パリのフードデザイナー
セリーヌ・ペルセが日本に惹かれる理由

まだ日本では聞きなれない「フード・デザイン」「フード・デザイナー」という言葉。食材を使って表現を行うが、目指すのは必ずしも美味しさや空腹を満たすための満足ではない。フランスのパリを拠点に活動するフード・アーティスト、セリーヌ・ペルセさんは、食材を芸術的な体験をするための「一過性の構築材料」として使用する。もともと建築を学んでいた彼女は、空間デザイナーとして仕事をしながら、食材と建築を組み合わせた表現活動に取り組むようになったという。シェフや職人などと協力して行われるフードインスタレーションやパフォーマンスでは、ゲストが「食べる」経験を通じて彼女の物語の世界へ入り込む。作品を食べ、共有することでゲストはその一部となって、一層深く作品を体験することができるのだ。

──セリーヌさんが作品を通して追い求めているのはどんなことなのでしょうか?

セリーヌさん:
私の活動の中には、常に建築が存在しています。建築が、私の食に関するプロジェクトの中に、さまざまな形で入り込んでいます。最初はとくに、形や素材を追及していました。 次に興味を持ったのは、土地や土壌との関係性。そして現在、風景と身体と食べ物の関係性が私のリサーチ対象になっています。食べること、それは、風景を摂取すること。その行動から私たちは自身を風景に刻み込み、そして、風景の形を変えるんです。これが私の現在追い続けているテーマです。

Rebekka Deubner

そんなセリーヌさんが、日本の食や文化に興味を抱いたのは2016年と17年にパリで開催された「Kyoto Contemporaryプロジェクト」に参加したことから。それ以降、日本とフランスの技術と文化を対話させることができるようになったという。

──セリーヌさんは日本のどういった点に魅力を感じているのでしょうか?

セリーヌさん:
日本は常にインスピレーションを与えてくれます。とくに関心を引くのは、食や場所に関してのコンセプトです。また、言葉にするのは難しい感覚ですが、日本に根付いている、味覚や料理法、楽しんで味わうことや、空間の使い方、そこに流れる「時間」など、奥深いビジョンにとても心惹かれるんです。これらすべてが社会のとても重要な構成に関係していることに、魅力を感じます。

京都のアーティスト・イン・レジデンス「ヴィラ九条山」へ

そんなセリーヌさんが、2021年9月から4ヶ月間、日本に滞在することになった。滞在先は京都・東山にあるアーティスト・イン・レジデンス「ヴィラ九条山」。ここは、フランス政府が保有するアジア唯一のレジデント施設で、1992年の創設以来、アート、文学、舞台、デザインなど幅広い分野から400人近くものフランス人アーティストやクリエイターを受け入れてきた。数百人もの応募の中から選ばれるレジデントたちは、滞在期間中、日本の文化機関や教育機関、専門家や職人などに学びながら、各自のプロジェクトを進めることができる。

「ヴィラ九条山」 villa kujoyama

──なぜ「ヴィラ九条山」のレジデントに参加することにしたのでしょうか?

セリーヌさん:
以前、短い期間でしたが日本を旅したことがあり、その時はじめて、「旨味」というものに出会ったんです。それはとても複雑であると同時に、とても詩的な概念。発酵や季節に関わる時間、風景や空間の奥行きなど、ほとんどスピリチュアルな概念に結び付くものだと思っています。ずっと気になっていたこの「旨味」について、日本の文化の中心とも言える京都で探求してみたいと思ったんです。

villa kujoyama 

日本で出会った謎の概念「旨味」の探求

ヴィラ九条山のレジデントたちは、毎年10月に開催される京都市とパリ市をつなぐ現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュKYOTO」に参加する。今年、このイベントのためにセリーヌさんが取り組んだ2つの作品からは、旨味の探求について彼女が掲げる2つの方針を感じることができた。
1つ目は「時の味を探す」こと、2つ目は「奥行きの味を探す」ことだ。

●「食卓の準備をして雨を待つ」
セリーヌさんは、「時の味」、つまり、時間を調理や食事において大切な一つの要素であることを明らかにするために、ヴィラ九条山のレジデントの一人で、漆工の技法の一つである「乾漆造」を研究するフロール・ファルシネリさんと共同で実験を行った。

──食器を重ねたオブジェが庭に並び、いくつかは土に埋まっています。これは何を表現しているのでしょう?

セリーヌさん:
この作品は、食べる人を同時の関係性で庭につなげるというアイデアから生まれました。庭に用意した食器の中では発酵が進んでいます。あなたは発酵したものを食べるとき、その成分が変化をとげている間、自分自身が何をしていたか考えますか? これは、生命のサイクル内での人間の立場を変えたいという欲求です。食べているのと同時に、いろんなものが土にかえり、庭に栄養を与え、成長させる。それはまた、時間の順応性や、時間とともに現れる変化を活用したいという望みでもあります。

villa kujoyama

●「東山フォンテーヌブロー」
「奥行きの味」の追求において、セリーヌさんはヴィラ九条山の裏にある東山の森で実験を続けている。「東山フォンテーヌブロー」というパフォーマンス作品では、レジデントの一人でグラフィックデザイナーのアレクサンドル・バルギウさん(フランス)と、友人で植物療法士・ハーバルライフスタイリストの村田美沙さん(日本)とコラボレーションした。

 

──「東山フォンテーヌブロー」の参加者は、森を歩きながら、森で採取した苔やヒノキを使ったお茶を飲んだり、映写機で映される映像を眺めたりして、自然と一体になる体験をしました。この作品はどのように生まれたのでしょうか?

セリーヌさん:
「東山フォンテーヌブロー」では、アレックスと美沙と3人で実際に森を何度も歩いて、この自然と一体になるためのさまざまな手段を考えました。集中すること、森の一部になるために、木を使って体を動かすこと(身体と木との対話)、 植物上への映像投影、見つけた植物を味わうこと……。

参加者に「木と一体になってみる」ことを教えてくれるセリーヌさん

私は美沙とこの森で見つけたヒノキやコケを使ったドリンクを振る舞いました。風景の成分を食べて、その風景の中に入ることは、私たちを取り巻くものと一体になるための最終経験だと思っています。

   

植物療法士・村田美沙
旅すること、表現することで見えてきたこと

この「東山フォンテーヌブロー」というパフォーマンス作品で、セリーヌさんとコラボレーションした村田美沙さんは、2019年に植物療法をベースにハーブを衣食住に提案するブランド「Verseau 」を立ち上げ、日本各地のハーブ畑を訪ね歩いて制作したオリジナルハーブティーを販売するほか、ハーブの楽しみを伝えるワークショップなども行っている。

Verseau 美沙さんのつくるハーブティー「Akeru」と「Kureru」

美沙さんとセリーヌさんの出会いは2018年。フランスへ植物療法について学びに訪れた際に、セリーヌさんのケータリングイベントを美沙さんが手伝ったことがきっかけだった。試行錯誤を繰り返しながら「一緒に作る」時間があったからこそ、2人の友情は深まったという。

   

──今回、セリーヌさんとのコラボレーションは美沙さんにとってどのような経験になりましたか?

美沙さん:
私のテーマである「人と植物の関係性」を考える見え方が変化したように感じています。言語も性別も年齢も仕事もまったく異なる3人が自然と対話しながら山を歩き、それぞれが感じたことを一緒になって表現できた経験は、新しいコミュニケーションとしてとても新鮮味がありました。私は言葉以外の伝達方法に興味があるので、この経験で感じたことをもっと深めていきたいです。

──美沙さんとセリーヌさんは2018年にパリで出会って以来の再会ということですが、お互いにどんな存在ですか?

美沙さん:
いつもセリーヌに会うと、自分の心の深いところにある好奇心と触れ合うことができます。今回、1週間程彼女と制作期間を共に過ごしましたが、パリで彼女に出会ったときに感じた、表現することの自由な喜びや興奮を思い出すことができました。なので、これからもますますいろんな場所に出向いて、さまざまな好奇心と出会いたいです。その後に自然と表現したいこと、伝えたいことが湧き出てくるような気がします。

2人の表現者が教えてくれる
「一緒に体験すること」の大切さ

今後は、「植物療法士」という枠にとらわれず、表現することに重きを置いていきたいという美沙さん。一方、セリーヌさんは、残りの日本での滞在時間をインプットのために使いたいと教えてくれた。
食を通じてつながった2人が語るのは「一緒に体験すること」の大切さ。コロナ禍で実体験する場が限られている今、彼女たちの表現が、その価値を改めて感じさせてくれる。

villa kujoyama

──今後、それぞれどのような活動・表現を行っていきたいと考えていますか?

セリーヌさん:
まずは日本中を旅すること、それは、私にとって、生産者、料理人、製品や風景などとの出会いです。10月、美沙と精進料理家の藤井まりさんに会いに鎌倉へ行ってきました。彼女の料理は、哲学や滋味に富んでいるので、学ばせて頂きたいことばかりです。そしてフロールとは、輪島へ塩や漆を見に行きたいと思っています。また、北海道・札幌に行き、納豆の生産や、同じ地域でのウイスキーの蒸留についても学んでくる予定です。

コロナ禍になって、 体験をデジタル化して欲しいという要望が増えたり、集団の料理体験をコロナ禍に「適合」させることを求められたりといった変化がありました。でも、私にとって「一緒に食べる」という行為は、人間が社会生活を送るための、奪うことのできない土台です。距離を取るため、または感覚的な体験をバーチャル化するための道具を作ることに、自分のエネルギーを使いたいとは思いません。これが食文化の未来だとは思わないからです。この状況が治まり、再びみんなで食事ができるようになるのを待っています!

美沙さん:
私はこれまで日本全国を訪れ、人と植物にまつわる土着の文化にたくさん触れてきました。その中での経験を「アーカイブしたい」という欲が高まっています。文化を継承したいということだけでなく、一瞬だけみえる自然の風景や人々の声や感情、実際に体験することで得られるものをアーカイブしていきたいんです。その表現方法は、音楽でも、ダンスでも、映像でもいいと思っています。


Photos by Yusuke Abe(YARD)
写真提供: villa kujyoyama(Rebekka Deubner, Anthony Marques)

【Profile】
セリーヌ・ペルセ
大学で建築を学び、2011年から空間デザインと食材を結びつけた「フード・デザイン」の表現をスタート。フランス・パリを拠点にフードインスタレーションやパフォーマンス作品に取り組む。2016年、17年の「Kyoto Contemporaryプロジェクト」に参加するほか、「精進料理」をテーマにしたフードイベントを行うなど、日本の技術や文化を取り入れたアプローチも行う。2021年9月より京都の「ヴィラ九条山」のレジデントアーティストに参加。滞在期間中「旨味:時間と深みの味覚」をコンセプトに活動する。

村田美沙 
1992年愛知県常滑市生まれ。2017年に植物療法を学んだことから「人と植物の関係性」に着目。国内の薬草文化や生産背景を起点にフィールドワークを行い、国産の薬草を用いたフードプロダクト、ワークショップ、執筆活動を行う。近年は、自身の病気を機に続けてきた心身との対話と、自然環境の大きな変化から得られる感覚をひとつの流れと捉えて、フードやインスタレーションを用いて表現活動を行う。