イタリア生まれのピザが、初めてニューヨークで販売されて今年で115年になる。もはや「ニューヨークスタイルピザ」を知らないニューヨーカーなどいるはずがなく、それどころか、いまなおこの街のピザは誰からも愛され続けている。2016年秋、ブルックリン区ブッシュウィックにオープンした「Ops」について、ニューヨーク・マガジンは「このピッツェリアとナチュラルワインバーは理想のご近所レストラン」と紹介した。

Opsとは、古代ローマの豊穣の女神の名。オーナーの一人、マイク・ファデムさんが作る自慢のピザは、古代エジプトですでに食されていたとされる、サワードウを使う本格派。それを選りすぐりのナチュラルワインとともに楽しめる。

ナチュラルワインもまた自然の力を借り、昔ながらの製法を守り続けている。ニューヨークではここ数年で一気に人気が高まり、もう一人のオーナー、マリー・トゥリブーユアさんは昨年春、ナチュラルワイン専門店「Forêt Wines」もオープンさせた。

時代の豊かさの象徴だった大量生産、大量消費。やがてインターネットが登場し、生活はより便利になった。その中にいるからこそ「自然体」であることや「古いもの」への憧れを、ふと抱く。もしかしたら理想のご近所レストラン『Ops』は、「今」という時代に不可欠なニューヨークのディスティネーションなのではないか?そんなことを思いながら、マイクさん、マリーさんにお話を伺った。

倉庫だったところを改装したOpsの外観。|Photo by Atsushi Kawabe

今日はお時間をいただき、ありがとうございます。Ops開店当初からのファンなので、こうしてお目にかかれて本当に嬉しいです。まずお二人でレストランを始めたきっけかを教えてください。

マイク・ファデム: 僕はこれまで14のレストランで働いてきました。だから、いつか自分で居心地の良いカジュアルなワインバーをやってみたいと思っていたのですが、マリーとは同じ店で働いていて、一緒にいろんなところに遊びに行く友達になった。だから、店を開こうと思ったとき真っ先に聞いたんです、「一緒にお店をやってくれない?助けてくれない?」って。

マリー・トゥリブーユア: 私はフランス生まれで、そこでシェフになって、ニューヨークでも長くレストランで働いていたわ。Opsを始めてからは二人ともシェフよ。マイクがピザ、私が前菜、デザートなどを担当。そして二人がどうしても欲しかったのが「良いワイン」だったの。

というもの、初めてここで食べたピザが純粋に美味しかったんです。シンプルなトマトソースに、コシがあるのに軽い生地。でも昔からニューヨークにはピザの店が星の数ほどあります。なぜ、あえて競争相手が多いピザ屋さんをいま始めたのですか?

マイク: 僕はシェフではなかったので、もし食事を出すなら大好きなピザだな、と思っていました。ここのピザはサワードウを使っているんですが、「Una Pizza Napoletana」という店をご存じですか?彼らもニューヨークでサワードウピザを作っていました。でもカリフォルニアに移ってしまって。それで、この街がなくしたUna Pizza Napoletanaのようなピザ、要するに自分が食べたいピザが出来て、それをみんなが好きになってくれたら成功するんじゃないかって。でもその後、彼らはまたニューヨークに戻ってきたんですけどね(笑)

オーナーの一人、マイク・ファデムさん|Photo by Atsushi Kawabe

ここブッシュウィック、私にとっては近所でそんな特別なピザが食べられて幸せです(笑)ところで、マイクさんはいつからピザ好きに?

マイク: 子供のころから夢中でした。実は父がピザ好きだったんです。よく私たち家族をドライブに連れ出してはピザを食べていましたよ。お陰で僕もどんどんハマったというか(笑)それでどうすればおいしいピザを作れるか、勉強することにしたんです。

誰かに作り方を教わったんですか?

マイク: 独学です。毎日、家でピザを作っていました。サワードウの生地がいま店で出している状態になるまでには、材料の配合など、色々変えながらやっていたので1年半かかりましたけど。

そもそもサワードウと普通のピザ生地の違いは何ですか?ニューヨークにはよくあるものですか?

マイク: サワードウとはパンなどの酵母になる種のことで、作り方もとても古典的です。簡単に言えば、粉と水を混ぜて発酵させるだけ。一方、普通のピザ生地によく使われる大量生産されたイーストのほとんどは発酵時間を短縮させたり、簡単にコシの強い生地が作れるように開発、デザイン、コントロールされています。でも、本来それは不必要な作業。だって、「発酵」にはそもそも手間も時間もかかる。だからサワードウピザはニューヨークではめったに食べられません。

普通のピザに比べてお腹にずっしり来ないのは、サワードウのお陰だったですね。

マイク: アメリカ人にとって、間食にも食事にもなるピザは手で食べられる気軽さが良いんです。不健康なイメージもありますが、サワードウピザはコシはあっても軽いので消化がいい。だから、普段ピザを食べないけどうちのなら食べられるとか、10年ぶりに食べたというお客さんもいるんです。

Opsのバーエリア。ナチュラルワインのほかにカクテルも楽しめる。|Photo by Atsushi Kawabe

さらに嬉しいのは、ここにはたくさんのナチュラルワインがあって、それを気軽に飲めることです。

マイク: 最初から自分の好きなワインを出す店を作ると決めていたら、本物のナチュラルワインだけにフォーカスしました。ナチュラルワインは生き物だから変化があって面白いけど、コンベンショナル(従来の)ワインは添加物で発酵を止めてしまうので味も風味もまったく変わりません。多くの人はそういう変化より、飲み慣れた味や値段でワインを判断する傾向がある。だから、飲みたいワインを値段にかかわらず選んでもらいたくて、Opsではどのナチュラルワインを注文してもグラス一杯$14にしたんです。

マリー: 実は、私たちにはナチュラルワインしか選択肢がなかったの。というのも、一旦コンベンショナルワインがあまりにも人為的に操作されていると知ったら、もうそれしか飲めなくなって。みんな、ワインってシンプルに葡萄からできていると思っているでしょう?

はい……。でも、そうではないと?

マリー: 第二次世界大戦後の「もっと、もっと!」という大量生産・消費の流れと利益優先が作り出した、いま、まさにストアーに並んでいるコンベンショナルワインの99.9%にはコマーシャルイースト、酸化防止剤、砂糖など数十もの余計な物が入っていているの。それはもうワインではなく、工場で作られたコカコーラと同じ。しかもアメリカ食品医薬品局へのロビー活動のせいで、この事実はずっと秘密にされてきたの。もちろん問題はワインだけではなく農業や食品全般に及んでいるわ。だから私にとって問題は、ナチュラルワイン以前に、みんながコンベンショナルワインを知らないことなの。

Opsのもう一人のオーナーで、Foret Winesも始めたマリー・トゥリブーユアさん。|Photo by Atsushi Kawabe

それでマリーさんはナチュラルワイン専門店「Forêt Wines」もオープンされたんですね。

マリー: Opsを始めて2年ほど経って専門店を作ったの。フランスにいた頃からナチュラルワインのことは知っていたけど、私はずっとシェフだったから、小売りが上手くいくかどうかとても不安だった。でも、きっとみんな興味を持ってくれるはずと思って。

例えば、私はナチュラルワインに詳しくないので店員さんにいろいろ質問したのですが、なんでも細かく教えてくれて、会話も弾みました。

マリー: 例えば、日本には小さくても良いお店がたくさんあるでしょう。アメリカは、広くて大きければ良いという感じだから残念ながらそういう文化があまりないの。Forêt Winesは小さな店だけど、インターネットで何でも買える時代になるとリアルな場所が提供できるものって、人とのコミュニケーションだったり、そうしたいと願う情熱でしかない。そんな熱量のようなもの、ポジティブなエネルギーみたいなものを私は持ちたい、伝えたいと思ったの。

Foret Winesはおよそ200種類のナチュラルワインを扱っている。|Photo by Atsushi Kawabe

情熱を持って伝えたいナチュラルワインは、マリーさんにとってどんなものですか?

マリー: 「Less is more」。つまり、それを造るにあたり余計なものを極力介入させず、土壌、葡萄自体を大切にする美的なワイン。家族の小さなワイナリーで、手で造られるワインのミニマリスト。

……だから味が違う?

マリー: 「味が違う」のではなくて「いままで知らなかった味」がするのよ。1950年代以降、私たちはものすごい速さで市場に出回ったコンベンショナルワインしか飲んでいなかったから。ワインって当たり前だけど、大昔から飲まれてきたでしょう。だから「味が違う」と感じるのは、いまこの時代を生きている私たちだけなの。

つまり、私たちは新しい味を発見したのではなく……。

マリー: そう、昔の人が楽しんでいたワインを味わっているだけ!このこと自体が伝統、自然、そしてこれからの私たち自身を大切にすることになると思うの。しかもナチュラルワインも消化が早いのよ。

だから、二日酔いになりにくいんですね。そんなナチュラルワインは、すでにヨーロッパではどこででも飲めると聞きますが、ニューヨークでの実際の反応はどうですか?

マイク: ニューヨークでも特にここ2,3年でよく飲まれるようになりましたね。味や風味の変化に「ボトルを開けて、変な味がしたらイヤだな」と、みんな最初はちょっと引いていただけだと思うんです。

マリー: 私は、こうして本当のナチュラルワインに親しんでくれるアメリカや、いつも小さなワイナリーを応援してくれる日本に感謝しているの。1970 年代から細々と生産が始まったナチュラルワインだけど、いまヨーロッパでは「これは、売れる」と知った人たちによる余計な介入、つまり、ナチュラルワインに少しずつ従来の添加物を混ぜることも始まっているから。

居心地のいいOpsのダイニングエリア |Photo by Atsushi Kawabe

そして、人々はサワードウピザとナチュラルワインのハーモニーを楽しんでいますか?

マイク: まず生地にこだわる時点で僕らは変わり者なんです(笑)アメリカ人は生地よりトッピングですからね。しかもそれをナチュラルワインと一緒に出す店は他にありません。だから、みんながOpsを見つけてくれるまで1年以上かかりました。が、いまは楽しんでもらっていると思いますよ。

はい、正直、一度見つけてしまうと病みつきです。

マイク: 先日、姉妹店「Leo」もオープンしました。カフェでサワードウのピザやパンを楽しめるので、ぜひお立ち寄りください。


Photo by Atsushi Kawabe

Ops
346 Himrod St, Brooklyn, NY 11237
(718) 386-4009

Forêt Wines
68-38 Forest Ave, Ridgewood, NY 11385
(718) 456-1150

Leo
123 Havemeyer St, Brooklyn, NY 11211 (カフェ)
318 Grand St, Brooklyn, NY 11211 (レストラン)
(718) 384-6531

林菜穂子(はやしなほこ)

東京出身。ニューヨークでライター、フォトエディター、撮影コーディネイター、広告制作などに携わる。1997年、独立。現在はブルックリンのブッシュウィックを拠点に、アート関連の活動にも取り組んでいる。
Instagram: @14cube