地中海の中ほど、コルシカ島のすぐ南に浮かぶサルデーニャ島は、長寿の島として知られるイタリアの自治州だ。島はシチリアと同じくらいの大きさだが、シチリア島の人口が約500万人であるのに対し、サルデーニャ島は160万人。島は、羊たちの天国である。
空の玄関口は、南部のカリャリ、北部のアルゲーロとオルビアにある。カリャリはサルデーニャ自治州の州都。イタリア屈指のラグジュアリー・リゾート、コスタ・スメラルダに向かう場合は、オルビアに向かう。
海岸線を離れ、内陸へ入っていくと、古代文明の痕跡をいくつも見つけることができる。島では、紀元前2000年ごろから紀元前500年ごろまで、ヌラーゲと呼ばれる独自の文明が発展し、その遺跡が7000か所以上で発見されている。最も良く知られているのが、バルーミニにある「スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ(Su Nuraxi di Barumini)」で、石を円筒、円錐形に積み上げた建築群がまとまって残っており、ユネスコ世界遺産に登録されている。
ローマ時代のサルデーニャは、穀倉地帯としての役割を果たした。中世には、アラゴン・カタルーニャ王国領となり、文化的に多大な影響を受けた。その後、オーストリア、さらにサヴォイア家の領有を経て、サルデーニャ王国を形成、19世紀のイタリア統一運動の中核となったのはサルデーニャ王国だった。
羊乳チーズ、ペコリーノ
サルデーニャ島では、牧羊、酪農とワイン造りが発展した。羊乳で作るチーズ、ペコリーノ・サルドは、島の重要な特産品となっている。チーズの名前は雌羊(ペコラ)に由来する。ジェノヴァ産のバジルペースト、ペスト・ジェノヴェーゼに使われることでも知られる。
ペコリーノ・チーズはイタリア各地で作られているが、ペコリーノ・トスカーノ、ペコリーノ・シシリアーノ、 ペコリーノ・ロマーノ、 ペコリーノ・サルドの4種類は、原産地名称保護制度「DOP(Denominazione di Origine Protetta)」の規定に従って作られる、地域色豊かな製品で、地域ごとに大きさも異なる。4つのうち、一番小さいのがトスカーノで1~3kg、次がサルドで1.5~9kg シシリアーノは4~12kg、ロマーノは20~35kgもある。
ペコリーノ・チーズのルーツは、エトルリア文明が栄えたトスカーナ地方だと言われるが、サルデーニャ島でも古代からチーズが作られており、そのルーツはヌラーゲ文明の時代にさかのぼるという。サルデーニャ産はペコリーノ・サルドだが、現在では、首都ローマがあるラツィオ州一帯で作られていたペコリーノ・ロマーノも、そのほとんどがサルデーニャ島で作られている。国内だけでなく、イタリア人移民が多い米国でも、ペコリーノ・ロマーノの 需要が高まり、生産範囲をトスカーナ州グロセット県とサルデーニャ州全域に広げたのである。
ペコリーノで島を活性化
9月下旬、ハンブルクから直行便でオルビアに向かい、内陸の街、ヌーオロを訪れた 。ヌーオロはヌラーゲ文明の中心地で、数多くのヌラーゲの遺跡が集中している。サヴォイア家が支配したサルデーニャ王国時代には、ここが行政の中心地だった。
現在、サルデーニャ州では、農業牧畜開発局やサルデーニャ産羊乳チーズ協会などの諸機関が一体となって新設する、世界初の国際羊乳チーズ・コンクール「OVINUS」の準備が着々と進められているところだ。主催者は、世界各地で数多く開催されているワインコンクールにヒントを得たという。ヌーオロの商工会議所で行われた記者会見と勉強会、翌日の工場見学には、欧州各地のジャーナリストのほか、イタリアのペコリーノ・チーズ保護協会、スペインのマンシェゴ・チーズ保護協会、フランス、バスク地方の羊乳チーズの生産者などが駆けつけ、ネットワーキングが行われた。同コンクールはすでに、ミラノとスペインのサン・セバスチャンでもプロモーション・イヴェントを実施し、世界各地からのエントリーを呼びかけている。エントリー料は無料。来年3月には、選り抜きの羊乳チーズの生産者たちの横顔が、世界に広く発信されることになる。
記者会見の前の昼食会で、ヌーオロ市商業会議所の会長であるアゴスティーノ・チカロ氏と隣り合わせた。氏は「このコンクールが日本でも注目され、日本の消費者にもペコリーノ・チーズの美味しさと多様性を知ってもらえたら嬉しい」と話していた。
羊飼いのチーズ、フィオーレ・サルド
翌日は午前中に、ビーロリにある創業1907年のペコリーノ・チーズ生産協同組合、LA.CE.SA(Latteria Centro Sardegna)を訪問、午後はガヴォーイの村に昨年オープンしたフィオーレ・サルド・ミュージアム(Museo del Fiore Sardo)を見学し、農業開発エージェントであるラオーレ・サルデーニャ(Laore)主催のペコリーノ・チーズ講座を受講した。
ペコリーノはタイプにより、ずいぶん風味が異なる。ロマーノは塩味が良くきいており、スパイシーで力強い味わい。若いサルド(ドルチェ)には、まだ生クリームのような風味が感じられる。熟成したサルド(マトゥーロ)にはナッツのような香ばしい風味が加わる。
サルデーニャ島の羊たちは、マエストラーレと呼ばれる北西の風に吹かれながら、自生する様々な香りの野草を喰む。島の環境は、羊乳、さらにはチーズの風味に影響を与える。
島では、フィオーレ・サルドという、昔ながらのペコリーノ・チーズも作られている。 羊の生乳と子羊か子山羊のレンネットが使われ、燻してから熟成させているため、独特のスモーキーでスパイシーな風味がある。フィオーレ(花)という名前の由来は、伝統的な木製のチーズ型に、造り手の名前とともに花模様が彫られていたことによる。濃厚な味わいで、羊飼いのチーズとも呼ばれる。
羊飼いのパンと島ワイン
サルデーニャのパン文化は独特だ。必ずと言っていいほど食卓に上るのが、平たく伸ばした生地を、窯で風船のように膨らませて焼き、上下2枚にカットした、薄くてパリパリのパーネ・カラザウだ。もともと羊飼いの保存食として焼かれたものだそうで、何ヶ月も保存することができる。普通のパンも、1つ1つのフォルムが美しい。
ヌーオロの考古学博物館には、パンの展示室があり、600種類ものパンが展示されていた。ほとんどが、複雑な装飾細工が施された、彫刻作品のように美しい、特別な日のためのパンで、見飽きることがない。博物館でパンの展示を見たのは、初めてのことだった。
サルデーニャでは毎日、地元の人たちで賑わうレストランで、気取らない料理を味わった。島のペコリーノは食卓に魅力的なアクセントを与えていた。若いサルドには、地元の白ワイン、ヴェルメンティーノが、熟成したサルドやフィオーレ・サルドなら、赤のカンノナウ(グルナッシュ)やモニカがよく合った。
来春のペコリーノ・コンクールの結果が出る頃、また島へ渡ってみようと思った。奥深い食文化をもっと知りたくなったのだ。
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Photos by Junko Iwamoto
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岩本 順子
ライター・翻訳者。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーで働き、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。執筆、翻訳のかたわら、ワイン講座も開講。著書に『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)など。
HP: www.junkoiwamoto.com