台湾の魅力の一つは食。福建省から台湾に移り住んだ人たちが、台湾で手に入る食材を使って作りあげてきた台湾料理は日本人の口にも合う。地理的には、沖縄の先島諸島のほんの少し先だから、野菜も、魚も、日本で手に入るものに近い。1895年から50年までは日本の統治下にあったので、食文化にも影響があったようだ。

さて今回は、有名店の小籠包や夜市のB級グルメと言った、台北の定番とはちょっと違う、少し趣があって興味深い料理を紹介したい。

台北北部の高級住宅街の家庭料理の店

台北一の規模を誇る「士林夜市」も台北観光の定番の一つだが、今回は素通りして、その最寄りの士林駅からバスに乗って10分ほどの「天母」に出かけた。バスを降りると日系のデパートが建ち並び、街並みは整然として清潔感がある。各国の大使館や日本人学校、米国学校もあるこの地域は新しい高級住宅街だ。

「娘女的店」は、そんな住宅街の大通りに面して建つ1軒屋レストラン。「お母さんの店」と訳せる店名の通り、台湾のお母さんたちが家庭で作ってくれるような料理を楽しめるという。

店内はヴィンテージの調度品や道具で飾られ、日本人にとってもなんだか懐かしい雰囲気だ。集まる客たちは近隣の家族や学生たちのグループが多く、なんとなくのんびりとしている。

女娘的店は日本語や英語を使うスタッフはいないが、メニューは日本語化されている。ただし、黒板に書かれたおすすめの料理は漢字のみなので、どうにかこうにか店員とコミュニケーションをとりながらオーダーしてみた。

海老とたまごの炒め物は、かなりふんわりと仕上げられたたまごに、ちょうどよく火が入ったエビが包まれていて、その味付けはほんのりと感じる旨味と、素材の味を引き立たせる必要最小限の塩。圧倒的に優しい。そして、にんまりと笑いが出るような嬉しさがいい。

牛肉とえのきだけの土鍋炒めは、玉ねぎ、ピーマン、ねぎといったどこの日本人の家の冷蔵庫にもあるような野菜と共に、牛肉とえのきだけが醤油ベースで味付けられている。土鍋で作っているせいか、野菜がほっこりと仕上がっているように感じた。

中華料理では、身体を冷やすのを避けるために、野菜を生のままサラダで食べることはなく、必ず火を通すという。この店で食べた野菜は、さつまいもの葉っぱの炒め物。シャキシャキとした歯ごたえと、青菜に共通する青い葉のおいしさがいい。ホウレンソウなどと比べると、存在感がある「強い」といった印象だ。

魚のすずきを蒸してねぎ油をかけた一品は、いかにも台湾と言った料理だが、こちらも味加減はちょうどよく、火が入りすぎていないので、すずきの香りと白身魚特有の上品な口当たりが楽しめた。

素材を大切にした優しい味。ともするとビックリするような材料や調理法で度肝を抜かれることもある中華料理だが、こういった家庭の味というものは、こころからどこか懐かしく、暖かく感じられる。

女娘的店

ミシュラン店の丁寧ないつものごはん

ミシュラン店とは言っても、3500円以下で楽しめるお店というカテゴリー「ビブ・グルマン」にリストされたのが、「My灶(マイザオ)」。台北のホテルが多い地区、地下鉄の松江南京駅のそばにある、一見そっけない店だ。中華民国ができたころの、露天での食事風景を再現しているという。

「街の食堂」と言ったインテリは質素ながら温かみのあるイメージでまとめられていて、一人でも入りやすい。ビールを頼むとパパイヤの漬物が出てきた。甘くなく、コリっとした歯触りがいい。

こちらのお店でオーダーした青菜の炒め物は「A菜」。これは台湾原産のレタスの一種で、葉が開いたもの。青菜特有の青臭さは少なめで、ニュートラルな印象だ。にんにくと炒めて、クセもなくとても食べやすい。

いかにも自家製といった見かけのローストチキンと腸詰は、いい意味でのラフさがあって、あまり手が込みすていないところがいい。素材の味を大切に、かつ雑味などは丁寧に処理しているようですっきりと仕上がっているので後を引く。

豚バラ肉の煮込みは、台湾のしょうゆを使っているせいか見た目ほど味は濃くなく、一緒に調理された薄い色のニンジンもおいしい。なにより美味しいのは皮の部分。日本では沖縄以外では手に入りにくいが、香ばしく弾力があって、豚ならではの旨味がたっぷりだ。

屋台でも楽しめる台湾料理の定番の一つが牡蠣のオムレツ。この店のオムレツはとても丁寧に作られていた。ゆっくりと火を通したオムレツは、表面はこんがりと、中はふんわりと仕上がっていて、牡蠣の旨味がしっかりと閉じ込められている。

そして、ここを訪れる人なら必ずと言ったいいほどオーダーすると言われているのが、定番の肉かけご飯「ルーローハン」だ。一般的なものよりも肉は大きめにカットされていて、中華系の香辛料はそれほど強くなく、かけられている汁気は少ない。こちらも丁寧に煮こまれているようで上品に仕上がっている。

どの料理も、もう一つ手をかけたといった丁寧さが感じられて嬉しい。ハイクラスのレストランとはまた違った、ぬくもりを感じるおいしさだった。

My灶(マイザオ)

台北に行くなら、そこまで高級じゃなくても、そこまでB級じゃなくっても、派手さはないながらもしっかり地に足がついた印象の、優しくて丁寧なタイプの台湾料理も楽しんでみてはどうだろう。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/