ドイツ東部ブランデンブルク州の州都ポツダムは、かつてプロイセン王国の華やかな宮廷文化の中心地だった古都。東西ドイツ統一後は、首都ベルリンのベットタウンとして活気ある街となった。人気の観光スポットは、18世紀から20世紀に建てられた絢爛豪華な宮殿や建造物、庭園と公園巡りだ。有名なサンスーシ宮殿やツェツィーリヱンホーフ宮殿)など、その華麗な姿には目を奪われるばかりだ。
2020年は、日本にとってもドイツにとっても戦後75周年の記念すべき年。第2次世界大戦の戦後処理を話し合ったポツダム会談の会場となったツェツィーリヱンホーフ宮殿で特別展示会が5月1日より11月1日まで開催される予定だったが、コロナ禍で一旦中止となってしまった。
実は、4月末にライプツィヒ取材の予定があり、その後特別展へ出向く予定だった。そして現地の様子をお伝えしたかったのだが、今回は昨年秋、特別展の準備を担当する財団プロイセン宮殿庭園ベルリン・ブランデンブルク(SPSG)にコンタクトをとり、ポツダムへ向かった時に巡った感動のスポットを紹介したい。
川と湖に囲まれた街ポツダム
ベルリン中央駅からポツダム行きの電車に乗り換え、約40分で到着。ポツダムは、せわしい首都ベルリンとはひと味違ったどこか優雅な雰囲気が漂っている。
ベルリンの庭園と言われるポツダムは、華やかな文化遺産や宮廷文化の宝庫で、北のヴェルサイユと称されるほど風光明媚な街だ。
10世紀頃からあったと言われるこの街は、湖と自然に恵まれた人口18万人程を有する島の街。島と聞いてピンとこないかもしれないが、ハーヴェル川と3つの湖(ティーファー湖、ハイリガー湖、ユングフェルン湖)に囲まれている。
この地を統治していたプロイセン王国の権力を物語る宮殿や建造物、なかでもフリードリヒ・ヴィルヘルム1世とその息子フリードリヒ2世 (通称は大王) が、ポツダムおよび周辺地域に 「バロックの夢」を実現し、その後継者たちも手がけた壮大な建築物の数々は、この街の都市風景を創ってきた。
ポツダム北東部と隣町ベルリンの南東部に残されたプロイセン王国時代の宮殿群と庭園郡を中心にした建造物は1990年、ユネスコ世界遺産に登録された。
ポツダムの世界遺産地区は、大きく分けて三つある。ひとつは街の西側に位置するサンスーシ公園、二つ目は北側に位置する新庭園、三つ目は東側のバーベルスベルクだ。
市内の宿泊ホテルに荷物を預け、まずはサンスーシ公園を散策した。東京ディズ二―ランドのおよそ6倍の面積300ヘクタールの広大な公園には、個性豊かな宮殿群が点在する。
英国風の瀟洒な館 「ツェツィーリヱンホーフ宮殿」
翌朝、ツェツィーリヱンホーフ宮殿に出向いた。私が旅したのは2019年の10月。しばらくどんよりとした天気が続いた10月だったが、運よく滞在中は晴天に恵まれた。
新庭園にあるこの宮殿は、ユングフェルン湖のほとりに建つ英国風の館。外観は宮殿というよりも別荘といった趣きだ。早朝だったためか、周囲は霧に包まれて幻想的だった。
ドイツ帝国皇帝ホーヱンツォレルン家の建てた最後のこの宮殿は、ヴィルヘルム1世皇帝の命により皇太子ヴィルヘルム2世の居城として1913年から4年がかりで建てられた。部屋数は176あり、宮殿の名前は皇太子妃ツェツィ―リエに因んでつけたという。皇太子家族はソ連軍によって占領される1945年までここで暮らした。
第二次世界大戦末期の1945年7月17日から8月2日、アメリカ、イギリス、ソ連の三国首脳が日本とドイツの戦後処理について話し合うポツダム会談を開催した。その会場となったのがこの宮殿だ。
通常この宮殿の見学は、ポツダム会談の舞台となった部屋や関係者の控室などのある博物館、そして皇太子家族の暮らしたプライベートルームの2コースを公開している。宮殿内にはホテル設備もあったが、今は閉館しており、再開は未定だそう。
戦後75周年特別展会場
2年がかりで準備をしてきたと聞いていた特別展は、今後どうなるのだろうと気になっていたが、ドイツではコロナ禍の規制も段階的に解除となり、ツェツィーリヱンホーフ宮殿の再オープンは6月23日からになるという。そして特別展は2021年まで延長されるというので、訪問チャンスはまだまだありそうでホッとした。
SPSGによると特別展は、「ベルリン会談、ポツダム会談、三大連合国」、「欧州の再編成」「非公式協議、アジアと中東」、「転換期、1945年以降の世界」と4つのゾーンでテーマ別に宮殿内の1階に展示するそうだ。
三国首脳によるポツダム会談の経過や当時の様子、交渉と決議に参加した当事者や関係者の見解も紹介される。歴史の舞台となった会談室では、訪問者がまるで当時の会談に参席しているかのようなマルチメディアを駆使したインパクトの強い展示もあるそうだ。また藤製アームチェアに腰かけた三国首脳の写真で知られるテラス庭園が特別展で初めて展示エリアの一部として公開される。
大王がこよなく愛した「サンスーシ宮殿」
サンスーシ公園の東側にあるサンスーシ宮殿は、大王の命により夏の離宮として建てられた。何度足を運んでもその混雑ぶりにはびっくりするほど人気のスポットだ。
1745年からわずか2年で完成したロココ建築のこの宮殿は、平屋で12部屋しかない。それでも大王にとって、唯一心労を癒す場所だった。厳格な父フリードリヒ・ウィルヘルム1世との衝突、気の進まなかった結婚と度重なる戦争などで頭を抱えていた大王は、居住地ベルリンを離れ、この宮殿に文化人や芸術家を招いて過ごした。
サンスーシとは、フランス語で「憂(うれ)いがない」という意味。芸術や音楽に造詣が深かった大王は、絵画コレクションに夢中になり、ここでコンサートも開催し堪能した。自らフルート演奏をした大王は、当時の宮廷音楽家ともよく一緒に演奏した。宮殿内部は、ぶどうをはじめ、植物や動物をモチーフにした装飾が随所に見られ、自然と芸術、そして学問を愛した大王の思いがここにぎっしり詰まっていることがわかる。
35歳から亡くなる74歳までのほとんどをここで過ごした大王にとってサンスーシ宮殿は、自然に親しみ、自身の趣味に没頭できる唯一無二の夢の居住地だった。この宮殿には大王の妻エリザベート・クリスティーネも足を踏み入れることは許されなかった。
まるでイタリアにいる気分「オランジェリー宮殿」
オランジェリーといえば、オレンジやレモンなど熱帯産の樹木を厳寒期に室内で保管するための場所で簡素なつくりと思うかもしれない。だがここのオランジェリーには豪華な部屋もあり、オランジェリー宮殿と呼ばれている。19世紀中頃にフリードリッヒ・ヴィルヘルム4世の命により建てられ、植物保管ルームの他、ゲストルームやコンサートホール、絵画ホールや使用人のアパートなどが設けられた。
イタリア・ルネッサンス様式のオランジェリーは、サンスーシ公園の北側に位置する。建物の中央部は、ローマにあるヴィラ・メディチをモデルにしたそうで、周辺の空間もまるでイタリアそのもの。入口前に広がる庭園もイタリアをテーマとして造形され、異国風情たっぷりだ。内部はガイドツワーで見学できる。
現在オランジェリー宮殿は、1000種類の植物を管理しているだけでなく、色鮮やかで華麗な部屋では、コンサートや朗読会などのイベントも行われている。なかでもその美しさに目を見張るのは、「ラファエルの間」だ。絵画コレクションに夢中だったヴィルヘルム4世は、ラファエロの絵画をたいそう気に入り、作品を買い求めたが、なんと一点も手に入れることができなかったという。そのため、せめて複製画でもと思い買い占め、この部屋に飾ったそうだ。この空間でコンサートを満喫すれば、至福の境地に至ること間違いなしだ。
プロイセン王国権威の象徴「新宮殿」
滞在最終日、ポツダム市内から20分ほどバスに乗って新庭園の西端にある新宮殿へ向かった。受付のあるビジターセンターでチケットを求め、そこから2分ほど歩くと新宮殿の入り口に到着。内部はガイドツワーでなく、自由に見て回ることができる。
1769年に完成したこの宮殿は、パリ郊外のベルサイユ宮殿をモデルに建設された後期バロック様式。大王は、当時のプロイセン王国の権威を示すために、この巨大な宮殿を造らせ、主に儀式や迎賓のために利用したそうだ。内部には200以上の部屋があり、その一部を公開している。大王の収集した芸術品や大理石の広間など、贅を極めたつくりには圧倒されるばかりだ。
圧倒されるといえば、新宮殿の対面にあるこれまた巨大な建物だ。ここに若者たちが集まってきたので、グループ見学者?と思ったが、標識を見ると、現在ポツダム大学校舎として使われていることを知った。かつてここには、新宮殿の使用人用住居や台所などがあったそうだ。こんなに素晴らしい環境の中で勉学する学生たちがうらやましくなった。
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英国風のツェツィーリヱンホーフ宮殿、フランス・ロココ様式のサンスーシ宮殿、イタリア・ルネッサンス様式のオランジェリー宮殿、そしてパリ・ベルサイユ宮殿をモデルとした新宮殿。建築様式ヤ風情の異なる宮殿巡りを一気に楽しむ印象深い旅となった。
ポツダムに滞在したのは3泊。時間は十分あると思っていたが予定していた見学を全てこなすことはできず、後ろ髪を引かれる思いで帰路についた。バーベルスベルク地区にある宮殿は改装中のため入ることはできなかったし、バーベルスベルクフィルムスタジオも見学できなかった。まだまだ見学したい宮殿もある。きっとまた行こう。
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取材協力:
ドイツ観光局
ポツダム観光局
財団プロイセン宮殿庭園ベルリン・ブランデンブルク(SPSG)
ツェツィーリヱンホーフ宮殿 Schloss Cecillienhof
Im Neuen Garten
Potsdam, Brandenburg
特別展の開催は6月23日より。オンラインで予約可能。まずは7月12日までの予約を受け付け、その後の情報はのちに公開予定。
https://tickets.spsg.de/
その他の宮殿は条件付きで再開された(5月16日現在)。
詳細はSPSGのHPでご確認ください。
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All Photos by Noriko Spitznagel (一部提供)
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員