ブラジル最南端のリオ・グランデ・ド・スル州の北部には、イタリア移民が築いた街がいくつもある。ワイン産業の中心地、ベント・ゴンサウヴェスの東にあるファロピーリャも、そのような街のひとつだ。当初はノヴァ・ミラノ、つまり新しいミラノ、という名前の街だった。1875年にミラノ出身の3家族が定住することで誕生した街なのである。緑深いファロピーリャ郊外の小さな醸造所、カーヴ・アンチーガを訪れた。
移民史を物語るワイナリー
カーヴ・アンチーガとは「古いセラー」という意味だ。リオ・ブラチ街道の聖ガブリエル・ダス・ドーレス教会の傍にある醸造所は、1928年に建設が始まり、1948年に完成したという。オフィスは木造で、セラーや倉庫はレンガ造りだ。醸造所の一室には、移民たちが使っていたワイン造りの道具や日用品が展示されている。新築のモダンな醸造所が増えるなか、100年前の移民たちの暮らしぶりや、ブラジルのワイン作りの原点を思い起こさせてくれる貴重な場所だ。
到着すると、まずシマラオン(マテ茶)をいただいた。ブラジル南部では、機会があるごとに、シマラオンを回し飲みする。爽やかな苦みは、懐かしい抹茶の風味を思い起こさせた。
カーヴ・アンチーガの現在のオーナーは、イタリア移民3世のジョアン=カルロス・タファレルさんと5世のアンジェラさん夫妻だ。2人は老朽化している醸造所を少しずつ修復しながら、ワイン造りに取り組んでいる。醸造所の創業は1948年だが、ジョアン=カルロスさんが仲間と共に経営を引き継いたのは1997年のこと。現在はタファレル家が単独オーナーだ。ジョアン=カルロスさんはブラジル農牧研究公社の研究員、アンジェラさんは醸造大学の講師でもあるので、ワイン造りは若手醸造家のクリスチャン・フェラーリ=アンブロージさんが担当している。
タファレル家の先代はブドウ栽培農家で、現在もセハ・ガウーシャ地方のコチポラなどに自社畑を持っている。白はモスカテル、シャルドネ、ショーンブルガーから、赤はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、マルセラン、サンジョヴェーゼ、タナからワインを生産している。タファレル家では当初、イザベルなどのアメリカ品種を栽培していたが、高品質のワインを造りたいと考えたジョアン=カルロスさんが、90年代の終わりに全てヨーロッパ品種に植え替えた。
カーヴ・アンチーガでは「エスプマンチ」に力をいれている。ポルトガル語でスパークリングワインのことだ。夏が長いブラジルでは、清涼感あふれるエスプマンチが、ことのほか愛されている。主力商品はモスカテル種から造られるエスプマンチだ。
モスカテルの里 ファロピーリャ
ファロピーリャは、ブラジル全土でモスカテル種のブドウを最も多く生産している地域だ。モスカテルはマスカットのことで、イタリアではモスカート、ブラジルではモスカテルと呼ばれる。モスカテルには様々な種類があるが、最も多く栽培されているのは、モスカート・ビアンコ(ミュスカ・ブラン)。香りに華やぎがあり、ブドウの持つ果実味がワインにダイレクトに表現される魅力的な品種である。モスカテルからはスティルワインも作られているが、世界的に評価が高いのはエスプマンチだ。 ファロピーリャ地域は、ワインの原産地(I.P.)に指定されているが、I.P.ファロピーリャの称号をボトルに表示できるのは、モスカテル系品種のワインだけだ。
イタリア、ピエモンテ州アスティの名産の一つに、モスカート・ビアンコ種から造られるシャルマ製法のスパークリングワイン「アスティ・スプマンテ」がある。 ブラジルの「エスプマンチ・モスカテル」はイタリア移民が、故郷の「アスティ・スプマンテ」の伝統を継承したものだ。ジョアン=カルロスさんの「エスプマンチ・モスカテル」は、ほのかな甘みが品良く、食中酒としても楽しめる。
カーヴ・アンチーガでは、シャルマ製法だけでなく、シャンパーニュに倣った、瓶内二次発酵法のエスプマンチも生産している。二次発酵後、48ヶ月にわたり酵母の澱と共に寝かせてからデゴルジュマンを行った「エスプマンチ・ブリュット」、60ヶ月寝かせ、ドサージュ・ゼロでリリースした「エスプマンチ・ナチュール60」は、いずれもシャルドネ100%。ジョアン=カルロスさんの渾身作だ。
週末はガウーショ風のシュハスコ
日曜日の午後、ジョアン=カルロスさん夫妻にシュハスコに招かれた。場所はアンジェラさんの家族が週末を過ごす家で、ファロピーリャの森の湖畔にひっそりと建っている。
シュハスコは、スペイン系の先住民であるガウーショ(ガウチョ)の食文化だ。ウルグアイやアルゼンチンなどではアサードと呼ばれる。塩をした鶏肉や牛肉などを、長い金属の串に刺して炭火で焼くバーベキューのことで、イタリア移民の食生活にも、すっかり浸透している。そう言えば、1日に何度も回し飲みをしながら味わうシマラオンもガウーショのお茶の習慣だ。
ブラジル南部の人たちはシュハスコが大好きで、週末に家族や友人が揃う時の定番料理になっている。料理好きのジョアン=カルロスさんは、だいたいいつもシュハスコ担当で、キッチンに造り付けられたシュハスケイロと呼ばれるグリルに火を起こし、慣れた手つきで肉に塩をし、剣のような串に刺して、次々に焼いていく。ブラジル南部では、どの家にも必ずと言っていいほどシュハスケイロが備わっている。台所にスペースがない場合も、家事室や居間の壁など、必ずどこかにシュハスケイロが備え付けられている。
アペリティフにカーヴ・アンチーガのエスプマンチをいただきながら、肉の焼き上がりを待つ。食卓には、アンジェラさんとお母さんが作ったサラダやパスタなどのイタリア料理が並び始める。やがて、家族の好物だという鶏の手羽先やスペアリブなどのシュハスコが運ばれてくる。時間をかけて焼き上げたシュハスコはジューシーでソースはいらない。サンジョヴェーゼやマルセランなどの赤ワインをいただきながら、イタリアとガウーショの2つの食文化を堪能した。
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カーヴ・アンチーガ
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岩本 順子
ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com