7月中旬ドイツやベルギーを襲った豪雨と洪水被害は、地球温暖化に伴う異常気象への危機感を一段と高めた。100 年に一度と言われた今回の大災害について、専門家の多くは「温暖化による大気中の水蒸気増加が要因の一つ」だという。

気温の上昇、水不足など、様々な理由が積み重なってワイン用ブドウ畑の環境も変わりつつある。そして温暖化に対応するため、ブドウ栽培における持続可能性と生物多様性がますます重要なテーマとなっている。世界的にも急斜面のブドウ畑が最も多く分布しているモーゼル地方と、ドイツ最大のワイン生産地ラインヘッセン地方のワイナリーを巡り、どんな取り組みをしているのか探った。

モーゼル河畔の街トラーベントラ―バッハの景観・ドイツ人にも大人気のモーゼル地方は美味しいワインのパラダイス

持続可能なブドウ栽培のカギは生物多様性 

  
ドイツの気候温暖化の兆しは1990年頃から始まった。これに対応すべく多くのワイン醸造家は、フェアアンドグリーン、デメター、エコヴィン、ビオラント、ナトゥアラントなどのビオ生産者団体ガイドラインやシールに基づいて認証を得て、エコロジー、経済性、社会性などの観点からワインの製造工程全体で配慮し始めた。今回はこれらのビオ生産者団体に加盟しているワイナリーの活動を見学した。

ブドウ畑には雑草や花をあえて生育することで、昆虫や生物と共生している

ワイン醸造の要となるブドウ畑を取り巻く環境を見ると、例えば大きさわずか15㎝のヒゲホオジロの繁殖鳥を見ることはほとんどなくなった。厳重に保護されている鳥類はレッドリスト(絶滅危惧種)に掲載されており、その分布は急斜面のブドウ畑が多いモーゼル地方に集中しているそうだ。ドイツに500組しかいない繁殖ペアの半分は、急な坂道の暖かい斜面に生息している。モーゼルプロジェクトは、そんな背景から始まった。

モーゼル河畔のスレート壁の爬虫類や昆虫ホテル「ライフタワー」の一例

モーゼルプロジェクトは、動物や植物の生息環境と、地域のブドウ栽培の伝統を調和させることを目的としている。ブドウの木の間の路地では、緑の花が咲き、その間にスレートの壁を作ったり、昆虫のホテル、爬虫類や両生類の生息地になっている。これにより、生物多様性の高い生態系は、気候変動の影響を受けにくくなるという。

モーゼル河畔のスレート壁の爬虫類や昆虫ホテル「ライフタワー」の一例

さらに生物多様性の高い土壌では、水の貯留や浸食の防止も可能になる。害虫もほとんどいなくなり、カラフルで生き生きとしたブドウ畑は観光客を惹きつけている。地元のワイン生産者は、ワインランドスケープを維持するために自然との共生に多大な努力を重ねており、その様子がひしひしと伝わってきた。

ドイツでは、このホオジロチョウ科の繁殖鳥を見ることはほとんどない。この希少な鳥類に敬意を表し、その保護のために、新設されたのがヴォルフ村からモーゼルシュタイクを繋ぐハイキングコース「ヒゲホオジロルート」だ。

「希少な鳥類保護のために導入したこのハイキングコースでは、自然体験ガイドが専門的な情報をもとに、美しいモーゼルの風景の中に導いてくれます。昆虫、爬虫類、鳥類、小型哺乳類など、さまざまな種類の生物に避難場所や冬眠場所、さらには新たな生息地を提供しています。モーゼル地方のライフタワーが100基以上になったことを誇りに思います」と、語るのは、モーゼル地方地域保全担当者のカーステン・ネィス氏だ。

生物多様性への取り組み

ドイツ連邦環境省は、持続可能なブドウ栽培を推進中だ。生物多様性に関する連邦プログラム持続可能なブドウ栽培のための協会「フェアングリーン」や、ブドウ栽培を専門とするガイゼンハイム大学と協力している。

ガイゼンハイム応用科学大学応用生態学研究所のイロナ・レイヤー教授は、プロジェクトBioQuis(急傾斜地のブドウ栽培における横方向のテラッセによる生物多様性の促進の略語)と、フェアアンドグリーンのプロジェクトAmBiToを用いて、ブドウ栽培による景観の生物多様性向上の可能性を紹介してくれた。

イロナ・レイヤー教授のセミナーに聞き入る参加者

ガイゼンハイム大学と言えば、ドイツ最高峰のワイン専門高等機関。レイヤー教授を中心に進めている2つのプロジェクト(BioQuisとAmBiTo)は、同大学のブドウ栽培研究所とクロースター・エーバーバッハ醸造所がアスマンスハウゼンに所有するブドウ畑で研究中だ。

従来の縦型栽培と比較して、テラッセの横型段々畑による栽培プロジェクトBioQuisは、ブドウの木、収量、アロマの形成、成分、ブドウの木の健康にどのような影響を与えるのか?という問いに対し、同教授は、テラッセの成功例をこう語った。

急勾配のブドウ畑

「ブドウの木の水分バランスと、微気候が関係しています。これらの要素は、畝の向きを変えることで変化します。2018年6月に豪雨では、テラッセのブドウ畑はうまく乗り切りましたが、従来の縦型ブドウ畑は完全に破壊されてしまいました」

またプロジェクトAmBiToの目的は、ブドウ栽培において生物多様性を促進する施策を実施し、長期的に適用することだ。今回訪問したブラウンウェルワイナリー(ラインヘッセン)やゲオルグ・ブロイヤーワイナリー(リュ―デスハイム)などの34のモデル農場と50以上のパートナー農場がすでにプロジェクトに参加しており、実用的で応用の利くソリューションを提供している。

「AmBiToは、この課題に取り組み、生物多様性を促進するための実用的な手段を共同で開発・実施しています」と、醸造家ステファン・ブラウンウェルが説明してくれた。ちなみにラインヘッセンは国内初のビオワインが誕生した地域だ。

ワイナリーセラーにてステファン・ブラウネウェル氏

日本人観光客に人気の高いラインガウ地方リュ―デスハイムで昼食をとった後、AnBiToのモデルワイナリーゲオルク・ブロイヤーを訪ねた。  

「人、自然、気候におけるより大きな責任を持ち、同時に高品質のワインを生産すること、これがドイツにおけるぶどう栽培先駆者たちの原動力となっています」と抱負を述べるのは、ブロイヤーワイナリーを運営するテレサ・ブレイヤーさん。

「持続可能性は以前よりずっと重要なテーマとなりました。ブドウ畑だけでなく、チームの社会的環境における課題として重く受け止めている。最初の一歩を踏み出し、自分たちのことをもっと知ってもらい、さらに美味しいワインを醸造していきたい」

ワイナリー直営店にてテレサ・ブレイヤーさん

「参加ワイナリーの数は恒常的に増加しています」と同プロジェクトを推進するフェアアンドグリーンビオ生産者団体の会長キース・ウルリッヒ博士は、今後の見通しをこう語った。「3年後にはヨーロッパ全体で約200のワイナリーがAnBiTo に名を連ねるだろうと予想しています」と期待している。

宿泊ホテル内のレストランで夕食をいただきながら 、モーゼル地方のワイナリーを運営する醸造家とエコヴィンCEOを囲んでお話しを聞いた。

トラーベン・トラ―ルバッハ、モーゼル河畔ロマンティックユーゲントシュティルホテル ベルビュー 右の塔はワインのコルクをかたどったそう

レーマーケルターワイナリーは、1970年代末から有機栽培を開始し、当時のこの分野の先駆者の一人。父のビオ農法を受け継ぎワイナリーを運営する10代目の醸造家ティモ・ディーエンハートは、オーガニック基準、エコヴィン基準、デメター基準などを上回ることを目標に、持続可能で有機的、CO2ニュートラルな生産を行っている。1995年よりエコヴィンの会員となった。

ホテル内バーにて・左からディ―ヱンハート氏、中・エコヴィンCEOペトラ・ノイベルさん、右・メルスハィマー氏

1995年から有機栽培、2013年から世界最古のビオ生産団体デメターの認証を取得している醸造家トーステン・メルスハイマーのワイナリーでは、香り高いリースリングワインを中心に優れたスパークリングワインが人気。メルスハイマーの個性がはっきりと認識でき、創造的で多様な製品で感動を与えてくれる。

「5世代にわたって主に急斜面でブドウを栽培してきました。猛禽類が再び私たちのブドウ畑の上を旋回し、無数の昆虫や小さな生き物がブドウ畑を這い回り、キョロキョロと動き回り、絶滅の危機に瀕している7種の蝶々が飛び回るようになりました」と、メルスハイマーは声を弾ませながら語った。

生物多様性とブドウ栽培、エコロジーと最先端の技術は相反するものではない。その最たるものが、1664年に創業したカープ・シュライバーワイナリーだ。モーゼル渓谷を望むブラウネベルグの同ワイナリーのブドウ畑は、モーゼルプロジェクトに参画しており、種と生息地の多様性が絶妙なバランスで保たれている。

現在、この伝統的なワイナリーは、13代目のヨブスト・ユリウス・カープ氏によって運営されている。

モーゼル地方カープ・シュライバーワイナリーのブドウ畑にて 

テラッセ式のブドウ畑成功例

南チロルのモデルに基づいて新たに作られた横向きのテラッセでは、植物が生い茂った斜面と、ブドウの木の間に咲く色鮮やかな花の海が印象的だ。ここには、トカゲやカタツムリ、モーゼルアポロ蝶やバッタなどが生息している。

テラッセの利点は、急勾配のブドウ畑の段々畑の作業がより労力をかけずに、より効果的に行えるようになる上、斜面の畑と比較して格段と整備しやすくなる。7月に発生した豪雨災害など、極端な天候の場合には、より多くの保護を提供してくれる。今後、異常気象がますます頻繁に起こる気候変動の時代には、これは大きな利点となる。

今回訪問したトラーベン・トラバッハにあるワイナリーのマルクス・ボール氏がテラッセのブドウ畑で作業のデモンストレーションをしてくれた。最大70%の傾斜を持つ特殊な加工技術を用いたブドウ畑で、様々な複雑な追加装備を備えた、非常に操縦性の高い「Vitrac」と呼ばれる車両は、強い味方だ。

この車両で実際にテラスを走らせてくれた。マルクス・ボール氏

一方で、専門家は急斜面でのテラッセ栽培が急激にブームになるのかどうかは不明だと見解を示す。なぜならば、大型機械を使って大規模かつ高額な設計変更を行い、ブドウ畑を植え直さなければならず、長期的な展望と忍耐を強いられるためだ。

解決策はワイン生産者、取引業者、顧客の協力で成り立つ

こうした説明を聞くと、気候温暖化に対応するために着々と準備が進められている印象を受けた。だが、温暖化は、想像以上に急速化している。

「ワインは気候変動に対して非常に敏感に反応します。このことは、例えば、土着のブドウ品種の種類の変化にも表れています」と、ワイン業界で気候保護と持続可能性をテーマに活動する専門家ヘレナ・ポンシュタイン博士は語る。

ヘレナ・ポンシュタインさん

1本のビオワインには醸造家たちのたゆみない努力と情熱がたっぷり詰まっていることを改めて実感した。次回ワインを飲むときは、ワイナリーの思いをしっかりと受け止めて味わいたいと思った。
——
取材協力:ドイツワイン協会(DWI)Deutsches Weininstitut

All Photos by Noriko Spitznagel

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員