「キッチンパーティを開催します。是非来てください」。メールの送り主はミシュランレストランガイド2018年にて1つ星を授与したドイツ最年少(当時25歳)のスターシェフ、ニコライ・ヴィードマー氏だ。彼に初めてインタビューしたのは2018年2月に行われた食のイベント「Eat!Berlin」の会場だった。
今回のキッチンパーティ会場はバーデン・ヴュルテンベルク州・以下BW州)グレンツァツハ・ヴィレンというスイスバ―ゼル国境近くのホテル「エッカルト」にあるニコライさんの経営するレストランだという。ベルリンでいつかきっと彼のレストランに出向くと約束していたこともあり、これを機会に現地へ向かった。
バーゼルやベルリンからスターシェフが勢ぞろい
ソーセージとビールの国として簡単な料理しかないというイメージを持つ人が多いかもしれないが、ドイツはミシュラン星数でいえば、フランスに次ぎ、多くの星を獲得しているのをご存知だろうか。ここしばらく、一皿料理(肉や魚などの主菜と野菜、ポテトやパスタをまとめて一皿に盛り、ボリュームたっぷりの一品)とは異なる、見た目も味も繊細で、厳選した食材を用いた美味な料理を提供する若手シェフの活躍が目覚ましい。
なかでも近年は日本の食材のすばらしさに目覚め、味噌やゆず、パン粉やワサビなどを用いる創作料理がドイツでも目立つようになった。グローバル化、そして旅行好きのドイツ人は海外に出向き、現地で目から鱗の美味な料理に触れて感動し、舌が肥えてきたこともあるのだろう。さらにドイツは9か国に囲まれており、陸続きという地の利から気軽に移動しやすいことも背景にあるかもしれない。
今回のキッチンパーティは、一流シェフが自慢の一品料理をその場で調理をして客をもてなす形式だ。客は料理が出来上がるのを待つだけでなく、キッチンで手際よく調理されて行く様子を目にすることもできるし、時間があればシェフと直接話ができるのも醍醐味のひとつだ。
2万円でミシュラン7つ星を味わう
このイベントは10月27日午後6時30分より11時まで開催された。パーティ参加費は160ユーロ(約2万円)、ワインやジンなどアルコール飲料を飲みたければさらに50ユーロ支払う(約6000円)。普通ミシュラン星保持のレストランのダイニングとなると、飲料も含めて最低でも一人当たり200ユーロ前後の出費を覚悟せねばならない。筆者は夫と出向いたため、出費も大きかったが、それでもバーゼルやベルリンに足を運ばなくてもミシュラン7つ星を一晩で味わえるため、手ごたえは十分だった。当夜は150名もの参加者が集まったそうだ。
この日腕を振るった一流シェフは以下のメンバーだ。ここで画像と共に料理をご紹介。なおゴー・エ・ミヨは、ミシュランと並ぶ多大な影響力を持ち、信用性の高いレストランガイド・最高は20点で評価サインは1から4つのコック帽で表記されている。
個人的なハイライトは、2020年の最優秀シェフに選出された話題の女性・ミシュラン2つ星、ゴー・ミヨ19点のレストランを経営するタニヤ・グランディツさんだ。実はニコライさんはこのタニヤさんのレストランで研修(2011-2014)を重ね、同期の中でトップの成績を収めた。その後22歳という若さでホテルレストランの経営者となったニコライさんは、現在もタニヤさんをメンターとして慕い、尊敬しているそうだ。

アミューズ(小前菜)のカナッペ
Tanja Grandits(タニヤ・グランディッツ)バーゼル・レストラン「シュトゥッキ」オーナーシェフ。ミシュラン 2 つ星ゴー・ミヨ19点。色彩とアロマをテーマとし、料理のインスピレーションは、自然の中から生まれるという。人が認識できる色の種類や組み合わせは2億以上もあるといい、それらを料理に反映するにはまだまだ時間が必要だと明かす。そして食材のコンビネーションを開拓するのも楽しみのひとつと語った。山羊クワァ―ク、ビーツ(赤カブ)ニョッキ、ロングペッパー、モルケ(乳清液)を用いた濃いピンクが鮮やかな一品。トッピングにはシソバジルをのせた優しい味。
ドイツ出身ということから、筆者の夫(ドイツ人)とも話が弾み大変気さくな方だった。一度だけ訪日したといい、日本の食材や料理は奥が深く、感激したそうだ。調理中もスタッフと笑顔で対話しながら、手だけは機敏に動いていたのが印象的だった。
Jeroen Achtien (イェロヱン・アッティヱン) スイス・フィアシュテェッター湖 ホテルフィッツナウアーホフ レストラン「ゼンス」 キッチンシェフ ・ 1つ星 ゴー・ミヨ17 点。
オランダ人のイェロエンさんは、世界のトップ50レストランの常連として知られるミシュラン3つ星レストランオーナーシェフJonnie Boer(ジョニー・ボーア)に師事。その後、現在勤務するレストランセン「ゼンス」に抜擢されてキッチンシェフとなった。スイスは過ごしやすく大変満足しているという。鴨レバー、金柑、山羊チーズ、カボチャ、昆布茶の意外な組み合わせに驚きの美味しさだった。
Pascal Steffen(パスカル・ステフェン)バーゼル レストラン「ルーツ」 キッチンシェフ 1 つ星、ゴー・ミヨ17点。
スイス国内、スペインで経験を重ね、2017年オープンしたルーツに同年12月からシェフとして活動し、翌年にゴー・ミヨ17点を得た。その後ミシュラン1つ星授与の快挙も遂げ、2019年の有望シェフとしてゴー・ミヨに選出され、これからの活躍に期待がかかるシェフの一人。仔牛のひき肉、アンズダケ、卵を用いた誰でも口にすることのできる一品を提供。味は大変繊細でスルっと食べられる。アンズダケの歯ごたえが素晴らしかった。
Christian Singer /Tim Raue(クリスティアン・シンガー/ティム・ラウエ) ベルリン・ レストラン「ティム・ラウエ」キッチンシェフ 2つ星、 ゴー・ミヨ19.5点。
ベルリン本店レストラン・ティム・ラウエは 世界のトップレストラン50のうち40位を誇る。ドイツでトップ50入りしたのは、このレストランだけだ。2019年グルメ雑誌「ファインシュメッカ―」の選定したドイツ国内最優秀レストランに選ばれた。ベルリン本店は2010年にオープン。国内外のグルメ業界で多数の賞を得て有名となり、現在はドイツやスイスに数店とドバイでもレストランを開業中。シンガー氏は、ティム・ラウエ氏の経営する全レストランの総合キッチンシェフとして奔走中だ。
- (左)シンガーさん、(右)ニコライさん
アカザエビの天ぷら広東風・わさびとクコの実入りてんぷら粉をエビにまぶし、さらに緑の米粉フレークを用い揚げた。ピリッと聞いたわさび味でプリっとしたエビをマンゴジェルと寿司酢のマヨネーズソースでいただいた。見た目だけでは想像できないほど手の込んだ一品で、後を引く美味しさ。
Nicolai Wiedmer(ニコライ・ヴィードマー)レストラン「エッカルト」オーナーシェフ 1つ星、ゴー・ミヨ16点 豚の首肉とサワークラウト、西洋ごぼう。サワークラウトを用いた一味違う郷土料理は熱々のうちに食べると、思わす笑みがこぼれるほど満足の一品。
カナッペとデザートのアイス3種もヴィードマー氏の創作品。
子供のころから両親の経営するレストランに出入りしていたニコライさんは、長い料理経験を持つ。12歳からすでにキッチンで創作料理を始め、学校に行くよりも料理をつくっている方が楽しかったそうだ。シェフになるべく生まれてきた人と言ってもいいすぎではないだろう。
Nicolas Maraceau (ニコラ・マラソー)ドイツ・ローラッハ「Drei Koenig 」キッチンシェフ 鱒、硬いパンの衣、パセリ。サーモンかと思うほど、癖のないますの柔らかな身がパンの衣とマッチした何皿も食べられる日本人好みの味。予定していたベルリン・タイ料理レストランキッチンシェフ1つ星が登壇できなくなり、代わりに参加した。

© Markus Edgar Ruf
Au Bouton d’Or mulhouse Marc Schell(マルク・シェル) ミュルーズ・フランス東部 アルザス・バーゼルから近い チーズ製造家も参加。 チーズに詳しい夫が称賛したほどとろける美味しいチーズだった。
ワインはワイナリーケラー と地元のワイナリーシュナイダーの提供。バーゼルからはジンの醸造メーカーniginiousも参加した。
ミシュラン星2019年は、261のドイツレストランが計309の星を授与した。2020年の発表は年明け2月頃になる模様だが、さらなるドイツシェフの活躍に注目したい。
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All Photos by Noriko Spitznagel
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シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト連盟会員
HP:http://norikospitznagel.com/