この時節、私は行くはずだった旅行をすべてキャンセルし、家の中で本を読んだり、旅の記事を読んだりしながら、いつかまた旅に出られることを夢見て今までの旅を振り返ったりしている。

昨年、私はパリ滞在中に初めてモロッコを訪れた。今あらためて振り返っていると、心はもうモロッコへ旅立ち、また訪れたいとわくわくしている。家の中で過ごす時間に、一緒に旅に出た気分にでもなってもらえたら嬉しい。

ピンク色の町、Marakkech(マラケシュ)へ

モロッコはフランス語が通じることもあり、フランスから気軽に訪れる人も多い。パリからマラケシュまでは飛行機の直行便で約3時間半。ヨーロッパからアフリカ大陸への旅行ではあるものの、東京からちょっと沖縄へ、くらいの気軽さで訪れることができる。私はフランス在住の友人と共に、念願のマラケシュへ3泊4日のショートトリップへと出かけた。私たちが旅したのは2019年の10月。モロッコの秋の気候はパリや東京よりも暖かく、強い日差しにカラッと晴れた日が続く。

空港からメディナ(旧市街)へ向かう道中から、ヨーロッパとはまるで違った開放的な空気が出迎えてくれる。「マラケシュピンク」と呼ばれる、美しいメディナ。ローズピンクに染まる街並みは、まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。

Riad(リヤド)に泊まる

「Riad(リヤド)」とは、モロッコで見られる宿泊施設で、アラビア語で「庭」や「邸宅」を意味し、古い邸宅をリノベーションしたものが多い。

モロッコの文化や気候で培われてきた建物には、パティオ(中庭)や吹き抜け、テラスがあり、モロッコらしさを存分に味わうことができるので、ぜひ泊まって体感してみてほしい。

私たちが宿泊したリヤドは、路地にひっそりと構える「Riad Jardin Secret 」。古い建築が美しく残され、繊細なゼリージュ(細かくカットしたタイルを組み合わせた幾何学模様)や、美しいレース編みのような石膏彫刻、アイアンワークの窓枠、ステンドグラスが息をのむほど美しい。さらに、パリ出身のオーナーによる、センス溢れるインテリアがとにかく魅力的だった。

リヤドに到着すると、まずテラスへ案内され、ハーブウォーターとドライフルーツで出迎えられた。周りに高い建物が無いのでメディナが一望でき、ピンクの壁やグリーンの屋根の街並みが美しい。多くのリヤドにはこのようなテラスがあるようなので、ぜひテラスでお茶の時間を楽しんでほしい。

また、ここRiad Jardin Secretには、アーティスト達が定期的に滞在し、私たちの滞在中も創作活動に励んでいた。至る所にここで創作活動を行ったアーティストの作品が飾られていて、インテリアに新しいリズムを生み出している。この開放的で美しい空間に滞在していると、創作意欲が沸くのにも頷ける。

アザーンの声

日が昇り始める前、アザーンの音で目をさます。
1日に5回、モスクから大音量で礼拝の呼びかけが行われる。我々には何を言っているのかはわからないのだが、静かな朝に響くアザーンの声は心地よく、神聖な気分にさせられる。

人生初のハマム体験

美容に興味がある方は、ハマムをぜひ試してほしい。日本ではあまり聞きなれないが、ハマムとは、中東などでもよく見られる公衆浴場のこと。サウナのような施設で、体を温め、黒オリーブをペースト状にした石鹸「サボン・ノワール」で体の汚れを落とし、ハマムレディによる垢すり、天然の粘土「ガスール」で泥パック、仕上げにアルガンオイルのマッサージで保湿するという、魅惑のモロッカン美容が体験できる。

ほかにも、ローズウォーターやサボテンオイルなど、モロッコにはナチュラルな素材の美容アイテムが揃っているので、ナチュラルコスメ派には嬉しい。日差しが強く乾燥している気候から守るためか、モロッカン美容は紫外線や乾燥から守ってくれるものが多いのも、注目したいポイント。

写真は、買って帰ってきた「サボン・ノワール」と「ガスール」

世界遺産Ait-Ben-Haddouに泊まる

今回の旅の目的の一つ、世界遺産のAit-Ben-Haddouへ向かう。マラケシュから、バスで南西へ4時間半ほど走り、アトラス山脈を越え、砂漠のオアシスとも称される都市、ワルザザードへ。そこからグランタクシーに乗って目的地へと向かった。そこには、映画の中に迷い込んだような、干しレンガのクサルがびっしり並んだ美しい要塞の村があった。

この世界遺産の中に、なんと宿泊できるリヤド「Kasbah Hajja Ait Ben Haddou」がある。
ベルベルの伝統的なデザインが活かされた内装は美しく、手入れが行き届いて清潔感もあり、素晴らしかった。テラスでいただくミントティーも気分を高める。

干レンガで作られた要塞には、もちろん街灯もない。暗くなる前に帰ってくるよう念を押され、散策に出かけた。まだここに生活している家族が数組いるそうで、チップを払うと中を見学させてもらえる。カラフルな絨毯や、かつて使っていた生活用品、飼育している家畜小屋などを見せてもらった。ゆったりとした時間が流れている。

大自然のエンターテイメント

Ait-Ben-Haddouの頂上でサンセットを眺めた。360度空と大地の壮大なスケールで、空がオレンジからピンク、パープルに染まっていく。刻々と色が変わっていく空の色と干しレンガのピンクとのコントラストが溶け込んでいき、芸術のよう。まさに大自然によるエンターテイメントに感動しきった。

暗くなったらリヤドのテラスで、星を眺めた。街灯のない一帯には、月と星の光だけが輝いている。こぼれ落ちそうな星屑と天の川はスマホには映らなかったが、人生で見たことがないほどたくさんの流れ星を見た。

翌朝は早起きして頂上まで歩き、朝陽を待つ。広大な大地に朝陽が昇る瞬間というのは、なんというエネルギーだろうか。

現地の方にとっては当たり前の日常かもしれないが、大自然を前に長時間のバスの疲れは遠い昔のことのように吹っ飛び、旅の前の数倍のエネルギーを身に付けてマラケシュへと戻る。

モロッコのリサイクルガラスにときめく

マラケシュから郊外へ、車で南西に20分ほど走り、BELDI Country Clubへ。
ここには、マラケシュのスークやカフェでも必ず見かけるモロッカンガラスの工場兼ショップがある。ラムネの瓶のような淡い緑がかった色が魅力のリサイクルガラスは、ハンドメイドのため、気泡が入っていたり、ひとつひとつゆらぎがあったりして味がある。

このLe Verre Beldiは1940年代から生産していた歴史ある工場が閉鎖に追い込まれたのち、BELDI Country Clubが再開を果たし現代に残されているそうだ。ショップには様々なバリエーションのガラスが並んでいるので、選ぶ時間も楽しい。

私はグラスと水差し、口の大きいボウルを持ち帰り、グラスとして使用するのはもちろん、ムスカリやチューリップなどの球根、切り花などを挿して花瓶としても活用している。旅行中に旅の思い出を持ち帰ったものの、現実の自分の生活には合わなかった!という失敗を何度かしたことがあるが、このグラスは以外とどんなスタイルにもマッチしやすい。組み合わせて自身のライフスタイルにあった自由な使い方ができるのでおすすめだ。

駆け引きも楽しいコミュニケーション

モロッコのスークでのショッピングでは、時間と体力と根気が必要だ。
ひとこと「いくら?」と聞くと、「いくらなら買う?」からスタートし、なぜこの商品が素晴らしいのか、奥に入ってもっと色々見せてあげるよ、まあミントティーでも飲んで考えてみてよ、俺の家族はラクダが何匹いて……とストーリーが次々と展開され、気がついたら軽く30分はかかる。

あまりにアグレッシブな商人たちに少々押され気味の私だったが、一緒に旅をした友人が非常に交渉上手なのだ。彼女はパリで活躍するフラワーアーティストで、花市場で日常的にフランス人相手に交渉している。アグレッシブなモロッコの商人に、ユーモアと負けないアグレッシブさで挑み、お目当てのラグを納得の値段でゲットし、気がついたらモロッコの商人も「もう君にはかなわん」と困り顔しながら、さいごには「Ma famille! (私の家族!)」とミントティーをご馳走してくれていたりする。

周りを見渡すと商人と喧嘩している観光客をよく見かけたが、彼女のようなコミュニケーションを見習って、人間らしいコミュニケーションを楽しめると、モロッコでの買い物がぐんと楽しくなるかもしれない。

モロッコの美意識

色鮮やかな植物、サボテン、焼き物のグリーンにタイルの深いブルー、石膏彫刻の白色は、マラケシュのピンクと驚くほど美しく響きあう。日本では見ることができない自然の色彩感覚だ。美しいモザイクと石膏彫刻に見られる、数学的な模様と色の組み合わせは神秘的。手しごとのあたたかさを感じる芸術に包まれて、思わず手を合わせてしまう。モロッコの土、太陽の光、植物、宗教、全てが混ざり合ってこの美しさを生んでいると、旅を通して体感した。イヴ・サンローラン氏がモロッコを愛し、デザインのインスピレーションにしたのも頷ける。

本場のモロッコ料理に魅了される

最後に、忘れてはならないのが本場のモロッコ料理だ。クスクスやタジン、ケフタにハリラにブリワット……スパイスは使うものの、意外と癖は無く素材の味を活かした優しい調理方法が多いので、疲れた体に栄養を与えてくれる。それぞれポーションが大きいので、女性二人だと毎回満腹以上に食べすぎるのだが、ヘルシーなので動いているとまたお腹が減ってくるので、旅のあいだ、よく食べた。

モロッコの旅を振り返りながら、自分のお土産にタジンのスパイス、レモンのコンフィを買ってきたのを思い出し、チキンタジンとブリワットを作ってみた。友人から貰ったハリッサも、モロッコ料理には必須の調味料だ。

タジンを煮込むモロッコの香りに包まれながら、もういちど旅に行った気分でこの記事を書いている。


sayacayam

百貨店に就職し、バイヤー研修のため2年間パリで生活。ファッション・食・インテリア・アートを中心に世界のライフスタイルを学ぶ。帰国後は地元京都に興味を抱き、東京と京都を行き来しながら世界遺産や料理、文化を学んで京都検定3級を取得。自身が旅を通して感動を得たように海外の方にもその魅力を知ってもらえるよう、ネイティブ京都人の母(英語は話せない)とツアーを開催するのが小さな夢。食べることが大好きで、instagramの投稿のほとんどは、旅か料理の写真。
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