日本人にとってブルガリアはなじみ深い国だ。1989年まで共産主義であったものの、重苦しいレジームに縛られていたといった印象は当時からあまりなかったように思う。もしかしたらそれはヨーグルトの効果かもしれない。ブルガリア由来のヨーグルトが日本で発売されたのは1970年代。健康にいいとされるヨーグルトと、それを象徴する広告やCMの明るいイメージが、この国を身近に感じさせてくれたのだろう。

東京からイスタンブールへ12時間、乗り換えて1時間ほどでブルガリアの首都ソフィアに着いた。空港から市街までは地下鉄で30分ほど。Serdica という駅で地上に出る。レトロな趣のトラムが走り、緑多い通りにはカフェが並ぶ。キリスト教の教会、イスラム教のモスク、ユダヤ教のシナゴーグがほんの1ブロックほどを隔てて建っていてその様式の違いがよく分かる。すぐそばには中央ソフィア市場ホール(冒頭の写真)があり、人々の生活もうかがえる。共産主義の時代にレーニン像があった場所には、今ではソフィア像が建っている。

この辺りから拡がるソフィアの中心部には、ローマ時代の遺跡、長い歴史の中で建築されて今でも祈りの場である多くの教会、旧共産党本部の威容を感じさせる建物、昔からのショッピングエリアなどが歩いてアクセスできる距離にまとまっている。そんなソフィアで、朝食から軽いランチまでを食べ歩いた。

共産主義時代から続く名前のないベーカリー

ソフィアはブルガリア第一の都市ではあるが、人口はほんの120万人。中心部とはいっても住宅用の建物も多く、そこに住む様々な世代の人たちも行き交っていて活気がある。大通りから入った生活感のある通りにある名前のないベーカリーを訪ねた。白い外壁に青い格子の外観で、入れば正面に大きな鏡がある。さらに奥に入ると、明るい窓際にカウンターがあって、朝食をとる客たちがいた。一番奥にはショーケースと測りが置かれていて、奥からはペイストリーが焼けるいい香りがしてくる。

この店の朝ごはんは「バニツァ」。トルコなど、バルカン半島諸国でよく食べられる「フィロ」という薄いパイ生地を使ったペイストリーだ。フィロを重ねて、チーズ、ホウレンソウなどの具をのせたら棒状に丸め、それを同心円状に巻いてオーブンで焼く。それをどのくらい欲しいか長さを示せば、その場で切って秤にのせて、重さで値段が決まる。

表面はサクッとしていて、重なったパイ生地は内側へ行くほどしっとりしている。バニツァは、プレーンなチーズのものと、フェタチーズとほうれん草をつかったものの2種類あった。バターが使われているから少し重めに感じるが、一日の初めにしっかりとエネルギーを摂るにはいいだろう。

一緒に頼んだ飲み物は「アイリャン」と「ボザ」。アイリャンは牛乳を水で割って少量の塩を混ぜたもの。とても飲みやすい。トルコで飲んだ「アイラン」と全く同じだ。一方ボザは麦芽発酵飲料だ。麦芽発酵飲料と言えばビールだが、ボザにも1%以下のアルコールが含まれている。麦芽の香ばしさが感じられ、飲み口はすこしこってりして甘く、かすかに酸味がある。ボザもバルカン半島の各国で飲まれるが、もともとは中央アジアで作り始められたという。ビタミンA、B、Eを含み栄養価が高い。また、女性の胸を豊かにすると信じられているそうだ。

親子三代が並んで楽しんでいたメキツァの店

そこから歩いてほんの5分ほど、「Mekitsa and Coffee」というメキツァの店に到着した。1階はオープンなキッチンと注文を取るカウンター、2階にイート・インのスペースがある。メキツァは小麦粉にヨーグルトを混ぜて薄くのばしてから油で揚げたパンだ。そこにジャムを塗ったり粉砂糖を振って食べる。注文してから、作ってある生地をすこし伸ばして揚げてくれる。待つことしばし。熱々のメキツァのった皿を受け取って、奥の階段を2階に上がった。階段下にはレトロなステレオセットが置かれていた。

早速食べてみるとさっくりとした食感がおいしい。空気を多く含んで、とても軽く仕上がっている。変わった素材は全く使っていないから味は想像通り。朝8時から夜7時まで開いているから、朝ごはんにも、ちょっとおなかが空いた時のスナックにもよさそうだ。

窓辺の席には親子三代と見える3人が並んで、何やら穏やかに話しながらメキツァを食べていた。こうして、ブルガリアの伝統的朝ごはんは世代を超えていくんだなと、なんだかホッとさせられた。

朝のスープならレンティルのちょっとピリッとしたものを

ブルガリアのスープは種類も多くておいしい。例えば、野菜のスープをクレイポットで作るGyuvechに、Taratorはヨーグルトときゅうりの冷製、Pachaは酸っぱい野菜のスープ。すでにペイストリーとパンを食べていたから、何か液体が欲しいという気分でもあり、スープを求めて「Supa Star」というちょっとポップな店へ足を運んだ。

スープを入れたポットが並ぶカウンターで、この店で人気のブルガリア伝統のスープは何かと聞いてみるとレンティルのスープだという。2階に上がってテーブルにつき、温かいうちにいただく。パプリカとトマトがベースで、辛さと酸味が爽やか。レンティル(レンズマメ)は、日本で手に入るものよりもふっくらと厚みがあって、少しホクホク感がある。セロリ、ニンジン、キャベツと、野菜が多くて嬉しい。

飲み物は「ローズ・レモネード」。ブルガリアはバラが名産だ。毎年初夏にはバラの祭りが開催されて、どこもバラの香りで満たされるという。このレモネードも、しっかりとバラの香りがする。バラのエキスはアロマテラピーにも使われて、美容に対する効果が高いらしい。

朝から歩いて朝ごはん三昧を楽しんだソフィア。朝ごはんにバリエーションがあって楽しい。ソフィアの人たちがフレンドリーで満ち足りているように見えるのは、しっかりとおいしい朝ごはんを食べているからだろうと思えた。


All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/