うつわや茶の道具に興味があったり、日本茶の味わいを愉しむ方なら、「茶方會(さぼえ)」の美しい世界観に触れたことがあるかもしれない。和食店「八雲茶寮」をはじめ、食空間を通して、現代らしい日本文化のあり様をデザインし、提案してきたSIMPLICITYの緒方慎一郎氏が手掛ける茶方會は、日常にある「お茶」を掘り下げるとともに、産地や製法、味わいの違いなどを紐解き、現代における茶の様式を創造している。

新緑が色を増し、さわやかな初夏の風が気持ちの良い5月下旬。新茶が出揃うこの季節に、東京・東山にあるHIGASHI-YAMA Studioにて、茶方會による約50種類もの茶葉や茶道具の数々のお披露目会が開催された。

中目黒の喧騒から、一つ通りに入って並木の坂道を登るとみえてくるHIGASHI-YAMA Studioは、同じく緒方慎一郎氏が手掛ける日本食レストラン・HIGAHI-YAMA Tokyo/Loungeのある場所だ。1998年の開店以来、20年以上愛されてきたこの店は、現在はHIGAHI-YAMA Studio として、日本の食文化の発展に貢献するさまざまな活動に取り組んでいる。茶方會もこれまで、日本茶の魅力を紹介する「茶学の会」などを定期的に開催している。

ひっそりとしながらも凛とした佇まいの外観からは、一見なんのお店なのかわからない。建物の外壁の脇にある石段を登ると、庭が広がっていた。初夏の日差しのなか、手入れをされた池をすぅっと泳ぐ金魚が、目を涼ませてくれた。

茶の樹

新茶の季節とお茶の種類

立春から88日を数える日(通年5月の最初の頃)は「八十八夜」と言われ、お茶農家では新茶の最盛期を迎える特別な季節だ。冬のあいだ栄養を蓄え、春に芽吹くやわらかな茶の新芽には旨味が詰まっている。とくに一年の最初に採れる新茶には、栄養分がたっぷりと含まれているのだという。

ところで、私たちが普段飲んでいるさまざまな種類のお茶(緑茶、ほうじ茶、玄米茶、ウーロン茶、紅茶etc…)が一つの茶葉からなることをご存知だろうか?原料となる「茶の樹」から収穫した茶葉は、「蒸す」、「炒る」、「発酵」、などのさまざまな製法によって、何種類ものお茶に姿を変えるのだ。

茶方會の茶

茶方會では、産地や品種の違いのみならず、製法の異なる茶葉を合わせた独自の合組「合茶」をはじめ、日本各地より厳選した個性豊かな緑茶や番茶、旬の果物やハーブを合わせたブレンド茶など、50種類以上もの日本茶の新しい味わいを提案。茶方會の立ち上げから深く関わる櫻井焙茶研究所の櫻井さんに、これらのお茶をどのように選定し、独自のブレンドをつくっているのか、お話を伺った。

「私たちがお茶を選ぶ際は、農家さんから荒茶(茶畑で摘んだ茶葉を一次加工したもの)の状態で見せていただき、例えば今年はちょっと火入れを強めにしてください、などその時々に応じてお願いをして仕上げていただいています。また、産地や農家さんごとに特徴がありますので、そこを崩さないように。鹿児島だったら深蒸しのちょっとコクがあってまろやかなタイプ、八女だったらすこし甘めが良いとか、京都だったからすっきりした渋味と甘みのバランスが良いタイプを探したり。テロワールを表現しやすいよう産地の良さを考えながら選んでおり、あとは一定のレベルのお茶をちゃんと探す、ということを大事にしています」

「ゆたかみどり」の茶葉

日本茶の愉しみ方

鹿児島県南九州市にある、お茶の生産量として日本一を誇る知覧茶の代表的な品種だという「ゆたかみどり」を試飲させてもらった。明るい緑色が美しい煎茶は、新茶ならではの豊かな香りに、口当たりはとてもまろやか。出汁を感じさせるような深いコクがあり、とても美味しい。

茶方會は、茶葉に合わせてさまざまな淹れ方も提案している。お茶の味は、茶葉の量、湯の量と温度、湯を注いでから湯呑に注ぐまでの抽出時間で決まるのだという。緑茶のもつ旨味や甘みをより引き立てたり、芳ばしさや渋味を愉しむための淹れ方にはそれぞれの手順があり、一煎目、二煎目、三煎目と味わいが変化する。丁寧に淹れられた一杯のお茶は、普段何気なく飲んでいたものよりも何十倍にも美味しく感じられるから不思議だ。

続けていただいたのは、同じく「ゆたかみどり」を使った水出しの冷茶。シャンパンクープ型の広口で浅底の華奢な硝子に注がれた若緑色の冷茶は、見た目にも涼しげだ。すっきりとした口当たりに、旨味がしっかりとある。同じ茶葉を一つ使うだけでも、煎茶、冷茶と違った美味しさを味わうことができる。

日本茶の魅力をあらためて知る

櫻井さんは、「日本だけを見ても、一つの茶葉からこれだけのものが作られているということを知っていただくということは非常に良いこと」と語る。

「身近にありすぎて気づかなかったものは沢山あると思います。その中に実は、日本の特有の技術だったり、伝統や受け継がれているものの良さがあるので、僕たちはそこをもう一回深掘りし、その価値をもっと知ってもらいたいという想いで活動しています」

お茶を愉しむ時間が豊かになる、茶方會の茶道具

茶の味わいをより引き立て、愉しむためにさまざまな茶道具を茶方會ではデザインしている。硝子の冷茶器や、陶器の急須、白磁の湯呑など、美しい道具が並ぶ。

平急須は玉露や上級煎茶を淹れる時に使うのだそう。
「平急須は、茶葉がゆっくりと広がります。じっくり淹れることによってお茶がゆっくりと開いていくので、旨味がしっかりと出るのです。また、二煎、三煎と、この茶葉が開いていく様子を見ても愉しめるように作られています。ゆっくりとお茶を愉しむ時にこういったものを使っていただくと、その時間が豊かになるのではないかと思っています」

手前から:陶器の一文字急須、陶器の平急須

試作段階だという四方宝瓶は、木製の器を重ねて収納することができ、隅に茶漉しがついていて、ここで茶葉が漉せる仕組み。軽いため、ピクニックにも持っていけるようにと遊び心も感じられる美しいデザインだ。

湯呑は、白磁、青磁、黒陶の焼締めの3種類の陶磁器に、形もさまざま。
「例えばこの丸盃は、玉露や煎茶がすっと入ってくるような感じ。持ちやすく口当たりも良いです。形によって、香り系のほうじ茶向き、緑茶向きなど使い分けられます。日本茶だけではなく、紅茶、中国茶や台湾茶などのさまざまなお茶がありますが、例えばこの瓢湯呑はコーヒーなどを淹れても、非常に香りが立つと思います。バリエーションがありますので、香りやお茶の味、お茶の色に合わせていろんな茶器、湯呑を使うことによって愉しめたり、香りを閉じ込めたり。そういったことも考えながらつくっています」

白磁の湯呑:手前から丸盃、丸湯呑、瓢盃、瓢湯呑

茶方會の様式を継承している櫻井焙茶研究所では、コロナ禍で海外からの客は減っているものの、若い世代を含めて幅広い世代の客が増えているという。

「特に若い方たちは、普段お茶を飲む機会が少ないかと思います。急須で毎日お茶を淹れるかと言ったらなかなかそうではない。ペットボトルが普通の世代になってきているので。そんな中でも、お茶を淹れる時間や、道具などのデザイン的な部分も含め様式を知っていただくことで、これかっこいいな、といった視点からお茶を始めてもいいと思いますし、切り口としてはお茶を難しく考えずに、道具を愉しみながら飲んでいただくと一番いいかなと思いますね」


茶方會
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