あらためてヨーロッパの地図を見てみると、オーストリアがヨーロッパの中心にあることがよくわかる。8カ国と国境を接するオーストリアの首都ウィーンは、古くからドナウ川のほとりに位置する交易の要衝で、1918年まで650年までの長きに渡り、中東欧の広い領土を治めたハプスブルク家の帝国の首都だった。そして、そのウィーンの中心と言えるのが、アーチ形のカーブが美しいホーフブルク王宮。この建物の中央部分を潜り抜けた奥に、広大な土地に王宮に関連する建物群があり、そのスケールは圧倒的だ。

そんな歴史を感じさせるウィーンには、古くから人々が集まるカフェもあれば、新しいカフェもある。朝から夜まで、異なるタイプのカフェを訪ねてみた。

ファッション・ディストリクトのカフェ・バー 「エリッヒ」

ホーフブルク王宮の庭園を抜けた西、ウィーンの7区にあるのが「ノイバウ」という地区。近代美術館やレオボルド美術館が並ぶミュージアム・クォーターの西側には、ウィーンのデザイナーズ・ブランドのショップをはじめ、様々なアパレルの店が並び、大型電気店なども並ぶショッピング街が広がる。ちょっと路地に入れば、グラフィティも目立つ少しヤンチャなストリートもある。

ザンクト=ウルリッヒス=プラッツという通りにあるのがカフェ&バー「エリッヒ」。朝9時からカフェの営業が始まり、夜にはバーになって深夜1時まで賑わう。

朝の早い時間に訪れて、まずはカフェオレから。ヨーロッパではコーヒーはフィルターで淹れずに、エスプレッソマシーンで淹れる店が多い。カフェオレならやっぱりエスプレッソがいい。

朝のプレートをいただく。プレートにハムやサーモンが並ぶ。小さなボールにはアサイー。パンはウィーンのテーブルブレッドの定番「センメル」だ。朝からしっかりとしたボリュームでバランスもいいので、一日の始まりに力強い。

見回せば店内には女性客ばかり。これからアパレル系の仕事に出かける人たちかもしれない。

home_en | ERICH | café – bar

1873年創業の歴史ある 「カフェ・ラントマン」

旧市街と外の世界を隔てた城壁が取り壊されて「リングシュトラーセ」と呼ばれる環状道路に面して、厳かなウィーン市庁舎が建っている。対面するように建つのは、ベートーベンの交響曲第一番が初演された「ブルク劇場」。それを回り込むように歩くと見えてくるのが、1873年創業の「カフェ・ラントマン」だ。白亜の建物が太陽の光を反射して美しい。

創業以降、経営者は幾度となく変わっても、最初にこの町一番のエレガンスなカフェを実現したフランツ・ラントマンの名前はそのまま受け継がれてきた。

エントランス前にはテラス席が並び、初秋の短くなる陽の光とコーヒーを楽しむ人たちが集まっていた。

中に入れば新聞各紙がラックにかけられていて、デジタルに頼らずに活字でニュースを追う人たちも多い。

秋になれば、定番の「マロン・ブラッセルズ」がメニューに登場する。季節の栗をふんだんに使ったスィーツがコーヒーによく合う。店内には甘いものを食べている年配の人たちも多い。男性も女性も、思い思いの時間を楽しんでいて、時間がゆっくり流れているようだ。

Café Landtmann – Vienna’s most sophisticated coffee house –

リーズナブルな日替わりランチ 「オーバーラー」

ウィーンの中心にあるランドマーク「シュテファン大聖堂」からすぐの、古くからの繁華街にあるのがカフェ「オーバーラー」。この店のオススメは日替わりランチだ。平日なら12.9ユーロで、スープ、前菜、メインにデザートが楽しめる。

ちなみにこの日は、パンで作ったシュペックヌーデルのスープ、きゅうりとヨーグルトのサラダ、旬の野菜と米とチキンをパプリカパウダーを入れて煮込んだものに、ラズベリーのチーズケーキ。なかなか旨くてコスパがいい。

Oberlaa | Willkommen in der Konditorei Oberlaa

リタイアしたシニアたちが働く 「フォルペンション」

「フォルペンション」は「年金満額」という意味。比較的若い世代が集まり、学生も多いウィーン中心部の南側の地域にある。住宅地でありながら、ユニークな店も多いが、このカフェはかなり独特だ。

働いているのは年金を受け取っているシニア世代。ウィーンで昔から馴染みのあるスィーツは手作りで、コーヒーと共に午後の時間をおしゃべりと共に楽しんでいる若者が多い。このコーヒータイムのことをオーストリアでは「ヤウゼ(Jause)」と呼ぶ。

もともとは不定期に開かれていたシニアによるカフェイベントから始まって、今ではこの下町の雰囲気がするエリアの人気店になった。

若い人たちが、シニアの人たちの話を聞くのを楽しみにやって来るという。世代の隔たりを埋めてくれる空間はアットホームだ。

Über uns – das ist die Vollpension

映画にも登場 しっとりした雰囲気の「クライネス カフェ」

偶然列車に乗り合わせたアメリカ人男性とフランス人女性がウィーンで一日を過ごすことになる映画「恋人までの距離」が公開されたのは1995年。そのロケ地の一つがこのカフェ。この、それほど大きくない店に着いたのは夕方。コーヒーを楽しむ人もいるが、多くは夕方早めの一杯のビールを楽しんでいた。

食べるものと言えばちょっとした軽食だけ。ほんの少しの隙間の時間を埋めるにはちょうどいい空間だ。夜の予定の前に、すこし気を緩めるのによさそうだ。

オペラやコンサートの前にも後にも「ツム・シュヴァルツェン・カメール」

旧市街のまさに中心と言ってもいい場所にあるのが「ツム・シュヴァルツェン・カメール」。1618年にオープンしたというから、老舗中の老舗だ。だんだん暗くなるころに、8時頃からはじまるオペラやオペレッタ、コンサートに出かける前に軽く「つまむ」客も多いそうだ。

しっかりとした食事も楽しめるが、4㎝×10㎝ほどの薄いパンに具を乗せたオープンサンドなら、シアターに出かける前にちょうどよさそうだ。ウィーンは音楽の都。劇場での公演数は世界屈指だ。夜も更け鑑賞を終えた後に、友人と共に感想を語りあったりするのにも、この気軽さがいいに違いない。

Herzlich Willkommen im Schwarzen Kameel

ウィーンには、これら以外にも多くの個性的なカフェがある。それぞれに特徴があって、メニューも違えば、客層も異なる。ただ共通しているのは、大人が楽しめる空間を提供しているということだ。観光スポットを歩きつつ、カフェを巡る1日を楽しんでほしい。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/