「中国人は国外旅行先でも、中華料理を食べたがる」という評判がある。世界各国、食べ慣れた食事が恋しくなるのは人のさが、それでも特に中国人が世界のどこへ行っても中華料理にこだわる姿は印象的だ。しかしこの定説は、大きく様変わりしつつある。

ミシュランガイドが正式に中国進出を果たしたのは、2016年のこと。本国から来たシェフによる、日本をはじめとする世界の本格料理を出すレストランが増え、中国のワイン輸入量は2018年の統計で7億1700万リットルと、5年間で倍増。国内でのワイン生産にも注力し、近年その品質は驚くほど向上している。若いカップルが、フランス料理店でワインと食事を楽しむ様子や、祖父母と孫がイタリア料理店で食事をする風景も、頻繁に目にするようになった。

食の多様化が進む中国で、美食家たちを心酔させる旅をアレンジする、“フード・キュレーター”がいる(新型コロナウイルスの感染拡大によって、出入国制限があるため現在は休止中)。

耳慣れない言葉、「フード・キュレーター」と自らを称する北京在住のLin。主に欧州の、一流レストランの予約や移動手段を効率よく手配し、美食づくしの旅をキュレーションする。彼女は1年の大半をヨーロッパ各地で過ごし、国内にいるときにはフードイベントやレストラン審査員などの依頼を受け飛びまわり、飲食業界で彼女を知らない人はいない。

彼女が旅の案内するグループは、中国人美食家たちのグループ、それからプロの中国人シェフやソムリエ、マネジャーからなるグループの2種類だ。美食家たちのグループは、海外旅行の経験があり、国内でも輸入ワインをたしなみ、5つ星ホテルや高級レストランで西洋料理になじみがある。経済的に、そして時間的にも余裕のある舌の肥えた人たちだ。彼らは、自分たちのまだ知らない、さらに一歩先の極上ワインやリキュール、星付きレストランでの最高級の食事体験を渇望している。

一方プロのシェフやソムリエのグループは、中国大手のホテルや有名レストランのオーナーが送り込む参加者だ。外資系ホテルやレストランと違い国内大手企業では、西洋料理の味わいや、技術を本格的に学ぶ機会が少ない。そこで、オーナーたちが若い中国人シェフやソムリエ、マネジャーたちを育てるため、研修の一環として派遣しているのだ。

アレンジするのは、予約の取れないミシュランの星付きレストランや、こだわりのワインを生産するワイン農家など、個人での手配が困難な美食家垂涎のラインナップ。例えば、フランス・ミシュランガイドで2つ星を獲得し、イギリスの業界紙が選ぶ「世界のレストラン・トップ50」で4回、最優秀レストランに選ばれたデンマーク・コペンハーゲンにある「noma」。シェフが史上最年少でミシュランの3つ星を獲得した、イタリア・ルバーノにある「Le Calandre」。惜しまれつつ閉店したあの「エル・ブリ」で腕を振るっていたシェフ3人が開店させた、ミシュラン2つ星のスペイン・バルセロナにある「Disfrutar」などだ。

「ミシュランの星がついているから」という理由で選ばれた店はなく、料理やレストランの背後にあるストーリーに共鳴し、シェフとの会話と交流を重ねた上でLinが独自に厳選した店ばかりだ。特に親しいコペンハーゲンの「noma」へは、シーズン中に何度も足を運ぶ。創業者であり料理長のシェフ・レネの仕事ぶりを、「常に新しいことにチャレンジし、自分を追い込み、北欧ならではの厳格な仕事をする人。季節を尊重した初物食材を多用し、市場で買い集めるのではなく自分とチームの足でキノコやジビエ、貝や海藻を取りに行く。食材にこだわったビジネススタイルは、大変素晴らしい」と絶賛。キッチンやレストランのチームの雰囲気が良いのは有名な話だろう。シェフのレネと、彼のチームとは家族のように親交が深く、中国の旧正月の時期にコペンハーゲンを訪れた際には、Linがキッチンで水餃子を振舞ったこともあるほどだ。

中国では、メディアなどの情報よりも、家族や知り合いの言葉、そして口コミサイトの信頼性が極めて高い。旅行や外食、美容室から病院まで、口コミサイトでの評判を確認してから決める人がほとんど。そして、自分も書き込みをし、他の人へ情報シェアするサイクルが確立している。Linもまた同様に、自国の人たちに自分が体験した料理の美味しさ、中国にはない新しい概念、芸術的なプレゼンテーションの美しさをシェアしたいと考えた。SNSや口コミへの書き込みの代わりに、友人や知り合いにその良さを直接語り、自身の食体験をシェアした。すると「じゃあ次の海外旅行は、そのお薦めレストランで食事をしたい」という反応が多く、友人や知人のためにLinは喜んで手配をした。

彼女の手配に満足した彼らが今度は、「次はLinも一緒に行こう」と口々に声を掛けてきた。それならば小グループで出かけよう、と自然な流れで美食の旅グループが誕生していったのだ。「彼女の手配するレストランやワインは、はるばる旅する価値がある」と噂が広まるのはあっという間だ。知る人ぞ知る、SNSにも載っていない、そんな特別感に美食家たちは高揚し、参加希望者が後を絶たない。

この旅は、現地のホテルやランドマークでの集合・解散を基本にして、食事以外の時間はフリーだ。レストラン側の都合を最優先に、忙しくない曜日や、休業日、ランチタイムを中国からのゲストで貸し切り予約できるよう交渉する。これならば、店側にも他の顧客にも迷惑をかけず、中国人客は貸し切りという特別扱いに上機嫌になる。星付きのレストランは季節ごとにメニューが変わるため、同じレストランにまた来たいと申し出る参加者も。リピーターも多く、集合に遅刻する人や、当日になって来ない客、ドタキャンもゼロだそうだ。

旅行好きの中国人は、早くコロナウイルスの感染拡大が落ち着き、国外旅行に出られる日を待ち望んでいる。「旅行に出られる日が来たら、真っ先に日本を訪問したい」と意気込む人が多く、日本で美味しいものをたくさん食べたいという理由が圧倒的で、頼もしい。彼らの旺盛な好奇心と消費意欲がいま、中華料理に固執しないばかりでなく、地球規模での食体験へと扉を開いている。日本でのフード・キュレーターの旅も間もなく実現しそうだ。


Lin (Lynn Zhu)
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Yukari Isemoto-Posth  ライター
航空会社、ホテル勤務の後、転勤でヨルダン暮らしをスタート。のちにドバイ、上海、蘇州、北京在住。働き、生活しながら見えてくる地元のカルチャーやライフスタイルを中心に執筆中。雑誌や機内誌、機関誌等に寄稿。