フィリピンの国民的料理「レチョン」は、豚を一頭炭火で焼いた料理だ。世界の食通で料理家、かのアンソニー・ボーデインもCNNの自身の番組「No Reservations」で世界一の豚料理だと紹介している。今回はフィリピンの首都マニラでレチョンを探す。

フィリピンの情勢

フィリピンでは日本人が被害者となる殺人事件が毎年数件起きている。また、不動産を巡る詐欺事件の主犯格がフィリピンに逃亡した事件も耳に新しい。2016年、2017年にはテロリストによる爆破事件も発生し、マニラ首都圏を含む全土で国家非常事態宣言が出されている。

外務省の海外安全情報を見ると、フィリピンのほとんどの地域がレベル1「十分注意してください」という危険度だ。南部のミンダナオ島などでは、更にレベル2「不要不急の渡航は止めてください。」、またはレベル3「渡航は止めてください。(渡航中止勧告)に指定されている地域もある。ちなみにこの危険度はレベル4「退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」まである。アジアの近隣諸国なら、インドネシア、カンボジア、インド、ラオスなどもレベル1だから、マニラやセブなら、バリ島やアンコールワット、タージマハールへ観光に出かけるのと同程度の危険度と言うことになる。

最近は費用の安さと、日本から最も近い英語留学ができる国としても人気だという。フィリピンの物価は日本の1/5程度と言われているし、羽田からマニラまでは飛行機で5時間と言うことを考えれば納得できる。

実際にマニラを歩き回っていると、知らない土地と言うこともあって気が抜けないのは確かだが、恐れるほどの場所ではなかったというのが率直な感想だ。人々は人懐っこくて親切。日本に観光に出かけたという人も多く、親日国だ。ある調査によれば、51%の人が日本人を好きで、さらに45%が大好きだという。

古くからのマニラと、再開発された新しいマニラ

メトロ・マニラは16の行政区からなる「マニラ首都圏」で、「マニラ」とはその行政区の一つを指す。スペイン統治時代の城壁に囲まれた歴史地区や、世界最大規模と言われる中華街もある、いわゆる下町だ。「マイナー・バシリカ・オブ・ザ・ブラック・ナザリーン」は古くからのカトリックの教会で、庶民が集まるキアポマーケットと隣り合っている。静かな祈りの場と、騒がしい市場のコントラストが面白い。建物は古いものが多いけれど、たくさんの電線が束になっていたりと、街の風景の中に時代の重なりが感じられ、混沌としながらも独特の雰囲気がある。

一方、ビジネスとショッピング、グルメがまとまった近代的な地区もいくつかある。その中でも「グリーン・ベルト」は、緑がまぶしい南国の植物が生い茂る「グリーン・ベルト=緑の帯」をいくつかのモールや美術館が囲んだ場所。富裕層をターゲットにしているので、ハイエンドのグローバルブランドや、日本資本のレストランチェーンの店も入っている。その周辺は、オフィスビルや高層マンションが並んでいて、東京都心でも見たことがあるような街並みだ。

静と動、そして古いものと新しいものが混在しており、そのコントラストが面白い。

レチョンはそれほど特別な料理じゃなかった

マニラに到着してすぐに、家庭料理を教えてもらうために料理家の家を訪ねた。メトロ・マニラの中のケソン市にある住宅街で、のんびりとした雰囲気だ。そこでいただいたのものの一つが豚のぶつ切りをクリスピーに揚げたもの。そして、これも「レチョン」の一つだという。どこの家でも作るものと聞いて驚いた。

フード・マーケットに出かけてみればやはり豚を揚げたものが売られている。また、どこのモールでもローストしたレチョンを量り売りしていたりと、レチョンは一般的なおかずなのだ。なにか特別な時に食べるものではないかと想像していたのだが、あまりにも普段の生活に密着して、逆に驚かされたのである。

ちなみに、家庭でいただいたのはぶつ切り、マーケットのものは骨付きの足の部分の大きなぶつ切り、そしてモールのものは骨を取ったものを丸めて大きなロールにしてローストしたもので、いずれもレチョンだが「丸焼き」ではなかった。

丸焼きのレチョンを探す

フィリピン料理の店に行ってみた。庶民的な店で、700円ほどで楽しめるブッフェ形式で、ローカルの客で込み合っていた。長いテーブルには、野菜を炒めたり煮た前菜がいくつも並び、魚を焼いたもの、チキンを煮込んだメイン料理などが目を引く。そして、なにより存在感があるのがドーンと置かれた豚の頭を揚げたものだ。そこにカットされたレチョンが用意されていて、中華の北京ダックを包むような小麦粉の皮に野菜と一緒に巻いて食べる。これはこれで旨いのだが、豚の丸焼きを目の当たりにしてみたいという旅の目的からすると、やはり物足りないと言わざるを得ない。

レチョンの専門店に出かけた。店の入り口を入ってすぐのガラス張りのスペースに、ごろんと豚の丸焼きが置かれている。この店では事前に予約すれば豚一頭まるまるをテイクアウトすることも可能で、お祝い事の集まりのために買って帰る人が多いという。

小さなポーションを頼んでみた。丸焼きから切り取ったレチョンが、皿の上にたっぷり盛られた。これを、醤油、チリソース、ビネガーを、玉ねぎ、トマト、キュウリのみじん切りに合わせてライムを絞ったソースにつけて食べる。皮がクリスピーでぱりぱりと楽しい。その下の肉はジューシーで、肉の甘みを感じることができる。これをライスと一緒に。これはうまい。食べる人間の野生を呼び起こすようで、命をいただいていると実感できる。こんな風に一頭丸まるの豚を、家族や友人たちとシェアして食べれば、その結束が高まるに違いない。日本の「同じ釜の飯を食う」ということわざを思い出させる。

レチョンをすっかり堪能して、夕方のマニラ湾に行ってみると、たくさんの人たちが日没を見に集まっていた。オレンジ色の世界から、ふっと青白い夜になるのをみんなで楽しむ。羽田からマニラへは5時間のフライト。さくっと週末に出かけるだけでも楽しいだろう。セブなどのリゾートを合わせるのもいいかもしれない。東南アジアの中でも独特な雰囲気をもつ街と、独自の食文化を楽しむ旅がおすすめだ。

—-
All Photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/