統計データによると、2020年時点で南アフリカには529のワインメーカーが存在する。ワインメーカーと一口に言っても、そのなかでいくつかの分類があるが、統計データ発行元の南アフリカワイン業界情報システム(SA Wine Industry Information and Systems:SAWIS)は、この数字に含まれるのは「ブドウを破砕しているワインメーカー(wine cellars which crush grapes)」としている。また、ブドウ農家に関しては約2700あり、約9万2千ヘクタールの敷地でさまざまな品種のワインが栽培されている。その55.4%が白ワイン種で、残りが赤ワイン品種。なかでも白ワイン種のシュナン・ブラン(Chenin Blanc)は、南アフリカワインを代表する品種の一つとして知られている。歴史あるワイン・エステートや大手ブランドなども数多く存在するなか、今回は自然派ワインの新興ブランドである「マグナ・カルタ・ワインズ(Magna Carta Wines)」を紹介したい。

©Magna Carta Wines

最初にリリースしたワインは2週間で完売

マグナ・カルタ・ワインズは、南アフリカ人の起業家ンプメレリ(ンプミ)・ンダンギサ(Mphumeleli (Mphumi) Ndlangisa)が2014年に立ち上げたワインブランド。開始当初はシュナン・ブランとピノ・ノワールの2品種をそれぞれ1バレル(約160リットル)ずつ醸造し、600本のワインをリリースした。600本というワインは、立ち上げたばかりの名もないワインブランドにとって、決して少なくない本数。価格も相場より高めに設定していたが、ものの2週間で完売した。ケープタウンのギャラリーでリリースイベント行い、地元のプレスにも取り上げられた。

その後、徐々にブランドを拡大していったマグナ・カルタ・ワインズ。現在は米国を中心に海外展開にも成功している。昨年は、ワイン事業への関心が高い個人投資家からの資金調達を成功させ、3拠点、合計14ヘクタールのワイン農地も取得。現在は、取得したワイン農地におけるブドウ栽培と、そのブドウを使ったワイン醸造に注力している。パンデミックの状況下、よい農地が売りに出ていたそうだ。南アフリカに数多く存在するワイナリーだが、土地を所有している黒人経営のワイナリーは数えるほどしかない。ワイン農地の取得は、マグナ・カルタ・ワインズにとっての新たなステップであると同時に、黒人のアフリカ人にとっても意義深い事実だ。

今後は輸出をさらに増やしていくことで、事業をさらに拡大・安定化させていきたいと考えるンプミだが、地域のファンを増やしていくような取り組みも行っている。たとえば、ケープタウンのワインバーやレストランとのコラボレーションで、少人数制のコースディナーとのワインペアリングイベントなどを開催している。ペアリングイベントでは、それぞれのワインの説明だけでなく、質問にも積極的に応じる。参加者とも近い関係でやりとりを行うことで、マグナ・カルタ・ワインズの地元ファンを獲得しているようだ。

©Maki Nakata

ナチュラル・ワインへの思い

マグナ・カルタ・ワインズの最大の特徴は「ナチュラル・ワイン」であること。できる限り自然の状態を維持するというのがンプミのこだわり。オーガニックの原料を使うのはもちろんのこと、その生産プロセスにもできるだけ機械を使わないという。ブドウを収穫して、足で潰して、バケツに放置して、9ヶ月後に瓶詰めするというのが、究極的な理想のあり方だと彼は言う。添加物を使ったりすることだけでなく、機械を使うことによっても、より自然なものから遠のいてしまうというのが彼の考え方だ。機械を使うのは、季節などによってバクテリア汚染などのリスクが高い場合などだ。彼自身がナチュラル・ワインと出会ったのは2009年。ケープタウンの老舗ワイン・バー、Publik Wineでのこと。「体がポジティブに反応した」と彼は振り返る。

©Magna Carta Wines

自然へのこだわりは、マグナ・カルタ・ワインズのブランディングにおいても体現されている。ブランド名のマグナ・カルタは、自由を象徴するマグナ・カルタ(大憲章)に由来する。ブドウを自由にさせるというのが、ンプミのナチュラル・ワインへの思いの根底にある。ブランド名だけでなく、ワインラベルにも「ナチュラル」への思いが込められている。ラベルは、格式張ったようなワインラベルではなく、自らが描いたモチーフが元になったアーティスティックなものだ。高品質なプロダクトにこだわりつつも、少し手作り感を残すのがブランドのスタイルだ。

南アフリカの土地を伝えるブランドへ

ワイン作りを始める前は、バンカーとして働いていたンプミだが、自分はビジネスマンというよりは、アーティストであり農家(ファーマー)であると語る。マグナ・カルタ・ワインズの今後の展開は、昨年取得した3ヶ所のワイン農地の開拓が鍵を握る。3ヶ所の詳細は、パール(Paarl)に6ヘクタール、スワートランド(Swartland)に7ヘクタール、ヴォルヴンガット(Wolvengat)に1ヘクタール。それぞれ異なる気候と土地の特徴がある。

パールはより温暖で乾燥した地域で、シュナン・ブランを栽培している。スワートランドについては、地下水面がパールに比べて低い位置にあるため、排水の面においてより優れている。さらに、土地の栄養分が豊富なため、ワインにより深みとコクを与えるそうだ。一方、ヴォルヴンガットはより涼しい気候で、土地には花崗岩と石灰岩が豊富に含まれる。土地としてはソーヴィニヨン・ブランに適しているが、気候を加味してピノ・ノワールを栽培している。

©Magna Carta Wines

南アフリカのワイン産業において、いわゆるテロワールの概念は限定的で、マーケティング的な要素が強いとンプミはいう。彼は今後、所有している各土地・地域において、地域資源を生かしたワインづくりをしていきたいと考えている。それはつまりそれぞれの地域の気候や土だけでなく、そこで暮らす人々、ライフスタイル、文化を生かしたワインづくりを目指すということだ。最終的に出来上がるワインに影響する、気候、土地、人的要素すべてを含めたぶどう栽培・ワインづくりの環境こそが、ンプミが考える「テロワール」だ。輸入に頼ったようなプロダクトではなく、地域ごとの故郷―home―を感じられるワインをつくるというのがンプミの思いでもある。マグナ・カルタ・ワインズは、南アフリカの土地によりそった、地球にも人にもやさしいワインブランドなのだ。

©Magna Carta Wines


Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383