南ベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)が陥落してベトナム南北戦争が終結したのは1975年のこと。ハノイは、南北ベトナムが統一されたベトナム社会主義共和国の首都だ。街の中に社会主義を連想させるものは少ないのだが、ホーチミン廟だけはいかにも社会主義と言ったスケールで、社会主義の秩序のようなものが感じられる。

1986年にドイモイと呼ばれるスローガンのもとに市場経済が導入されてたハノイの下町は、ガヤガヤとしたアジアのどこにでもあるような人間臭くて混沌とした雰囲気で、住む人たちは人懐っこい。古い建物がひしめき合うように隣り合い、歩いていると今でも現役として使われているフランスの植民地時代の建物に出くわしたりする。この街で、ベトナムならでは、ハノイならでは麺を食べ歩くことにした。

朝ごはん通りでフォーガーを

ベトナムの軽い麺料理と言えば「フォーガー」。ガーは鶏のことなので、鶏肉のフォーヌードルということになる。ハノイ旧市街の中心から東に延びるHàng Bồ(ハンボー)通りを歩いて、Bát Đàn(バッダン)通りと通りの名前が変わったあたりから、通りの両側に小さな食堂が並ぶ。その多くは早朝から開いている朝ごはんが食べれる店で、バイクで通勤する人たちが集まる。

ベトナムの朝食と言えばフォー、それもフォーガーということは知っていたが、この通りにあるフォーの店の賑わいは想像以上だった。交差点の歩道にまでベトナム特有のプラスチック製の小さなテーブルと小さな椅子を並べた、Phở Gà Đặc Biệt という店もその一つ。表から丸見えの調理場には茹でたチキンを裂いたものとハーブが準備されて、寸胴にはグラグラとスープが沸いている。

訪れたのは2月。ベトナム北部のハノイは温帯に属するのでこのころは冬で気温が比較的低い。注文した客たちはフォーが運ばれてくるまでの間ワイワイと世間話を楽しんでいる。

フォーガーが運ばれてきた。少し白濁した鶏ベースのスープは優しい味で、そこにつるりと柔らかいフォーが入っている。茹でたチキンとネギなどがトッピングされている。付け合わせに出されるハーブはディル。ミントほどではないがすっきりとした香りで、口に入れると独特な甘みを感じる。欧米料理なら魚、例えばスモークサーモンに合わせることが多い。更に、にんにくと酢で作ったDAM TOI(ダムトイ)を少しかけて、ライムをぎゅっと絞った。

チキンはよく茹でてあるのでサッパリとしているし、ハーブと野菜にライムはフレッシュで香りが爽やか。ダムトイはちょっとした途中で入れれば味変になって楽しい。一緒に頼んだのは中国語なら油条、ベトナム語でQuẩy(クワイ)という揚げパン。これをちぎってどんぶりに入れてスープを吸わせて食べると、油のコクが加わってまたおいしい。

ちなみに、ベトナムで使われるフォーなどの麺料理を入れる丼は日本の麺鉢の6割くらいの大きさなので、朝ごはんにちょうどいい量だ。

そしてこの「汁なしフォーガー」を食べたのは夜遅め、同じ地域にあるBánh Cuốn Gia Truyền Thanh Vânという店だった。フォーを濃いめのスープで和えて、チキンに揚げた玉ねぎ、パクチーとモヤシをトッピングしたもので温かい。これこそ、軽いスナックにちょうどいい。優しい味とはまさにこのこと。刺激が欲しければ、チリやダムトイをかける。

フォーボーの透明感のあるおいしさ

フォーのもう一つの定番はフォーボー、牛肉のフォーだ。地元の人に進められて旧市街の中心、ホアンキエム湖の北にあるThanh Hợpに出かけた。

ハノイの旧市街は特に古い建物が多いが、この店もなかなか味がある構え。通りに面してキッチンがオープンというのはハノイでもよく見る光景で、その奥にイートインのテーブルがある。間口が狭いのでなんとなく入りずらいのだが、こちらから店員に笑いかければ大丈夫。人懐っこい笑顔を返してくれる。

透明感のある牛肉から丁寧にとったスープがかなり上品な仕上がりで驚く。西洋料理のビーフコンソメよりもさらに雑味がないように感じる。よく煮込まれた牛肉は柔らかくクセもなく、ただただ美味しく食べやすい。

実はこのフォーボーもよく食べられる朝食の一つ。「朝から牛肉か、重いかな」と思い込んでいたのは間違いだった。考えてみれば毎日フォーガーよりは、合間にフォーガーを入れるのがいいに決まっている。

魚こくが旨いブンヌードル

旧市街の中心にあるSâm Cây Siは、揚げた魚を入れたブンがおいしい。
ハノイではフォーと人気を2分するブンという麺。フォーは米粉を蒸して薄くして乾燥した生春巻きのシートを、後から麺状にカットしたもの。一方のボーは米粉の生地が柔らかいうちにところてんのように突き出して作るので、断面がまん丸でもちもちとした食感が強い。

麺の上に乗っているのは揚げた魚。ねぎは最初から入っていて、ミント、ベトナム紫蘇をトッピングする。紫蘇は紫のもので日本のものと同じ味だ。そこにダムトイ、チリソースをお好みで。

魚の出汁のコクがおいしいスープに、ちゅるちゅるとしたブンがよく合う。ハノイは内陸なので、川魚を使う。白身の上品な雷魚のフライはふっくらで、スープに溶け出す油がまた旨味を増す。

追加して、魚の身で木耳と豚肉の具を揚げたこの店のオリジナル料理もいただいた。木耳と豚肉はベトナムの春巻きの具の定番。言ってみれば魚春巻きと言ったところ・ブンの器に入れて、スープと一緒に食べてもいい。

田蟹をつかったブンもハノイならでは

通りを歩き回っていたら、なにやらおいしそうに麺料理を食べている人たちがいる店があった。間口2メートルほどの小さな構えだ。何を出しているのか聞いてみると田蟹のブンだという。これは食べてみるしかない。

田蟹の卵をつかったブンは、Bún riêu (ブンリウ)というらしい。揚げ豆腐、牛肉、肉団子も一緒に入っているものを注文した。揚げ玉ねぎとねぎがトッピングされている。

これが、蟹の旨味が感じられて、旨味がたっぷりなのだ。田蟹は小さいのでそのたまごはほんのちょっと。しかし、その威力はなかなかで、どんぶり全体がいい香りになる。淡水の蟹であるためか、濃厚というよりは、スーッと広がる旨味だった。

米を炊くより簡単に米の麺を食べる

ハノイの街を歩いていると、よく見る食べ物はフォーやブンといった麺。米から作った麺は、茹でればすぐに食べられるし手軽だ。チュルチュルと食べやすく、麺自体の味はご飯並みにニュートラルで、様々な味に合う。だから様々な具にスープとバリエーションが豊富で食べ飽きることがない。

実は今回は紹介していないが、「雀焼きのブン」や豚肉を使ったつけ麺的な「ブンチャ」など、他にもいろいろ。丼のサイズが小さいし、米麺は消化がいいので、通りに並ぶ小さなお店を次々と食べ歩いて楽しめる。


All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/