コロナ禍で3月中旬から自宅にこもる生活が続いた時期、庭を眺めているといつもとは変わらぬ自然の緑に癒された。季節の移り変わりを知らせてくれる草木は、芽を出し、花が咲き、例年と同じ光景だった。そんななか、かつて訪れた秘境ザクセン・スイス国立公園の壮大な自然、そして国内最北東のワイナリーを訪ねた時の思い出がよみがえってきた。ドレスデン発の日帰り旅行で体感したグレイトネイチャーを紹介したい。

1憶年の歴史を持つザクセン・スイス国立公園

 
ドイツ東部の街ドレスデンは、エルベ川沿いの平地に立ち並ぶバロック建築群で知られる古都。この街が注目されるようになったのは、ザクセン王国の首都だった18世紀初期、フリードリヒ・アウグスト1世(アウグスト強王)治世だった。文豪ゲーテが「エルベのフィレンツェ」と称したドレスデンの観光スポットは数多くあるが、郊外にも必見の名勝地がある。

まずは、ドレスデン東南部、チェコ共和国との国境沿いに広がる「ザクセン・スイス」へ向かった。この国立公園には、全長400kmを超える遊歩道と約50kmのサイクリングルートがあり、世界の自然愛好家たち憧れの秘境地だ。

公園入り口の案内版には世界中からやって来る観光客のために、各国語で説明があった。ここから先は足元に気をつけながら、延々と続く山道を歩いた。

この地域の特徴は、白亜紀の侵食でできた断崖絶壁や奇岩、渓谷や山狭など1憶年の歳月をかけてできた神秘の自然現象を体感できることだ。また希少動物やシダ類、コケ類などの観察も面白い。

なかでも圧巻は、奇岩の間に架けられた「バスタイ橋」。この橋ができたのは1851年で、高さは下にあるエルベ川から約200m。壮大な自然に目を奪われる一方、断崖絶壁に架けられたこの橋を造った人達の偉業には感服するばかりだ。しばらく周辺の景観を眺めていると、遠くに断崖絶壁をよじ登ったり、頂上を達成したロッククライマー達が目に入った。見ているだけでも足が震えてきた。

ドイツでスイスとは不思議だが、「ザクセン・スイス」の名の由来は18世紀中頃、雄大な自然と絶壁を目にした2人のスイス人芸術家が自国と区別するために名付けたのがはじまりた。そしてザクセン出身の宗教学者・作家のウィルヘルム・レーベレヒト・ゲッツィンガーが自身の文献に「ザクセン・スイス」の名を記してから、この名前は定着していった。

ドレスデン市内の華麗な建造郡とは対照的な大自然の驚異を五感で楽しめば、時間が経つのも忘れてしまうほどだ。

天使のスパークリングワイン醸造所「シュロス・ヴァッカーバルト」

 
翌日はドレスデン郊外の「シュロス・ヴァッカーバルト(以下ヴァッカーバルト)」ワイン醸造所へ行った。ドレスデン入りしてから何度か口にしたスパークリングワイン(ゼクト)のラベルにラファエル作の天使が描かれており、ここで生産されていると聞いたからだ。

ちなみにラベルの天使たちは、ドレスデンのツヴィンガー宮殿内で最も重要な美術館「アルテ・マイスター絵画館」に展示されている祭壇画「システィーナのマドンナ」に描かれている。ラファエロが晩年描いた(1513年)作品のオリジナル天使を鑑賞すれば、ゼクトを飲んだ時の感動もひとしおだ。

アウグスト強王の右腕だったクリストフ・アウグスト・フォン・ヴァッカーバルト伯爵は、1730年、この地にヴァッカーバルト城を建てた。強王は大のワイン好きだったといい、ブドウ栽培は彼の望みを叶えるものでもあったとか。その後、所有者は次々と変わり、現在はザクセン州立醸造所となり、ワイナリーとレストランを経営する。

©Oliver Killig

最初に、ブドウ畑の手前に建つ「ヴェルべデーレ」と呼ばれる八角形の建物に向かった。テラスから眺めるバロック様式の城と庭園を堪能しながら、強王のラベルが目を引くゼクトで乾杯。ヴェルべデーレは、結婚式にもよく使われるという。目前に広がるテラス式庭園は、夏の夜のイベント会場として大人気。また対面の城は、結婚披露宴、コンサート、読書会、講演会などの会場として貸し切ることも出来る。

©Robert Michael

同ワイナリーの大きな特徴は2つ。ひとつは欧州で最初に一般公開されたワイナリーでザクセン最大規模を誇ること。

ちなみにドイツには13のワイン生産地があり、ザクセン地方は、国内最北東の生産地で、栽培ブドウはミュラー・トゥルガウ、リースリング、ヴァイスブルグンダーなど白ワイン用の品種が中心だ。

ザクセンの中でもヴァッカーバルトのブドウ畑は最も暖かいエリアだ。そのため日照量も十分確保でき、しかも降水量にも恵まれ、ぶどう栽培には最適の地。さらにここのブドウ畑は斜面にあり、日照時間も長く、気候的、土壌的要因に恵まれている。それがワインやゼクトの特徴につながっているのだろう。

ふたつ目は、ザクセンで最古のゼクト醸造所であること。手間のかからないタンクを用いて発酵させる生産が多い中、ここのゼクトはフランスのシャンパーニュと同じようにじっくり時間をかけた瓶内二次発酵を導入している。ちなみにゼクトは、同醸造所の生産量の8割を占めるそうだ。

ボトルのラベルもユニークだ。ワインでは、エルベのテラス、フラウヱン教会、金のリースリングなど一度目にしたら忘れられない名前だ。ゼクトは、ふたりの天使とアウグスト強王のラベルが圧倒的なヒット商品だという。どれをとっても味もデザインも一流で、お土産にも好評だ。ボトルは運搬にちょっと不便という時には、ワイン入りの手軽なパスタをお薦めしたい。

1億年という気の遠くなる年月をかけて造られた雄大な大自然を「ザクセン・スイス」で体感、そして自然の恩恵を受けたブドウで生産されたワインやゼクトを心おきなく満喫した。ドレスデンに来たついでに、是非足を運んでみたい。

©Oliver Killig


取材協力:
ドイツ観光局
ドレスデン観光局

ザクセン・スイス Sächsische Schweiz 
An der Elbe 4 01814 Bad Schandau(案内所)
TEL:035022―900 600
入場料:無料

ヴァッカーバルト城Schloss Wackerbarth
Wackerbarthstraße 1
01445 Radebeul
TEL:0351.8955-0


All Photos by Noriko Spitznagel(一部提供)

シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員