あらためて地図でベトナムを眺めてみると、南北に細長くて弓なりになっているから、タツノオトシゴのようにも見える。ベトナム中部の首のあたりは東西に狭く、50㎞ほどしかない。東に南シナ海が広がり、狭い平地を挟んで西にはアンナン山脈が連なって、隣国のラオスとの国境を隔てる。

ベトナム中部のホイアンとフエは世界遺産に登録された古い街だ。ホイアンは海の交易の要衝であり、フエは19世紀にグエン朝の都として発展した。同じベトナム中部にありながら、二つの都市にはそれぞれ少し異なる風情がある。大阪と京都との違いに似ているかもしれない。

今回は、商業港湾都市であった庶民の活気のあふれるホイアンと比較すると、ちょっと気取ったフエの街を歩いて、フエならでは食を探してみる。

グエン朝の繁栄を実感する阮朝王宮とカイディン帝廟

阮朝王宮は、街の中心ををほぼ東西に流れるフオン川の北側に広がる周囲2.5㎞の城壁に囲まれた広大な敷地にある。ただ、ベトナム戦争時に大きな被害を受けたために現存する建造物は少ないが、復旧作業が続いているそうだ。それにしても往時をしのばせる絢爛な建築物には目を奪われる。

王宮を離れた郊外には、歴代の王が眠る廟が点在する。カイディン帝廟は12代皇帝のもので、カイディン帝の像が厳かに佇む。全体として、フランス植民地時代ながら中華文化の影響が強い造りのようだ。

グエン朝が終焉を迎えたの第13代のバオダイ帝の時代で、第2次世界大戦が終結した1945年。その後ベトナムは南北分裂時代を迎えた。

「しじみ」を使った料理を育む汽水湖

フエの市街地は海岸から16㎞ほど内陸に位置するが、その海岸線に沿って、いくつかの汽水湖がある。汽水湖は海水が入り込む淡水と海水の入り混じった湖。日本なら島根の宍道湖や静岡の浜名湖がそれにあたる。干潟を伴う汽水湖では貝がよく育つ。だからフエではしじみをつかった料理が伝統だ。

「Quán Nhỏ – Cơm Hến」 は、フオン川の南に広がる新市街にあるしじみ料理の店。朝6時から11時まで朝食を提供する。8時ごろに店に入ると、一通り忙しい時間は過ぎたようで、ゆったりとした朝食を楽しむ人たちがいた。店内の一角に下準備をすませた材料が並んでいる。

「Cơm Hến」はしじみご飯のこと。白米に茹でたしじみ、ねぎ、パクチー、バナナの花のつぼみ、豚の皮を揚げたものが乗っていて、しじみのだし汁を掛けながら食べる。口に入れれば、しじみの旨味がしっかりと口の中に広がる。日本人なら誰でも思い浮かべることができる、懐かしさを感じる味だ。唐辛子のソースで辛さを調節しながら食べ進める。

熱帯モンスーン気候のフエは日本よりも気温が高いのだが、朝食に温かいものはやっぱりいい。身体を中からゆっくりと目覚めさせる一杯はおいしいだけじゃなくて、身体が喜と実感できる。

「Bà Hòa」はQuán Nhỏから1ブロック離れたレストラン。朝6時から夜8時まで開いているこの店が勧めるメニューの一つもしじみ料理だ。「Hến xào」しじみの炒め物と、それに合わせて「Bánh tráng」ゴマのせんべいをオーダーした。

しじみは日本のものより小ぶりだ。玉ねぎ、青ネギ、にんじん、ゴマと和えて、ピーナッツ豚の皮を揚げたものとパクチーをトッピングしている。これを、ゴマが入った香ばしい米のせんべいにのせて食べる。たれは「Nước chấm」。魚醤ニョクマム、砂糖、酢、水を混ぜたつけダレで、様々なベトナム料理についてくる。

サクッとしたせんべいの食感と、いろんなテクスチャーが混じりあった具のコンビネーションが楽しい。軽いので前菜といった印象だ。

店内を見渡すと、なにやら薄いちまきのようなものを食べている人がちらほらといた。店員に聞けば「Rice Cake」だという。メニューを見ると「Bánh nậm」、米粉とタピオカ粉で作られた餅に豚肉と海老を合わせた餡を乗せてバナナの葉に包み蒸したものだ。オーダーしてみると、一人前の皿には8つのBánh nậmが乗っていた。

丁寧な包みをほどくと、ほんの一口といった量が入っている。この薄さなら蒸すのに時間はかからないだろう。バナナの葉に包まれているから抗菌にもなるし、乾くこともない。市場でも、あらかじめ蒸したものが売られていた。これもフエ発祥の料理の一つ。それにしても、包むのも開いて食べるのも少しめんどくさい。

涼しくなった夜に、地元の人たちと甘いチェーを

フエの夜、商店が並ぶ通りから裏通りに入ると「Chè Hẻm」というチェーの店がある。

チェーは、甘く茹でた大豆などの豆や餡、フルーツなどをいれて、ココナツミルクを注ぎ、さらにその上にかき氷を乗せたスィーツ。夜8時ごろ、ここは若い人たちはもちろん、小学生くらいの子供たちのグループや家族連れで賑わっていた。

日本の粒あん状のものをメインにしたシンプルなものから、ドラゴンフルーツ、マンゴ、スイカなどのフルーツたっぷりの色鮮やかなものまでいくつかの種類がある。氷は別盛で自分で入れながら食べていく。

昼間の熱さも収まった小さなオープンエアの店の灯りの下で、様々な人が会話をしながら楽しんでいる姿は、とっても素朴で微笑ましい。

夜食にいい「ブン・ボー・フエ」を屋台で

新市街にある「Phố đi bộ Huế」は渋谷にありそうな通りで、週末のこの日、20代を中心とした若者たちが集まっていた。その一角の路上に、「Bún Bò Huế」を売る屋台が出ていた。これも名前の通りフエの名物料理。まだ早い時間だし、一杯食べることにする。

「ブン」は米粉の麺。「フォー」は薄く作ったものを8㎜程の幅に切ったものだが、ブンはところてんのように突き出して成形するから、その断面は丸い。スープはビーフ「ボー」がベースであるのは他の地域と同じだが、フエのバージョンには赤唐辛子とレモングラスで作る「Sa Tế」というピリ辛の調味料を使うから、赤い色を帯びている。

ツルっとしたのど越しのブンに、ピリッとエスニック感があるスープ。ハーブはたっぷり乗せて、夜食べても消化にもよさそうだ。

ハノイとも、ホーチミンともちがうフエの料理を堪能するなら2泊は必要だろう。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/