エスプマンチ誕生の地、ガリバルディ

 
ブラジルのスパークリングワイン「エスプマンチ」の歴史は、イタリア移民の街、ガリバルディで始まった。リオ・グランデ・ド・スル州の、人口3万5千人ほどの小都市だ。街の名前は、イタリア王国の成立に貢献し、世界的スケールで活躍した軍人、ジュゼッペ・ガリバルディにちなむ。

1913年、この街で初めて、シャンパーニュ製法によるエスプマンチが造られた。造り手はイタリア、トレント出身のマノエル・ペーターロンゴ氏だった。使われたブドウはモスカテル種だったと伝えられている。

彼が1915年に創業したペーターロンゴ社は、ブラジル最古のエスプマンチ専門の醸造所だ。1930年代には、30万本のキャパシティを持つ醸造所が完成した。第二次世界大戦中にフランス産シャンパーニュが不足した時、同社は米国市場に「ブラジリアン・シャンパーニュ」の名でエスプマンチを輸出して成功を収め、ブラジルが、フランスと肩を並べるスパークリングワイン大国であることを知らしめた。ペーターロンゴ社は、現在もブラジルをリードするエスプマンチの生産者である。

ガリバルディは、1973年にフランスの大手シャンパン・メゾン、モエ・エ・シャンドン社が進出し、シャンドン・ド・ブラジルを立ち上げたことでも知られる。1932年創業のガリバルディ協同組合醸造所も、エスプマンチの生産に力を入れ、近年高い評価を得ている。長年ペーターロンゴ社で醸造責任者を務めたジルベルト・ペドルッチさんは、2004年にガリバルディで、エスプマンチ専門のマイクロワイナリー、カーサ・ペドルッチを立ち上げ、注目を浴びている。エスプマンチのメトロポールとしてのガリバルディの地位は、今後も揺らぐことはないだろう。

カーヴ・ガイス

チリの醸造家が見出した、エスプマンチの新天地

ブラジル南部のセハ・ガウーシャ地方が、エスプマンチの生産に適していることを確信した人物のひとりに、チリ人の醸造家、マリオ・ガイスさんがいる。リマリ出身のマリオさんは、母国チリで醸造家として活躍していたが、1976年からガリバルディのシャンドン・ド・ブラジル社で醸造を担当することになり、同地域のポテンシャルの高さを知ることになった。1979年に独立して、カーヴ・ガイスを立ち上げた時、自らが理想とするエスプマンチを造るために、新たに探し当てた土地が、ガリバルディの北に位置するピント・バンデイラだった。

10月の昼下がり、ピント・バンデイラのカーヴ・ガイスを訪れ、醸造家のカルロス・アバスアさんにお会いした。カルロスさんは、マリオさんが独立する時にチリから呼び寄せた造り手だ。カーヴ・ガイスでは、シャンパーニュと同様に、伝統製法のエスプマンチだけを生産している。栽培しているブドウは、最高品質を約束するシャルドネとピノ・ノワールの2品種だ。

カルロスさんが運転するカンナムのオフロード車に同乗させてもらい、自然のままの森や、清らかな湧き水が流れる小川を通り抜け、標高800メートルの山頂にあるブドウ畑を見に行った。眺望の良い、清々しい畑だ。所有畑の中で、最も標高が高く、昼夜の温度差が激しい。植えられているのはシャルドネだ。カーヴ・ガイスでは、標高や地形、玄武岩を主とする土壌の性質を考慮して、シャルドネとピノ・ノワールをそれぞれにふさわしい場所に植えている。その上で、土質が極めて優れている区画からは、その区画のブドウだけを使ったエスプマンチ「カーヴ・ガイス・テロワール」をリリースしている。

カーヴ・ガイスの醸造責任者、カルロス・アバスアさん

試飲した中では、ドサージュ・ゼロの「カーヴ・ガイス・ナチュール」に心を惹かれた。シャルドネ70%、ピノ・ノワール30%のアッサンブラージュで、24ヶ月間酵母の澱とともに寝かせたものだ。ブラジルの太陽の痕跡が残るエスプマンチには、ドサージュ・ゼロがふさわしいように感じる。

増えつつある伝統製法のエスプマンチ

続いて、同じくピント・バンデイラにあるドン・ジョヴァンニ醸造所を訪れた。ここも伝統製法のエスプマンチに力を入れており、生産量の8割を占めている。醸造所の建物は、飲料大手ドレーアー社が、1930年に研究所として建てたもので、1982年にドレーアー家の後継者の1人であるベアトリース・ドレーアーさん、アイルトン・ジョヴァンニさん夫妻が入手した。ベアトリースさんはドイツ系、アイルトンさんはイタリア系移民の血を引く。2人は、最初に宿泊施設をオープンし、続いてワイン造りに取り組み始めた。現在は、次世代がビジネスを引き継いでいる。セールス担当のシルヴァーナ・ダラニョールさんに、築90年のカーヴを案内していただいた。

畑は標高720メートルのところにあり、栽培品種はやはり、シャルドネとピノ・ノワールだ。「ドン・ジョヴァンニ・ナチュール・ブリュット」はシャルドネ75%、ピノ・ノワール25%で、瓶熟成は24ヶ月。「ドン・ジョヴァンニ・オウロ・エクストラ・ブリュット」はシャルドネ60%、ピノ・ノワール40%、瓶熟成は36ヶ月だ。トップ・キュヴェの「ドナ・ビータ・ブリュット」は、創業者であるベアトリースさんの愛称をブランド名とするエスプマンチで、ブレンド比率はオウロと同じ。ベアトリースさんが70歳の誕生日を迎えた年に、瓶熟成70ヶ月でリリースされ、その後も生産されている。ブラジルでは造り手の多くが、瓶熟成の月数をエチケットに表示している。

ドン・ジョヴァンニ販売担当のシルヴァーナ・ダラニョールさん

赤ワインで定評のあるヴァルマリーノ醸造所にも足を運んだ。創業は1997年。オーナー醸造家のマルコ・サルトンさんはイタリア系移民の子孫だ。醸造所名はサルトン家の出身地であるヴェネト州トレヴィーゾ県のチゾーン・ディ・ヴァルマリーノから付けられた。

ヴァルマリーノ

ここでは生産量の3割がエスプマンチだ。マルコさんは、カーヴ・ガイスのマリオさんから、伝統製法のエスプマンチの醸造について多くを学び、積極的に取り組み始めているところだという。マルコさんもシャルドネとピノ・ノワールに力を入れ、成果を出している。畑の標高も、平均700メートルあるそうだ。シャンパーニュ系品種とセハ・ガウーシャの標高とは、優れたエスプマンチの必要条件となっている。

ヴァルマリーノ

試飲した中で、印象的だったのは「ヴァルマリーノ・ナチュール」だ。シャルドネ70%、ピノ・ノワール30%のアッサンブラージュで瓶熟成は36ヶ月。サンジョヴェーセとピノ・ノワールを50%ずつブレンドした「ヴァルマリーノ・ロゼ・ブリュット」もチャーミングなブラジルらしいエスプマンチだった。

ヴァルマリーノ、オーナー醸造家のマルコ・サルトンさん

ヴァルマリーノ

ピント・バンデイラの胎動

ピント・バンデイラ地域を代表する3つの醸造所を訪ね、エネルギッシュな造り手たちと言葉を交わしているうちに、この地に確かなエスプマンチ文化の胎動が起こっていることを感じた。この胎動はどうやら、他地域の生産者をも巻き込みはじめているようだ。ベント・ゴンサウヴェスの大手協同組合醸造所、アウローラの新しい動きはその一例だ。同社はすでに、ピント・バンデイラの標高730メートルのところに畑を拓き、シャルドネやピノ・ノワールを栽培し、伝統製法のエスプマンチをリリースし始めているのである。

ガリバルディが誇る100年の伝統には及ばないものの、1979年を元年とする、ピント・バンデイラのエスプマンチの歴史は40年を迎えた。伝統に縛られることのない、エスプマンチの新天地には、オープンマインドな空気があり、大きな可能性を秘めた、将来が楽しみな地域だ。ブラジルのメディアはすでに、ピント・バンデイラを「エスプマンチのメッカ」などと形容し始めている。

カーヴ・ガイス

ドン・ジョヴァンニ

ヴァルマリーノ

岩本 順子

ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com