ゲッティンゲンと聞いて、何を連想するだろうか。メルヘン街道の中ほどにある街、グリム兄弟が教鞭をとった大学都市、同大学で博士号を取得すればキスができる少女の像などかもしれない。今回の旅は食をテーマとして、製塩所、コーヒーとケーキで有名なコンディトライ、フラワーソルト、パンの博物館を巡り、あまり知られていないこの街の魅力をご紹介。

また、旅の後半はドイツビールの発祥地アインベックを訪ねた。ミュンヘンで開催されるビールの祭典オクトーバーフェストはあまりにも有名で、ビールと言えばバイエルン州と思いがち。だがかつてアインベックの醸造家がミュンヘンへ出向いて醸造のノウハウを指導したことから、美味しいビールが飲めるようになり、バイエルン州の代表飲料となったそう。その後アインベックは影が薄くなってしまったものの、ビール愛好家なら、一度は訪問して本場のビールを味わいたいと思う街だ。

研究都市 ゲッティンゲン

国内の中部に位置するニーダーザクセン州の商工業都市として栄えたゲッティンゲンは、18世紀前期に大学が設立されてから研究都市として注目されるようになった。その証に、この大学からは多くのノーベル賞受賞者を輩出している。かのグリム兄弟も同大学で教鞭をとった。また欧州環境機関EAAの調査によると、ゲッティンゲンはドイツで最も空気がきれいな街だという。

13世紀に建都されたこの街の古い市街地にはロマネスク様式やゴシック様式の教会、市庁舎をはじめ、木組みの家並みも訪れる客を魅了する。

街の中心にある木組みの家ボルネマンハウスは観光客に人気の撮影スポット。同市の会計係、市議会の評議員を務めたボルネマンの家。

街で最もキスされた少女

なかでも見逃せないのは旧市庁舎前マルクト広場にある「ガチョウ番の娘リーゼル」が目印の噴水だ。シンプルな服を着たはだしの少女が3羽のガチョウを連れている姿を表しており、1901年に設置された。

本来、リーゼルは、当時の街並みを彩っていたガチョウ番の少女たちへのオマージュだったそう。彼女たちの多くはエリザベートと呼ばれていたので、それを短縮したリーゼルが「ガチョウ番」の職業名になったそうだ。

全体の高さは7,10メートル。同市のガチョウ娘の歴史によると、この街の大学新入生は皆、リーゼルに敬意を払い、噴水に登ってキスをする義務があった。ところが夜な夜な集まってくる学生で広場が大騒ぎになり、市当局は1926年にキス禁止法を発令した。市議会がキス解除をしたのは、この像設置100周年の2001年だった。それ以来、ゲッティンゲン大学の大学院で博士号を取得した学生は、リーゼルにキスすることを許されるようになったとか。この伝統は口述試験の後、博士帽をかぶりマルクト広場に出向く決まりだという。

旧市庁舎前マルクト広場にあるリーゼの噴水

ホテルフライガイストでランチ

到着第一日目。宿泊ホテルにチェックインしてから館内のレストランINTUUでまずランチ。駅近くのホテルだったので簡素なビジネスホテルと想像し、料理もあまり期待していなかった。だが客室も素晴らしい上、料理の質の高さに驚いた。同レストランシェフ・アレキサンダー・ツィンケさんの手がける日本と南米のフュージョン料理は、ファミリースタイルがコンセプト。肉あり、寿司あり、グリル肉と皿に好きなものを好きなだけとって味わう。そして北欧デザインの家具に囲まれていただく料理は、また再訪したいと思うほど納得の味だった。

クナイプバスソルト生産の製塩所

腹ごしらえをした後、市内の製塩所「ルイゼンハル」へ向かった。工場内のガイドツワーは、コロナ禍でしばらく中止していたが、ラッキーなことに8月初旬から再び一般客にもオープンしたという。

ここで生産された塩は食塩として使われることが多いそうだが、「実はこの街の製塩所でつくられた塩の得意先の一つは、クナイプ(Kneipp)なんです」とガイドさんが教えてくれた。日本でも大人気の入浴剤やボディケアで知られるクナイプ製品。そういえば、今年は創始者セバスチャン・クナイプ生誕から今年で200周年。まさかゲッティンゲンとクナイプが繋がっているとは思いもよらなかった。

市内巡り

 
この後、市内を散策しながら、コンディトライ「Cron &Lanz」で一休みした。1876年開業の同店は、美味しいケーキとコーヒー、プラリネとバウムクーヘン、そしてカカオたっぷりのホットチョコレートで有名な老舗店。 平日の午後にもかかわらず、あふれかえる客で大賑わいだった。

噂のホットカカオは後を引く美味しさ

夕食は、歴史的市庁舎地下レストラン通称ラーツケラー「Bullerjahn」でいただいた。ドイツの各地にある市庁舎地下によくあるこのラーツケラーは、かつて市議会や評議会が会議の終了後に集まってワインやビールを嗜んだ憩いの場だった。現在は民間レストランとして営業されており、当たりはずれのない満足する味で値段も良心的だ。

フラワーソルトにパンの博物館

翌朝、最初に向かったのは地元の塩を使ってフラワーソルトを生産するギリシャ人女性ソウメラさん宅へ。自宅のガレージでつくり始めたフラワーソルトは、今や地元でも知られる人気商品となった。手作りのフラワーソルトは何ともいえない優しい味で、食材の持つ味を引き出してくれる。

ミニモッツアレラフラワーソルト添え

次の訪問先は欧州パン博物館。ドイツと言えば3000種類以上のパンが毎日店頭に並び、市民のお腹を満たしてくれるが、ここでは欧州での穀物農業の歴史やパンを焼きあげるまでの工程、加工や製粉の歴史を紹介。広大な庭で飛び回ることも出来るし、パンを焼く体験コーナーもありと、子どもも楽しめるアトラクションを多種提供している。

博物館入口に見えるプレッツエル

ハーデンベルク古城ホテル

ランチの後、ゲッティンゲンから南へ15㎞ほど離れたハーデンベルクへ向かった。宿泊先ウェルネス・ロマンティックホテル「ハーデンベルク古城ホテル」に荷物を預け、隣接するジン・ウィスキー蒸留所へ。1700年創業以来、優れた原料と卓越した蒸留技術を支えてきた同所は、2019年に伝統と革新をモットーに近代化。原材料は現地で直接栽培・加工されており、地産地消の特産品だ。

同ホテルは、ウェルネス、ゴルフ、狩猟を愛する客に人気のある隠れ家的な5つ星高級ホテル。ドイツの中央に位置し、隣接する州はなんと7州と立地条件も大変良い。静寂と優雅を提供するこのホテルは、シルバー族に好評だというが、若者もきっと満足すること間違いだろう。

マスタードとビールの街アインベック

翌朝、次の訪問先アインベックまでさらに南へ約30kmの道のりをドライブ。ニーダーザクセン州の州都ハノーファー近郊のアインベックは14世紀から15世紀にかけ、北ドイツ最大の都市のひとつだった。ハンザ同盟都市として貿易で繁栄した名残が今も華麗な木組みの家並みに見られる。それもそのはず、アインベックは「ドイツ木組みの家街道(北はエルベ川河口から南のボーデン湖に至る3000㎞の道のり)」の街としても注目を集めている。

約100年の歴史を持つ地元マスタード

最初に向かったのは、この街の中心部にマスタード工場を構え、約100年の歴史を誇るアインベッカーマスタード社。同社のモットーは、手作り、石臼挽きの工程、地域の原材料を用いること。本社と隣接する店舗では各種のマスタードやオリジナルボックソーセージを販売しているのでお土産に最適だ。現CEOのライナー・コッホ氏の解説を聞きながら10種類のマスタードを味見した。お薦めはボックビールマスタードと当社オリジナルのボックソーセージだ。

同社オリジナルボックソーセージ

アインベッカービルとボックビール

アインベックでは13世紀頃からビール醸造が始まり、14世紀から重要産業としてビールの輸出に大きな貢献をした。そのためアインベックは今も「ビールの街」として知られる。

当時は各家庭でビールが醸造されていた。しかしビールづくりは、30年戦争(1618年から48年)で街が破壊され困難な時期を迎えた。その後、各醸造家たちが共同でアインベッカー醸造所を立ち上げ、この街のビールづくりを象徴する存在となった。

当地のビールでよく知られるのは、褐色のボックビール。アルコール度数6.5%以上の強いビールで、このビールが原型となりドイツ全体に広まったと言われる(通常のドイツビールはアルコール度数4.5%から6%)。ボックの名の由来は諸説あり、アインベックがミュンヘンで訛ってアインボックと言われ、それが短縮されてボックと称されるようになったとか。いずれにせよ、アインベック発祥のボックビールが、南部で発展していったのは間違いないようだ。

アインベック発祥と言われるボックビールは一般のビール(4-5%)よりアルコール度数の高い(6.3-7.5%)ため、身体を中から暖めてくれる

観光と言えば、建物や記念物に目が行きがち。だが、その地で生まれた特産品は長い歴史の中で生まれてきた。現地を訪問して地元ならではの味を是非体感してほしい。


フライガイストホテル 
ルイゼンハル製塩所 
ラーツケラー Bullerjahn  
Cron und Lanz
欧州パン博物館  
ハルデンベルク古城ホテル  
アインベッカーマスタード  
アインベッカービール   

取材協力・取材協力
ニーダーザクセン州観光局 

All Photos by Noriko Spitznagel

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員