中華料理と一言でいっても地域によってさまざまな特徴がある。中華料理の地域分類である八大菜系のひとつである広東料理は、中国南部の広東省、香港、マカオの料理だ。この地域から海外に出た移民も多く、例えば日本で食べる中華料理は関東料理が多いし、ニューヨークの中華街にも香港からの移民が多い。

昨年9月、週末には民主化を求めるデモが世界のニュースになる香港へ『小吃』を食べ歩こうと出かけた。よく「中華料理を食べるなら何人かで行かないと」と言われるように、中華料理と言えば回転する食卓で大皿料理を大勢でとり合って食べるというイメージがあるが、今回は一人で楽しめる「軽いスナック」ともいえる『小吃』が旨い6店(そのうち4店はミシュラン獲得)を、香港島、九龍と巡る。

香港の一般的な朝食と珍しくなった飲茶のスタイル

香港の友人に朝食に何を食べるかと聞けば「コーヒーとパンかな」と答えた。お粥か麺類かと言うだろうという期待は全く裏切られたのだった。そこで出かけたのが「新嘉美茶餐庁」という朝6時から夜11時までやっている簡単な食事がとれる店だ。香港オリジナルスタイルのカフェといったほうがいいかもしれない。香港島の北を東西に走るメインストリートであるヘネシーロード。その東方面にある銅鑼灣駅と湾仔駅の間のにあるビルの1階にある。

これから仕事や学校に出かける人たち、朝の涼しいうちになにかスポーツをしてきた人たち、近所のご老人や親子連れなど、まさに香港のローカルな人たちが集まっている。トマトとたまご焼きのサンドウィッチとコーヒーとを頼んだ。中国語で「三文治」。コーヒーにはミルクと砂糖があらかじめ入っていて甘い。トーストにベイクドビーンズ、ハムに目玉焼きがワンプレートになったイングリッシュ・ブレックファストを食べる人もいれば、たぶんインスタント麺を使っただろうヌードルをすする人もいる。この店のコンセプトがあるなら「好きなものを好きな時に簡単に」ということになるのだろう。

新嘉美茶餐庁

ヘネシーロードをトラムに乗って西へ、金融街を越えてギルマンストリートで降りる。歩いて5分ほど、古いビルに赤い装飾と「蓮香」という看板が目立つ飲茶の店「蓮香茶室」に来た。(冒頭の写真)ここはワゴンサービスがある昔ながらの店で、ご年配の常連と思われる客が新聞を読んだり、情報交換をしているのか何やら話していたりと、思い思いの時間を過ごしていた。

「腸粉」という文字を見れば何かと思うが、米粉を使った軟らかいクレープのようなもので、それにチャーシューや蒸し海老などが巻かれているものだ。チャーシューの腸粉を選ぶ。薄味だが色の濃い醤油をかけていただくと、つるっとした食感がいい。牛肉の湯葉包み、海老のダンプリングも、回ってきたワゴンからいただく。ゆっくりと、時間をかけてお茶も楽しむ。これはなかなか現代の働き方には合わないだろう。贅沢な朝時間だ。

蓮香茶室
162號 Wellington St, Sheung Wan, 香港

ワンプレートまたはワンボールで勝負するミシュラン店

一人旅の醍醐味は自由に行動できること。デメリットは食事も一人になってしまうことだが、香港なら一人でも飽きることはないだろう。なにしろ、ワンプレートやワンボールのおいしいものが町中に溢れている。

「一樂燒鵝」は同じ上環にあるローストダックの店だ。2020年版ミシュランガイドで一つ星を獲得した。1957年に開業した古い店だが、この場所に移ったのは2011年。店内は狭いが活気に満ちている。

鴨のモモ肉がごはんに乗った一皿は、皮目が香ばしく肉がジューシー。醤油ベースのタレが甘辛くて日本人にも嬉しい味付けだ。この肉汁を含むたれがごはんに浸みて何とも言えない幸せ感が広がる。

一樂燒鵝

この近所でもう1軒、牛肉麺が人気の「九記牛腩」へ。アジアの国々なら、どこにでも気軽に麺を食べることができる店があって便利なのだが、人気の店に行列ができるのはどこでも同じだ。12時の開店前から長い列ができていた。こちらはミシュランガイド2020年のビブグルマンに選ばれた店だ。

クリアな牛肉をベースとしたスープに、のど越しのいい平打ち麺。煮込まれた牛肉は柔らかく、口の中でほろほろとほどけていく。スープベースにカレーを加えたものも人気だ。

九記牛腩

九龍の住宅街から香港島の湾仔へ戻る

香港島から九龍半島側へと地下鉄で渡り長沙灣駅を降りると、高層住宅が並ぶ地域。それでも昔からの商店街があって、香港らしい古い町並みも続く。そこにあるのが「坤記竹昇麵」。長い竹の棒に体重をのせながら麺を打つ昔ながらの製法が人気で、2020年ミシュランガイドのビブグルマンだ。

ここも気取らない店で入りやすい。貝柱のワンタン、海老ワンタン、豚肉のワンタン、水餃子に菜の花が乗っているカラフルなヌードルを注文。それぞれ味の異なる具のおいしさも絶妙だが、つるっとしながらも、麺に絡む腰が強すぎない麺がいい。

朝の1軒目の店がある地域に戻って、ローストポークを食べる。店構えが趣があると言えばそうなのかもしれないが雑然としている。入るとすぐに一頭丸ごとのローストポークがぶら下がっていて、なかなかワイルドだ。こちらも過去にミシュランのビブグルマンを獲得した店。

3種類のロースト(叉燒+油雞+燒鴨)が一緒に楽しめるのが「三寶飯」。それぞれの調理法が楽しめる。おいしそうにローストされた鶏や鴨、家鴨もぶら下がっているので、やはり一人旅だといろいろ食べることができず残念だが、香港には旨いものが溢れているので、何人で旅しても食べたいものを全て食べて満足するなんて所詮無理なのだと、自分を納得させる。

再興燒臘飯店

奥深い香港のグルメ。週末のひとり旅を繰り返すのも楽しいかもしれない。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/