ルクセンブルグの投資会社であるLetterOne Groupが運営するGlobal Perspectivesが発表した、ウェルビーイングに関する指標の150ヶ国を超える各国のランキングで、南アフリカは最下位。この指標は、血圧、血糖値、糖尿病リスク、肥満、うつなど10の評価基準をベースに算出されたもので、南アフリカは、肥満、アルコール、運動不足が特に課題だ。2016年の政府の統計データによると、南アフリカの15歳以上の女性の3分の2(68%)が、太り気味(BMI25以上)もしくは肥満(BMI30以上)である。「不健康国」の南アフリカだが、ある程度の可処分所得があれば、意外にもローカーボ食品の選択肢は少なくない。南アフリカで有名なバンティング・ダイエットと、ケープタウンで手に入るローカーボ食品とは。

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バンティング・ダイエットの普及

世界には、健康になるための情報や食事法、減量法などは、さまざまなものが溢れ、その効果や信ぴょう性の見極めは難しく、流行り廃りもある。日本でも「低GI」「ローカーボ(低炭水化物)」「炭水化物抜きダイエット」などというキーワードが流通しているようだが、南アフリカにおいても、いわゆるローカーボの概念が普及している。

糖質を制限する食事法は、米国などではケト(ジェニック)・ダイエット(Keto/Ketogenic diet)や、アトキンス式ダイエット(Atkins diet)などの名前で普及しているものがあるが、南アフリカでよく知られているのは、バンティング・ダイエット(Banting diet)と呼ばれるものだ。低炭水化物かつ良質な脂質摂取を推奨する手法をわかりやすく伝えるため、LCHF(ロー・カーボ・ハイ・ファット)と表現されることもある。

バンティングの名は、19世紀、英国王室御用達の葬儀屋を営んでいたウィリアム・バンティング(William Banting)に由来する。彼自身、糖類が好きで長年肥満に悩まされており、さまざまな減量法を試したが失敗していた。しかしあるとき、ウィリアム・ハーヴィー(William Harvey)医師のすすめで、バンティング・ダイエットのもとになるような食事法を実施し、1週間に約1ポンドの減量。60代後半で、202ポンド(92kg)から156ポンド(71kg)への減量に成功した。食事法は、砂糖やでんぷん質などを避け、肉、緑の野菜、フルーツ、辛口ワインを摂取するものであった。1863年、バンティングはその経験を公開書簡としてまとめ、発表した。

南アフリカでのバンティング・ダイエット普及に寄与したのは、南ローデシア(現在のジンバブエ)出身の南アフリカ人科学者、ティム・ノークス(Tim Noakes)である。ノークスはスポーツ科学の分野などでの研究を重ねてきた人物で、2014年、栄養士と2人のシェフとの共著で、バンティング・ダイエットを解説・推奨する本「The Real Meal Revolution」を出版した。本では、現代人の食生活において、炭水化物が主食となった経緯、脂質が悪として認識されるようになった経緯などが説明され、LCHFの食事法に関するアドバイスとレシピが紹介されている。多くのダイエット法でそうであるように、親しみある味とメニューを再現するためには、炭水化物・糖質を代替するような食材の存在を知ることは重要だ。

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南ア・ケープタウンのローカーボ食品事情

南アフリカでは、とうもろこしの粉をマッシュポテト状にまとめあげたパップがローカルな主食として有名なほか、多様なパンや焼き菓子が簡単に手に入る。砂糖が大量に使われたアメリカン・サイズのケーキやタルトが売られ、コカコーラなどの甘味飲料も人気だ。2018年、南アフリカはアフリカ大陸で初めて、「砂糖税」を導入した。これは砂糖入り飲料(sugar-sweetened beverages:SSB)の砂糖の含有量に対しての税制。税率は、1リットル当たり価格の11%に相当する。同様の砂糖税は、英国、フィンランドなどの欧州各国、メキシコ、フィリピンなど、世界各地約40ヶ国で導入されている。世界保健機関(WHO)は、20%の税率を推奨しているが、このベンチマークに批准している国はない。

ケープタウンのスーパーでは、さまざまな砂糖や小麦粉の代替品が売られている。砂糖の代替品である、キシリトールやステビアなどは、多くのスーパーやドラッグストア、健康食品の店で簡単に手にいれることができる。チョコレートやクッキーなどのお菓子も、シュガー・フリーと書かれた、砂糖の代替品を使用したローカーブ製品が売られている。小麦粉の代替品としては、アーモンドフラワーやココナッツフラワーが多種のブランドで展開され、こうした小麦粉の代替品を使用したケーキ・ミックスやローカーブのパンもある。

さらに、麺類の代替品として一般的なのが、ズッキーニやマロウを、パスタ状にしたものだ。スーパーには、ズッキーニのほかに人参やビートをパスタ状に加工した商品も販売されている。また、こうした野菜をパスタ状にカットするための調理器具も簡単に手に入る。一部の健康食品店では、シラタキがパスタの代替品として販売されている。ケープタウンでは、カリフォルニア・ロールのようなスシや醤油などの基本的な調味料は、スーパーで普通に販売されているが、一般的に日本食材が広く流通しているという印象はない。

南アフリカの高価格帯スーパー、ウールワース(Woolworth)では、カーブ・クレバーというローカーブの独自製品群を展開。ほかのスーパーでは、バンティング・ダイエットを意識した調味料シリーズなども販売されている。「ローカーブ」、「ノー・シュガー」というキーワードは、都合のよいマーケティング・メッセージとして使われているという側面も否めないが、ローカーブを意識した客層が一定数存在しているということが推測できる。書店には、ローカーブやバンティングを意識した料理本も並ぶ。レストランでは、グルテン・フリーや、ベジタリアン、ビーガン対応ほどは一般的ではないものの、ローカーブ・メニューを選択できるケースがある。

こうした代替品やバンティング・ダイエット用の加工品だけでなく、ケープタウンでは新鮮な肉、野菜、乳製品も簡単に手に入る。こうした事情は、アフリカ大陸における地中海性気候という恵まれた気候条件だからこそだ。サブサハラ・アフリカでは、例えば、ケニアではナイロビといった大都市でも、生鮮食品・加工品含め、多種多様な食材をどこでも気軽に手にいれることは難しい。食生活は、滞在場所の環境に影響されることも少なくない。南アフリカのケープタウンにおいては、バンティング・ダイエットは、気軽に実践できる食事法の一つだと言える。

食事法やダイエット法は、どれも賛否両論存在し、経済的事情によって食事の選択肢の自由は制限される。しかし、バンティング・ダイエットがより広く普及すれば、南アフリカ人の肥満率の問題が少し是正される可能性もなくはない。ローカーブの選択肢が、今後どう増えていくか、引き続き注目したい。

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Maki Nakata

Asian Afrofuturist。
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383