする「SUGi」とパートナーシップを組み、同団体が推進している「宮脇メソッド」と呼ばれる植樹法を取り入れてきた。

この「宮脇メソッド」が、実に興味深い。宮脇昭博士(1928-2021)が作り上げた50年以上もの歴史をもつ植樹法は、「ある土地から人間の影響を取り除いたときに考えられる、その土地が得られるもっとも発達した植生」を提唱したドイツの植物生態学者、ラインホルト・チュクセン教授(1899-1980)の考えがベースになっているそう。手軽に扱えるポット苗を使う「宮脇メソッド」を採用した森では、従来の方法よりずっと速く自然林に戻って、高い環境保全機能と生物多様性を持つらしい。今回の城山幼稚園に似た、ヨーロッパの都心部にある公園やちょっとしたスペースでも採用できる「ミニ森林」作りを支えているという。

では一体、「宮脇メソッド」の何がそんなすごい効果を生み出すのだろう? 国際生物学センターで主幹研究員を務め、国内でも数少ない樹木医である目黒伸一先生が、心地よい声に乗せてその秘密を教えてくれる。

「よく『宮脇メソッド』では様々な木の種類をミックスさせる『混植』が大事と言われますが、一番大切なのはミックスする種類と割合。生物多様性というのは実は危険な言葉で、なんでも植えればいいというわけではないんですね。その土地にふさわしい種類を、ふさわしい割合で植えないと、効果は半減どころか逆効果になってしまうことも。例えば、外国産のユーカリやニセアカシアなどは植えたらいけないとは想像がつくと思いますが、日本原産でも土地によっては適していないものもある。特に日本は降水量も多く、温度も比較的高く、地形も複雑、さらに氷河の影響を受けていないという特徴があり、ヨーロッパの森と比べても植物の種類が多いので適した種を見極めるのがより重要です」

最近では他の植樹イベントも多く見られるが、どんな崇高な精神を持っているにせよ、私たち人間が木を植えるというその行為そのものが、どうしても自然にとっては「不自然」になってしまう。だからこそ、自然の秩序を読み解けるエキスパートが必要なのだ。そして熱意のあまり「木を見て森を見ず」状態に陥ることにも、警鐘を鳴らしてくれる。

「本物の森とは、あるべき種類がメンバーとして揃い、グループになっていること。きちんと生態系が作られていることです。人間でも親分だけいても、他の大事なメンバーがいないといいチームは作れないでしょ(笑)木はもちろん、土の中も含まれます。森の地面を踏んだ足の下に2000匹くらいのダニがいるのがいい土。ミミズなどの豊かな土壌動物達が存在していれば、土はスポンジ状に柔らかくなり大雨が降っても水を吸収するんです。いい森とは、そんな風にいろんな要素が作用しあい、調和がとれている森。なので木を1本植えるにしても、森全体や周辺環境を含めて見なくてはいけません」

実際に3年前に初めて目黒先生がこの城山幼稚園を訪れたとき、はじめは適した木々が植えられていることに対し「いまだこんな森が都心にあるんだ」と喜んだという。しかし低木などの次世代の樹木群が育っておらず、土も固くなっていたことで危機感を抱いたそうだ。

目黒先生が「壊れかかっている」と感じた森へ、今回の植樹イベントのために選んだ木々は14樹種。ヤブニッケイやタブノキなど、恥ずかしいことに私には馴染みのない名前が多かったが、「ニッケイはシナモンの家族」「これはアボガドの親戚」と先生が親しみを持たせてくれる。成長する高さやスピードはバラバラだというが、生えるべき重要な種類とその配合が考え抜かれているため、それぞれの植える場所も完全にランダムでOK、植樹後もお手入れいらずだという。

「本来の自然は、管理も当然必要としないですよね。木材製造を目的とする林業の森とは、対極です。これもきちんと植える木を厳選しているから、できること。こんな鬱蒼として暗い場所でもきちんと育つのかって? 日当たりのよくない、または日が差さない場所でも育つ木を選んでいるからですよ(笑)きちんと選んでさえあげれば、種類が多くても後は自然のままに成長します。そして多様性があるからこそ安定し、その安定が強さにつながる。頭でっかちになる必要はないけれど、今日木を植えてくれた園児たちが、そういったことに少しでも想いを巡らせてくれれば嬉しいですね」

国土の3分の2という世界でも有数の森林割合を持つ日本。そしてその約4割は商用植林が占めているなかで、今一度、「木を植える」という行為を環境や暮らし全体から眺めてみたいと思う。国際的なメゾンの助けも借りながらそうした思考が積み重なれば、子供たちが今日植えた苗がたくさんの葉を茂らせる頃、きっと新たな自然と人間のつながりが生まれているはずだから。鬱蒼として見えた森が、帰り道に新しい芽を抱いて頼もしく見えたのは、きっと私だけじゃないはずだ。


All Photos by Kentaro Hisadomi | 久富健太郎

取材協力:
ブライトリング・ジャパン(株)
学校法人石川キンダー学園 城山幼稚園 城山みどり幼稚園

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