南ヨーロッパでどこに行きたいかと尋ねられたら、日本では、イタリアかスペインと答える人が多いだろう。2国に加え、ほかのヨーロッパの国々から根強い人気を誇るのはギリシャだ。きらめく海や神聖な遺跡、異国情緒な街並みをもつ離島が数々ある。首都アテネも落ち着きに満ち、その上、新しい感覚にも出合える町で、評判は揺るがない。

神殿が見守る新旧模様の町、アテネ

 
アテネのアクロポリスは、古代ギリシャの宗教の中心となった場所としてあまりにも有名だ。パルテノン神殿やプロピュライア(前門)などは必須の観光スポット。常に混雑しているが、丘を登って間近でじっくりと見たい。

この古代建築のランドマークは町のいろいろな場所から眺めることができ、実に表情豊か。2009年にオープンしたガラス張りのアクロポリス博物館からも、その雄姿を堪能できる。博物館は神殿の柱となった少女像(オリジナル)や出土品、装飾のレプリカなどアクロポリスにまつわる宝庫だ。彫刻と神殿が重なり合う構図はまるでバランスの取れた絵画のようだ。館内のカフェ・レストランからも美しい光景が望める。

また、国会議事堂前のシンタグマ広場周辺のビルに上れば、家屋の波の向こうに、神殿が正面を向いてたたずむ。広場から伸びる1.5キロメートルのショッピング街エルム通りを歩き切った場所では、グラフィティの背に神殿が見え、対象的な組み合わせが楽しめる。カフェ・レストランから神殿の絶景が見えるホテルを選ぶのもいいだろう。いくつか丘があるので、丘の上からの景色も格別だ。そして夜、明かりを受けて輝く姿も見逃せない。滞在中、あなたのお気に入りの一コマがきっと見つかるはずだ。

アクロポリス周辺は、古い建築が点在している。政治や商業の中心としてにぎわった古代アゴラ、ローマ時代の集会場・市場だったローマン・アゴラ、2大古代劇場、古代の墓地ケラミコス、ギリシャ最大の神殿跡のゼウス神殿、そのすぐ隣のアテネ国立庭園内にあるローマ浴場。アクロポリス博物館の下にも遺跡があるし、再建された古代の祭り用の場所、パナティナイコ競技場(第1回オリンピック大会会場)も見ておきたい。

ほかにも、先のエルム通りには、中世(11世紀)に建てられた小さいカプニカレア教会が突然現れるし、通りの途中にあるモナスティラキ広場には、同じく中世時代のパンタナサ聖堂が残っている。古いものを展示した美術館もとても充実している。町の随所で、時空を一気に飛び越える体験ができるのだ。

アテネの新しいランドマークにも足を運んでみよう。2016年にオープンしたスタブロス・ニアルコス財団文化センター(SNFCC)は、いまや訪問者が年間600万人を超すという。ここは国立図書館と国立オペラ座の建築をハイライトに、運河と緑地が広がる。上演に行ったり、図書館に入ったり、屋上から海や街並みを眺めたり、公園を散歩したりレンタサイクルで走ったり、冬季は特設リンクでスケートもできる。無料ツアーが2種類(建築公園)あるので、参加してみてもいいだろう。

ギリシャフードをセンスよく並べた店

アテネでは、高級品からプチプライス品まで買い物には困らない。ただし、10年前からしばらく続いたギリシャの経済危機により、たたまれた店も多い。そういった、アテネ各地で廃業した店の看板がストア・エムポロン(商人のアーケード)に飾ってある。長い間閉鎖されていたこの商店街は、穴場スポットのミニミュージアムとして栄えていた時代を残す。店だったスペースは若いアーティストたちが時々使えるようになっている。

経済回復に向かうなかで増えたお洒落な店の数々は、新しい歴史の1ページになるだろう。老舗のレストランやお菓子屋、昔からある小売店にも行きつつ、そうした店も存分に楽しみたい。食事もできるグローサリーストアー(食料雑貨店)はギリシャ産のお土産選びもできるので、ぜひ立ち寄りたい場所だ。以下の3軒は国会議事堂から徒歩10分以内にある。どの店も国産の食品が盛りだくさんで、この国の食の豊かさを再認識できる。

乳製品専門店コスタレロス が2015年秋にオープンした最新店は、玄関の緑色の壁と店内の床の格子柄が可愛らしく、インテリア賞も受賞している。食材オンラインショップのヨレニスが2016年秋に構えた大きい路面店は、地下と1、2階で食事や買い物ができ、上階にはオリーブオイルをテイスティングできるオリーブオイルバーやイベントホールがある。2019年春には、食材店エルゴンが「ホテル+グローサリーストアー」の新コンセプトで、開放感あふれるエルゴンハウスをオープンさせた。

オリーブ類やハチミツ、チーズやピスタチオに並んで目を引くのは、6500年の歴史を誇り、近年注目をあびているギリシャのワインだ。ギリシャでは北部から南部までワインが作られていて、アテネを含むアッティカ地方も生産が盛んだ。ワイナリーは35年前には全国に70軒しかなかったが、いまは20倍に増えた。

輸出は全生産量のおよそ13%で、そのうち約40%がドイツへ、約15%がアメリカへ行くが、日本での知名度はあまり高くない。ゆえにアテネで飲むのはいいチャンス。赤白の生産比は白が3分の2、赤が3分の1で、白にトライするといいだろう。国外で有名な白ワインのレツィーナ(松脂の風味)をもし試すとしたら、レツィーナの強い風味に負けないよう、肉のグリル、レモンやハーブの香りが高い料理、塩やニンニクがきいた料理、メゼ(コロッケやタコのグリルなどの小皿料理)といった強い味と合わせるのがコツだ。だが地元の観光情報サイトによると、舌が喜ぶようなレツィーナは実はあまりないらしい。

ホームレス支援団体による、粋なカフェ・バー・レストラン

新しい店でもう1つおすすめは、スケディア・ホーム。白と薄い黄色のグラデーションが美しいネオクラシック様式(古代ギリシャ・ローマ様式の復刻)のビストロは、朝から深夜まで毎日開いている。店内は白と黒と茶を基調としたすっきりした雰囲気で、出入口をくぐった頭上には、多数の家型のランプシェードがきらきらしている。それぞれ紙製だとわかるが、この紙は月刊誌『スケディア』のバックナンバーの残りだ。

『スケディア』は、2013年早春から発行されているギリシャのストリートペーパーだ。アテネとギリシャ第2の都市テッサロニキの町なかで赤いベストを着て『スケディア』を販売する(今夏の時点では約150人)のは、主にホームレスの人たち。1冊約500円を売る度に約300円が彼らの収入になる。刊行2年目の2014年の販売収益はすでに6200万円に達し、2018年は1億円を上回った。

PHOTO YIANNIS ZINDRILIS

『スケディア』は、非営利組織ディオゲネスが作っている。ディオゲネスは、雑誌以外にも様々なプロジェクトやキャンペーンで経済危機時に急増したホームレスを支援している。スケディア・ホームもその一環だ。地下のキッチンで料理を担当する5人は50代、60代の元雑誌販売員なのだ。年齢的に就職が難しく、料理未経験だった5人がここで定職を得てプロ級の腕前になったのは、アテネ生まれのギリシャを代表するシェフ、レフテリス・ラザル氏のおかげだ。開店にあたってメニューを考えてほしいと依頼したところ、ディオゲネスの理念に賛同して調理の指導をするという喜ばしい展開になった。

メニューは、全体的に家庭の味をイメージしている。チーズがアクセントのサラダ各種、肉料理はオーガニックチキンのフィレ(フェンネルソースとブラウンライス添え)、豚の燻製と牛ひき肉(レッドペッパーとマジョラム風味のスパゲティ添え)など、魚料理はエビ、ヨーロッパヘダイ 、シーバス(スズキ)など、卵料理もいろいろ、ベジタリアンは伝統料理ブリアム(トマトソースベースのロースト野菜)や黄エンドウ豆のピューレ(マッシュルーム添え)など。各種サンドイッチやスムージー、もちろんコーヒーやお茶もある。

このビストロは、多くの人たちの温かい心が集まっている。バーのドリンクメニューは受賞歴があるバーテンダーが無償で作ったし、音楽はサウンドプロデューサーたちが選定し、ビストロの建築も国内の現代建築をリードする建築家が報酬なしでデザインした。建物自体も、楽器の製作と貿易で名を馳せた家系が使っていたが、『スケディア』を読み、社会的弱者たちを助けることにぜひ使ってほしいと提供したのだった。

車椅子の人のために低めのテーブルを置いたり、視覚障害の人のためにオーディオメニューを用意したり、誰もが気持ちよく過ごせる工夫も忘れていない。

工夫はほかにもある。ビストロの一角に飾られた新プロジェクト「スケディア―ト」だ。入り口のランプシェードはこのプロジェクトの作品だ。店内で使っているほかのランプシェードやフラワーポットも「スケディア―ト」で、ショーケースに並んでいるように購入できる。置時計や指輪などのアクセサリー、マグネットやコースターなど、すべて倉庫に保管してあった『スケディア』のアップサイクル品だ。製作には雑誌販売員たちや販売員だった人たちがかかわっている。

スケディア・ホームおよび「スケディア―ト」は人にも環境にもやさしい活動として評価が高まっている。昨夏は、世界的チェリストのヨーヨー・マがここの様子を知りたいと訪れた上、古代劇場で行ったコンサートでは「スケディア―ト」の蝶のブローチをつけて演奏するという思いやりも見られた。今年11月初めは、ビストロが、ミラノ・デザイン・フィルム・フェスティバル(MDFF)の国外版「MDFFアテネ」の舞台の1つになる。MDFFは建築、デザイン、アート、サステナビリティ、都市生活などをキーテーマに、上映やトークショーやワークショップが毎年繰り広げられ、他国でも同様のイベントを開いている。ビストロで、『スケディア』編集長、シェフのラザル氏、先述の建築家が語り合い、スケディアの魅力をさらにアピールすることになっている。

地元とつながった新しいスポットが次々に登場し、アテネの魅力はどんどん増している。


スケディア・ホーム(Shedia Home) 


岩澤里美

ライター、エッセイスト | スイス・チューリヒ(ドイツ語圏)在住。
イギリスの大学院で学び、2001年にチーズとアルプスの現在の地へ。
共同通信のチューリヒ通信員として活動したのち、フリーランスで執筆を始める。
ヨーロッパ各地での取材を続け、ファーストクラス機内誌、ビジネス系雑誌/サイト、旬のカルチャーをとらえたサイトなどで連載多数。
おうちごはん好きな家族のために料理にも励んでいる。
HP https://www.satomi-iwasawa.com/