東京の神田祭、大阪の天神祭と並ぶ日本三大祭のひとつ、京都の「祇園祭」。その歴史は深く、2009年には「京都祇園祭の山鉾(やまほこ)行事」がユネスコ無形文化遺産に登録され、今年で実に1151年もの歴史がある。

京都に生まれ育った私にとって、一年のなかで一番夏を感じることができる風物詩が、この「祇園祭」だ。京都を離れてからも毎年7月には、祇園祭を恋しく思う。

今年、コロナウイルス感染拡大防止のため祇園祭の山鉾巡行の中止が発表された。祇園祭の起源は、日本各地で疫病や天災が発生した平安時代の869年に、国家の安寧と疫病退散を祈願して始まったと言われる。長い歴史の中で何度も受難し、復興を遂げた祇園祭。形は変わろうともきっと疫病から皆を守り、新しい未来に向かって進化していくと信じ、昨年の祇園祭を思い出しながら記事にすることにした(今回の記事は、2019年前祭の宵山・巡行を訪れたもの)。

宵山と山鉾巡行

まず、祭のハイライトとして多くの人々に親しまれているのが「山鉾巡行」だ。前祭(さきまつり・7月17日)と後祭(あとまつり・7月24日)の2日に分けて行われ、計33基もの山鉾が建てられ巡行する。

鉾:縦に長く鉾頭があるのが特徴。写真は長刀鉾

「宵山」と呼ばれる巡行の前日・前々日には、通りに山鉾が立ち並び、「コンチキチン」という祇園囃子が響き渡って祇園祭の風情が漂う。通りを歩きながら、間近に見ることができる山鉾の魅力を味わうのが楽しい。

山:山を表す松が建てられていることが特徴。写真は芦刈山

動く美術館と呼ばれる美しい山鉾

豪華絢爛な懸装品をまとった山や鉾が練り歩くことから、祇園祭は動く美術館とも言われる。

その所以は、華やかな装飾品にある。山鉾に飾られているのは、日本画や日本の伝統工芸品だけでなく、ベルギー製のタペストリーやインド製の絨毯、モスクやラクダのモチーフなど、様々な宗教や東西文化を取り込んだ、異国情緒あふれる芸術品が溢れているところが面白い。これらは今も復元・新調されながら、伝統が守られているという。

鶏鉾の見送り:「イリアス」トロイア戦争の一場面

山鉾にて粽(ちまき)や護符(ごふ)を授与してもらうと、御神体や懸装品の見学ができる。鉾に上がらせてもらえるところもある。

長刀鉾に登ってみると、鉾の中は天井までびっしりと絵や装飾品で覆われ、まるで芸術品の中にいるようだ。鉾を構成しているひとつひとつの部品にまで細部にまでこだわっている。また、実際に登ってみると、想像していたよりずっと高さがあるように感じられ、この上で囃子方が演奏しながら長い距離を練り歩くことを思うと、その緊張感が想像できる。

長刀鉾 麒麟の図柄が美しい胴懸

長刀鉾巡行の様子

こちらは、山鉾の中で一番重く高いという月鉾(高さ約27メートル、重さ約11トン)。荒波とウサギの彫刻は左甚五郎作、天井裏の草木図は円山応挙の筆と伝わっている。

ウサギの彫刻と天井裏の草木図

浴衣や団扇にも月やウサギが用いられている。

それぞれの山鉾を訪ねてみると、各山鉾の御神体や歴史・ストーリーを知ることができ、それぞれの魅力に触れて回るのも楽しい。そこには世代を超えて山鉾町の方々が協力して祭に向きあい、運営されている姿に出会うことができる。町衆が主導して守られてきたというルーツから、祭へのただならぬ愛が感じられることも祭の魅力だ。

かまきりを乗せた蟷螂山

山鉾巡行の目玉のひとつが、「辻回し」だ。巡行している山鉾が90度進行方向を変えて道を曲がる見せ場である。「え、そんなことが?」と思われそうだが、これが迫力あるのだ。約10トンもの鉾を方向転換させるために、辻回しのポイントになると、囃子のテンポが変わり、通常2名の音頭取りが4名に増えて準備が始まる。地面に大量の青竹を敷き詰め水を撒き、滑りをよくしたところに、音頭取が大きな掛け声と扇を仰ぎ、曳方(ひきかた)が勢いよく引いて、3回ほどで舵がきられる。この大きな山鉾の巡行や辻回しを可能にするために、組み立てには釘を一本も使わない独自の設計と伝統技法が用いられ、バネの役割を果たしているという。山鉾を組み立てるドキュメンタリーを見たことがあるが、町衆による熟練の技で強固に組み立てられており、組み立て自体が一大イベントだ。辻回しが成功すると、見守っていた観客も大きな歓声と拍手を送り、祭りが一体感に包まれる。

Damada,2013 /Shutterstock.com

祇園祭の風情を感じる

実は‪、祇園祭は7月1日から31日の1ヶ月の間、ほぼ毎日様々な神事が執り行われている。町の端々でも祇園祭の期間ならではの風情を感じることができる。‬‬‬

京都ならではの、花文化
期間中、界隈を歩いているとよく目にする花がある。それが「檜扇(ひおうぎ)」と、「祇園守(ぎおんまもり)」だ。

檜扇は祇園祭の期間中、魔除けとして京都の床の間や玄関で飾られるアヤメ科の植物で、すっと伸びた葉に、黄色や橙色の花を咲かせるのが特徴だ。扇のような立ち姿が美しい。

祇園守は白い木槿の花で、八坂神社で授与される護符を「祇園守り」と呼ぶことから、これにちなんでそう呼ばれるようになったとも言われている。八坂神社の境内でも見つけることができ、献花にはすべて槿を飾るそうだ。

また、宵山の期間には、山鉾周辺の旧家などが秘蔵の屏風や美術品を公開する「屏風祭」が開催される。その一つである杉本家住宅は、昔ながらの京町家のたたずまいを残す京都市有形文化財で、伯牙山(はくがやま)の飾り場にもなっている。屋内には貴重な屏風や芸術品が飾られており、一見の価値がある。屋内は撮影禁止なのだが、写真は、入り口で客を迎えるように飾られていた氷柱。目にも涼しく、暑い京都で涼をとるための知恵が感じられた。暮らしに根付いた京都の美意識を存分に味わうことができる場所だ。

祇園祭にちなんだ、食文化
祇園祭の別名を、「鱧祭り」という。京都人は、鱧が好きだ。その背景には、その昔、蒸し暑い夏に海から離れた京都には鮮魚が乏しかったことから、京都まで運べる魚が生命力の強い鱧(はも)しかなかったという説があり、「骨切り」の技術とともに鱧の食文化が発達した。

祇園祭の時期は、鱧は梅雨の雨水を飲んで美味しくなると言われ、ちょうど脂が乗って旬の頃。梅肉をつけてさっぱりといただく鱧の落としに、ほろりとほどける鱧寿司、焼き物、吸い物、酢の物など、この時期には鱧づくしで祭りを祝う。錦市場でも見かけることができるので、ぜひ旬の味をいただいてほしい。

錦市場で見つけた、はもの炭焼

祇園祭の時期に、食べないものもある。八坂神社の紋と胡瓜を輪切りにした断面が似ていることから、この期間、京都では胡瓜を食べないという。食べることが恐れ多いことや、胡瓜の美味しい時期に食べないことで、無事に祇園祭が行われるための願掛けの意味合いもあるそうだ。

この時期に私が一番好きな菓子が、祇園祭の菊水鉾にゆかりのある銘菓「したたり」。菊水鉾を建てる町内に洛中の名水の一つ「菊水の井戸」があったことから、献上する菓子として生まれたという亀廣永の銘菓だ。千利休の師である武野紹鴎がこの名水を愛したことから茶の湯との関わりも深く、毎年菊水鉾のそばにお茶席が設けられこの菓子をいただくことができる。

透き通るような琥珀色は目で涼しさを感じさせ、みずみずしくほろりとくずれる食感と黒砂糖の控えめで滋味深い味が、まさに不老長寿の水と言われる菊水の「したたり」を想像させ、夏の疲れた体をさらに癒してくれるようだ。祇園祭の期間以外でもお店ではお目にかかれるようなので、ぜひ味わってみてほしい。

おわりに
本年、山鉾巡行は中止になったが、一層その美しさや、京都の人々の心を支える尊さ、守りたい伝統や文化に改めて気づくことになった。現在京都文化博物館にて「特別企画展 祇園祭」が開催されている(2020年7月26日まで予定)。貴重な装飾品や歴史の資料を間近に見ることができるので、今年は学んで次回の祇園祭を心待ちにしたいと思う。


sayacayam

百貨店に就職し、バイヤー研修のため2年間パリで生活。ファッション・食・インテリア・アートを中心に世界のライフスタイルを学ぶ。帰国後は地元京都に興味を抱き、東京と京都を行き来しながら世界遺産や料理、文化を学んで京都検定3級を取得。自身が旅を通して感動を得たように海外の方にもその魅力を知ってもらえるよう、ネイティブ京都人の母(英語は話せない)とツアーを開催するのが小さな夢。食べることが大好きで、Instagramの投稿のほとんどは、旅か料理の写真。
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