トルクメニスタンってどんな国?

僕は物心ついた時から、世界の国と国旗が大好きだった。両親がプレゼントしてくれた国旗の本をずっと眺めていたり、世界各国の首都を暗記して遊んだりするような、ちょっと変わった子供だった。そんな僕が小学生になった頃、テレビでトルクメニスタンの特集をやっていた。「独裁国家」、「地獄の門」。トルクメニスタンを解説するナレーターが発した、その2つの邪悪でおどろおどろしい響きを持った言葉は、その国とともに幼い僕の心に深く刻み込まれた。——いつかトルクメニスタンを、自分の目で見てみたい——と。

トルクメニスタンは、中央アジアにある旧ソ連構成国の一つで、日本の1.3倍ほどの国土に、約590万人(2020年)が住んでいる。国旗には、伝統品である絨毯の絵柄と、緑地に白抜きの三日月と星が描かれ、これらはイスラム教の象徴として知られている。

1991年のソ連崩壊に伴う独立後、2006年まではニヤゾフ大統領、それ以降現在までベルディムハメドフ大統領が独裁体制を敷いている。ついには「中央アジアの北朝鮮」という全くありがたくない異名のもと、国境なき記者団による報道の自由度ランキングは180国中、最下位の北朝鮮に次ぐ179位(2020年。因みに2019年は最下位)。イギリスのシンクタンクには、「重大な人権侵害」と名指しされ、散々な扱いを受けているのだ。

実はこの国、入国も世界最難関と言われており、基本的に自由旅行はできない。観光ビザで入る旅行者は、全日程の宿泊・移動手段を確保してから現地の旅行会社経由で入国管理局から招聘状を手に入れ、日本にあるトルクメニスタン大使館に出向いてビザを申請するという限りなく煩雑な手続きを踏んだ上、バカ高い滞在費を垂れ流しながらガイドの監視のもと観光しないといけないのだ。

しかし調べたところ、ウズベキスタンからイランへ抜けるトランジットビザを周辺国で取得すれば、ガイドなしで5日間滞在できるという裏技があることが判明した。そこで、前準備としてタジキスタンの首都ドゥシャンベにあるトルクメニスタン大使館に行き、1週間後国境でトランジットビザを取得できるよう申請しておいたのである。

世界最難関トルクメニスタンVS.世界最強日本のパスポート

タクシーに乗って、ウズベキスタンのヒヴァからトルクメニスタンとの国境までやってきた。ウズベキスタン側国境は、パスポートにスタンプを押されただけで、一瞬で通過。トルクメニスタン側国境に入る。守衛の兵士にパスポートを確認され、本部に問い合わせて名前を照合される。待つこと30分。やっと入国審査の建物に通してくれた。若い守衛はというと、僕のスマホで撮った東京の写真をずっと見て喜んでいる。国防の最前線にしては暢気なもんだ。

菊の御紋をキラリと輝かせながら、世界最強のパスポートを水戸黄門の印籠のように自慢げに差し出し、以前申請したビザを受け取れるか確認する(ほほほ、これで入れない国などないのですよ)。

しかし「うーん、きみはだめだねー。まだ準備できてないよ」と、審査官。……絶望である。実は、通常ビザ申請は、2週間から1ヶ月かかるらしい。僕は「イランで10日後に友人の結婚式があるから1週間で発行してくれ」と見え透いた嘘をつき、のこのこと国境にやってきたのだ。

さすがに1週間では早すぎたか……しかしここを通過できなければ、ウズベキスタンに戻り、夜行列車で24時間かけてカザフスタンの港町まで行き、そこからアゼルバイジャン経由の飛行機でテヘランに入るという悪夢の選択肢しか残っていない。

僕は決めた。もうなりふり構わずごねよう。いつもヤマダ電機で値切るときと同じだ。

僕「こっちは300ドルくらい余裕で出せますけどね。はは。なんなら8時間くらい待つよ」
審査官「だめです」
僕「………」

ワイロが蔓延し、最後は金で解決という旧弊を未だ固持している、そんな清濁併呑の古き良き旧ソ連の面影は、もうそこにはなかった。あるのはひたすらにクリーンな入国審査と、クレーマーの権化と化す謎の旅人への哀れみである。

水戸黄門ごっこを始めてはや4時間。このめんどくさい旅人を追い払うしかないと思ったのか、審査官が当局に電話を始めた。そして30分後……「君のビザ、おりたよ!」

カラクム砂漠を越えて

タクシーのおっちゃんに国境からの運賃30ドルを渡し、砂漠の道沿いのチャイハナ(喫茶店)で一緒にご飯を食べる。優しいおっちゃんは、「地獄の門行きたいんだろ?30分だから送ってってやるよ!」と誘ってくれたが、せっかく頑張って来たのだから、車ではなく自分の足でたどり着きたい。苦労の後に待ち構える楽しみ、それが旅の醍醐味なのだ。

「いやいいよ、明日朝9時に戻るから、ここで待ってて」と言う僕のクレイジーな発言にあからさまに引くおっちゃんに、地獄の門はどちらかと聞くと、彼はレストランの右側を指してこっちに4時間歩けと言う。なんか嫌な予感がする……タクシードライバーを信用してろくな目に遭ったためしがない。念のためチャイハナの店員に聞くと、左だと言う。ほらやっぱり、だまされるとこだった。

装備を背負って出発する。ひたすら地平線まで伸びる、荒涼とした砂漠。この土地に根を張る灌木や草を見ると、生命の力強さに勇気を与えられる。

無音が続く広大な砂漠、覆い被さるように頭上に広がる青空、そこに沈む、見たことのないくらい真っ赤な夕日。これらを自分ひとりで独占できるのは最高の贅沢だ。やっぱり歩いてよかった。

歩き出して1時間、何かついてくる……!野犬だ!野犬は少しずつ距離を詰め、ついに5メートル先まで近づいてきた。

普通敵が現れる砂漠には弓矢と剣と、あわよくばアイテムが2つくらい都合よく落ちているはずなのだが、ここには木の枝と石のポンコツ初期装備しか落ちていない。さすがに焦る。最弱装備で突入してしまった不運を呪いながら、必死に棒を振り、犬に石を投げて走り続け、なんとか追い払った。

野犬を追い払うのに夢中になっていた僕は、あたりが真っ暗なことに気づく。もちろん道なんてないし、目的地どころか何も見えない。このままだと遭難してしまう……しかし言うまでもないが、偉そうに語った旅の醍醐味には、遭難は含まれていない。

足の裏に伝わる絨毯のような砂漠の感触も相まって、このまま迫り来る闇にすーっと吸い込まれるんじゃないかという恐怖と戦いながら、しかし一歩一歩前に進む。歩いていればいつかは着く、そんな根拠のない自信が役に立つときもあるのだ。

ユニコーンの「イージューライダー」とコブクロの「轍」の無限ループを聞き飽きた頃、遙か先におぼろげな明かりが浮かんできた。

地獄の釜が口を開けて

地獄の門とは、1971年の地質調査で起きた落盤事故の際、有毒ガスの噴出を防ぐためやむなく点火したことでできた人工的なクレーターで、もう50年近くも燃え続けている。息もできないほどの熱波とごうごうとうなる炎は、地獄という名ににふさわしい。僕は時間がたつのも忘れて、目の前の圧倒的な光景に見とれていた。

しばらくして、僕は砂漠の上にホテルを作り始めた。全幅の信頼を置くMade in Japanの銀マットである。

欧米人観光客はワイルドだから、どうせそこら辺で野宿するのだろうと思いふと見ると、彼らはひとり残らず車でホテルに帰って行った。現地のトルクメニスタン人も、「サソリと毒蛇いるから気をつけてね」という余計なアドバイスを残し、颯爽とパジェロを操り去って行った。

また砂漠にひとりかよ……なんだこれ……。
寒すぎて全然寝れない……仕方なく燃えない程度に地獄の門に近づき、世界最大のストーブを独占して眠りについた。

ゴーストタウンの首都、アシガバード

翌日チャイハナに自力で戻った僕は、タクシーで首都アシガバードまで送ってもらい、おっちゃんに一晩の待機料と運賃併せて35ドルを払った。ホテルに荷物を置き、散歩しながら誰もいないの街の写真を撮りまくる。ちなみに、トルクメニスタンでは、政府の建物は撮影禁止だ。

『異様』……この首都を一言で言い表すとこうだ。ツルツルの道路、大統領の好みで色を決められた白やシルバーの、制限速度を恐ろしいほど守る車、ギンギラギンに全然さりげなくない大理石と金の建物、四角形を二つ組み合わせた独特のマーク。大統領への個人崇拝を象徴するように、至るところに大統領の肖像画や銅像が並べられている。僕はこのゴーストタウンの悪趣味さが気に入った。

たまに見かける現地人は日本人が相当珍しいらしく、興味津々な顔でこちらを見てきたり、緑一色の美しい制服を纏った女子高生は、たどたどしい英語でアイスをおごってくれたりした。豊富な天然ガスと原油に裏付けられた豊かさを享受しているためか、独裁国家に住む彼らは不思議と明るい笑顔で歩いている。これもまた、この国の一面だ。

トルクメニスタンに滞在したのはわずか3日間だ。しかし僕の20年来の夢が詰まった3日間には、しっかり20年分の重さを詰め込むことができた。一生忘れない、不思議で魅惑的なこの国での思い出を抱えて、僕は次の国、イランへと向かう。


※トルクメニスタンのビザ発給・国内情勢・為替レートなどの状況は、刻一刻と変化しています。訪問される際は、外務省の海外安全情報など、確かな情報を前もってご自身でご確認ください。2019年現在、キルギス ・ウズベキスタン ・イランなど周辺国のトルクメニスタン大使館でもトルクメニスタンのトランジットビザを申請できますが、取得までの必要日数はその都度変わります。在日本トルクメニスタン大使館では、観光ビザのみ申請できます。

亀井 恭平
1989年生まれ。東大法学部出身、本業の法律業務の傍ら旅に出る。
インド一周、旧ユーゴスラビア、中央アジアのスタン系国家など、クセありまくりの旅が好き。国旗マニア。趣味はスノボ、ダイビング、スタンプラリー。